第10話:用意された『念のため』
目を覚ましたティアは地下室に設けられた通信室にて、ミスズとの話を続ける。自分の身に起きた事、そして、自分が目覚める前に姿を消した人物の事。
「ここ、私の他に誰か居たんですか?」
「はい。ここの現在の管理者に当たる人が」
「現在の?」
何も知らないティアにしてみれば、それは不自然な回答だ。なぜなら、この世界には、自分達の存在を知る者は一人も居ない。なのに、どうしてこの世界に現在の管理者と呼ばれる存在が居るのか。
ティアの最も引っ掛かったのは、現在の部分。この世界の外に管理者が居るのであれば、それは普通の事。なぜなら、時空管理システムは設置された段階で、誰かしら管理者が居るから。
「不思議に思うのは仕方のない事ですね」
「その人はどこまで知ってるのでしょうか?」
「殆ど知らされていないようです。ただこの場所を託されたようです」
「えぇ・・・」
不用心。この一言に尽きる。そんないい加減な人物が同じ組織内に居ると思うと信じられない。が、それに近いパートナーのせいで、見事こんな世界へ飛ばされてしまった。
一歩間違えば取り返しのつかない事態になっていた。そんな危険な目に遭わされたことに、今になって腹が立ってくる。
「こんな場所で、どうしたら・・・」
悲観的になるしかない。唯一の心の支えは目の前にシステム。
「助けを呼ぶことは?」
「ノーブルさんが私を扱う権限をもってれば、可能でしょう」
「一般の私はそんなの持ってないよ~」
ミスズ単体のアクセスが危険な事も伝えられ、向こう側からのアクセス待ちになってると聞かされた。
起動している事に気づいてもらえれば、行動は出来る。
「すぐ気づいてもらえそうなんですか?」
「恐らく難しいでしょう。この世界に時空システムがある事自体恐らく伏せらてると見た方が良いでしょうね」
中心に近い部隊に属してる自分も知らない。となれば、知ってる人は恐らく当事者のみに限定される。その当事者に当てはまる人物がなるべく多い事を祈るしかない。
気を落しても仕方ない。ティアは気持ちを切り替える。
「そう言えば、私を助けてくれた子は?」
「・・・」
ミスズの沈黙はティアの勘の良さに感心した物。私を助けてくれた人と言わず、子とある程度年齢を限定した。それは中々出来ることではない。
「今は自宅に戻られましたよ」
「そっか、夕方だものね」
画面の隅に表示された時間を確認して、その人物が居ない理由に納得する。
「また、来ると言ってました。それに、明日また来てもらう事になっていますので、その時にでも」
「今は外に出ない方が?」
「土地に詳しい人物が誰も居ない以上、危険な真似はよした方が賢明でしょう」
出歩いて迷子になられても困る。出入り口を厳重に管理したいミスズとしては
ミスズの提案を素直に受け入れるティア。自分の置かれてる状況が分からない程、分からず屋ではない。
「この施設はある程度生活が可能になってます。居住スペースを見ても、1年は軽く持つでしょう」
「私、1年もこの世界に居るの・・・」
ある程度自体の重さは覚悟していた。それでも、年単位は少女のティアには重く圧し掛かる。
ティアの心情を察したミスズもなんとも言えない表情を浮かべる。
「私も再起動して間もありません。もしかしたら、こちらの世界で何か出来る事が分かるやも知れません」
「本当ですか?」
「あまり期待はしないで頂けると・・・」
頼みの綱は、数年ぶりにこの扉を開いた少女のみ。なんとも細く、弱いことか。
翼と言う少女を知ったミスズは大きな期待は持てなかった。彼女の祖父母と言う人物も、今この世界に居る可能性は低い。
「明日になれば、何か起こせるんですか?」
「そう、ですね。彼女と話して見ない事にはなんとも言えませんが」
ティアは少し考えてから、
「私も会って良い?」
「それは構いませよ。彼女にはあなたの事が割れてしまっていますし」
反対に会わせない方が不自然と言う物。
「ノーブルさん」
「はい!?」
ミスズが何かを思いだしたかの様に、ティアに声を掛ける。
「今時空警察に、久根と言う人物は在籍してますか?」
「ヒサネと言う名前は聞いた覚えが・・・」
思いだしたミスズも高い期待は持ってなかった。
「そう、ですよね・・・」
「その、ヒサネさんと言う方は?」
「久根翼。ノーブルさんを見つけて保護した少女の名です。その方の祖父がどうやら、ここの前管理者の様でしたので」
「そうなのですか!?」」
意外な事実に、ティアも驚く。当然だ、第三世界と呼ばれる世界に、自分達の世界の直接的な関係者が居るなど。
信じられない、と言いたいが今更だ。
「あ、彼女の母方の血縁者になるので家名が違いましたね」
誰が翼にここを託したのかは調べて判明した。だが、母方の為、今の翼と名字が違う。
「確か、彼女のお母様の旧姓はタキモト」
「――!?]
