第2話:重なる夢と世界

 「――であるからにして」


 授業・・・。中学生になると、小学生だった時とは違うのか、授業中に眠くなってしまう事もしばしば。お昼過ぎの授業は特にだ。先生がただ話しているだけの授業は、多くの生徒がお昼の睡魔には勝てない。その様子を先生が苦笑いを浮かべながら見て居る。


 「起きろ~」


 手を叩いて眠っている生徒達を起こしていく。翼もその中の一人。窓側の席なんて、寝てくださいと言っている様な物。


 ふ~ぁ~。

 寝ちゃったか・・・。


 眠い目をこすり自分が眠っている間にどこまで進んだかを確認する翼。


 うわ、かなり進んでる。


 大急ぎで今進んでいるところまでノートを書き進めていく。一方先生はそんな翼達居眠り組を起こすと、どんどん先へと進んで行く。先生が進めるせいで、翼の書きとる量は増えて行く一方。

 ノートを取るのに必死で先生が何を言っているのかなんて、耳に入ってこない。


 「・・・」


 ノートを書き留めている途中の翼の手が止まる。翼の脳裏に、朝、植物園で見た夢が過った。夢の内容が時々脳裏を過る事など良くある事。それが何かの兆候に感じることもあれば、今、目の前で起こった事が何かのデジャブに感じることも。

 ふと、窓の外に目を向けると、ちょど一羽の鳥が飛んで行った。その鳥の軌跡に淡い光があったのを翼の目に留まった。


 「・・・」


 何だったんだろう、今の。


 鳥の軌跡に見せられた翼の視線は必然とその鳥へと向かう。鳥の向かう先には澄み渡った空だけがあった。雲一つない晴れやかな空が――。

 窓の外を見つめる翼の前髪を、緩やかな風がそっと揺らしていく。初夏温もりを持ったその風が、翼を再び眠りの世界へと導いた。


 あー・・・。また眠くなってきちゃった。


 頭では分かっていても、身体、意識には逆らえなかった。瞼が重くなり、視界が暗くなっていくのがわかる。その瞼の裏側がまるで、スクリーンであるかのように、夢の世界が徐々に表れていく。



*************************************



 一羽の鳥が飛んでいる。しかし、その鳥はなぜだが実態を持ってはいなかった。しいていうなれば、幻、その言葉がぴったりであろう。その鳥は、朱鷺ノ丘の上に立地している朱鷺ノ丘中学に向かって飛んでいた。他の物には一切目もくれず、そこだけを目指してまっすぐに。

 朱鷺ノ丘中学の一画にある、大きな建物。それは、植物園。その鳥はそこへ吸い寄せられるようにして向かっていく。このままでは、激突してしまうのではないか?そんな勢いで。

 しかし、その鳥は建物に激突するどころか、その建物の中へすり抜けるようにして入っていった。それは、その鳥がある意味で実態を持っていないことを表していた。それがゆえに、誰にも見つかることもなく、また、ほかの生き物にすら感知されることなくこの場所へたどり着くことが出来た。

 鳥は植物園の中に入るとその中をクルクルと飛びまわっていた。何かを探すかのように。そして、一番奥にたどりついたところで止まった。そこには、地下へと通じるための隠し扉のある場所だった。鳥は、そこをすり抜けると、一気に下まで降りてゆく。

 小川を超え、光の差し込む部屋に着いたところで鳥は姿を消していった。そして、その代わりに一人の少女が現れるのだった。



*************************************



 「起立、礼」


 日直の号令を合図に教室にいる生徒たちが頭を下げる。


 「ありがとうございました」


 授業の終わりの挨拶をして、お昼の授業が終わる。この後はホームルームを挟めば、それで今日の学校生活は終わりを迎える。中には部活動に励む生徒もいるだろう。放課後の過ごし方は人それぞれ。翼には、翼の過ごし方があるように。


 「ねね、翼ちゃん」


 クラスメイトの一人が翼に声をかけてきた。前の席に座る少女――。


 「さっき先生が送ってきた連絡、見せてもらえない?」

 「美樹ちゃんどうしたの?」


 翼の学校では、殆どの連絡事項が個人に支給されている端末に送られることになっていた。


 「なんか、私の端末、調子悪くて」

 「うん、いいよ」


 美樹は制服のポケットから、スマホに似た端末を取り出し、翼に見せた。

 美樹の端末の画面は真っ暗なままだった。電源を入れるボタンを押しても全然起動しようとしない。


 「私の壊れちゃったのかな?」

 「どうだろう・・・」

 「どーしよー。これないと結構困るのに・・・」


 翼の通う朱鷺ノ丘中学は、先進化されたものがそろうとして、モデル校としての一面を持つ。そういった面でいえば、あらゆる物事が簡略された中での生活は一見便利だが、一つ歯車が狂えば、かなり不便になってしまう。

 翼も念のためにと自分のを確認してみた。幸い、自分のが大丈夫だったことに安心した翼は自身の端