思い当たる、なんてあやふやな物ではない。自分に直接関係のある人物の名だった。それこそ、今自分達のせいで大きな迷惑を掛けてしまってるかも知れない。
ミスズはこの事を翼から直接聞いたわけでは無い。ただ、知ったのだ。残された記録の中から。それを最もらしいニュアンスで伝えただけ。
「えっ、タキモトって、あのタキモトさんの事ですか?」
「恐らくそう、考えても宜しいでしょう」
俄かには信じられない。それがティアの表情だった。だが、自分が生まれる前の事件の話は、研修で聞いている。当事者と思われる本人からは何も聞かされていない。もしかしたら、話す事自体が禁止されてる可能性もある。
この世界に、こんな施設が設けられたのはその時の事があってなのか・・・。
ティアの中で様々な考えが交差する。それは、本当に滝本家が関係してる場合、あの事件におかしな点が浮上する。その事を口にする勇気は無かった。
「だったら、こちらからアクセスしても問題ないのでは?」
ティアの案に対し、ミスズは首を横に振る。
「先ほどもお話しした様に、現在の管理者はこの世界の人間です。本来、関わりを持てない世界からのアクセス。何が起こるか分かりません」
「それは・・・」
確証のない仮説。ミスズがAIとして導きだした物に過ぎない。
だが、ティアにはミスズの意見を無視できない理由があった。
数年前に活動を停止した時空管理システムがある。それは本来異常として認識される。人の手によって停止させられた場合を除いて。そして、その事は特殊犯罪対策室に所属するティアでも知ることが出来るレベルの情報。
何か理由があって、この世界のシステムは停止した。そして、ミスズの話をなぞるなら、止めた人物と再起動させた人物は別。
「もし――。もし、当時システムを止めた人がこの世界にまだ居たとしたら」
果てしない時間を要しそうな希望を見出すティア。
「可能性はあるでしょう」
その希望を否定しないミスズ。それは、否定する理由がないから。システムを止めてしまった時点で、この世界から、向こうの世界へ行く事は不可能になる。
管理者の権限は失効しても、ログイン自体のIDは生きていた。どこまでも面倒な事をしてくれたとミスズは感じつつも、この事態を想定していたように思えてならない。保険としてなのか、それとも向こう側の指示なのか。今は確かめられない。
「時間はかかるかも知れませんが」
「ないよりは良いですよ」
強い。それがティアに抱いたミスズの印象。あの翼と言う少女と対して変わらない年齢なのに。これが、慣れなのか、経験なのか。それともティア本来の性格なのか、精神の強さなのか。
「ノーブルさん、もしかして怒ってます?」
「え?」
「いえ、言葉の感じて気に不安よりも別の感情の方が表に出て居る様に感じ取れたもので」
「ああっと」
嘘ではない。気持ちが落ち着いてから、自分がこんな目にあった直接的な原因に苛立っているのは事実だ。
「落ち着いたら、その、思いだしまして」
恥ずかしそうに俯くティア。
呼吸を整え、己を落ち着かせる。
「と、とにかく。こちらからは、向こうにアクセスはしない方が良いんですね?」
「現状はそれが賢明でしょう。明日の夕方までは何も出来ないのは変わりません」
やる事、出来る事が無い。それが分かっただけでも良しとするしかない。もう、全ての事を前向きに捉えないと心が持ちそうにない。
ミスズはティアを強いと表現した。だが、実際のティアは疲労で一杯。
「まだ、疲れが取れてないかも」
「無理は禁物です。生身での移動は、想像を遥かに超える負担が掛かります」
「そうなんですか?」
「はっきり申し上げると、今まともに会話で来ているのが奇跡だと言えます」
「えぇ――」
今のミスズの言葉で、ティアの中に浮かんが感情はきっと言葉に出来ない。言い表せない。そんな感情が湧いた。
本来とは違う方法での移動の危険性は教わる。だが、それがどれほど危険なのか、ティア自身も分かってなかったとは言いつつもだった。
そんなティアの表情を見たミスズはこれがただの事故ではないと感じた。明らかな人為的ミス。それも、あり得ないレベルの。
「その、もし、失敗、していたら、私はどうなっていたんです?」
「今の精神状態では聞かない方が良いでしょう。またゆっくり」
「・・・わかりました」
コロコロ精神状態が変わる今のティアでは受け止められる内容ではない。そう下すミスズ。強そうに見えても、やはり年端もいかない少女だった。
「今日はゆっくり休んで下さい。こんな場所、ではありますけど、普通に生活する分には困りませんから」
「はい」
ティアは一礼すると通信室を後にする。彼女が上に行くのを見届けて、ミスズは画面を閉じた。
上に戻ったティアは改めてこの施設を見て周る。ミスズは翼にこの場所を隠れ家と伝えた。隠れ家と言うには綺麗すぎるし、整備されすぎている。
「まともすぎて、むしろまともじゃなく見える」
こんな場所がある事をこの世界の人達は知らされてない。一部の人を除いて。
「どうしてこの世界にもわざわざ」
作る必要が生まれてしまったのは分かる。だとしても、自分達の属する組織の考えからしたら、極秘裏に進める理由が無い。むしろ、全面的に協力を要請した方が良いようにも思えた。そうすれば、今こうして一人ぼっちで居ることもなかったかも知れない。
「ん?」
リビングに当たる部屋の机に一枚の紙が置かれている。それは、枕元に置かれていたメモと同じ文字。久根翼と言う少女の筆跡だった。
『またあしたきます。ひさねつばさ』
「なんで全部ひらがな?」
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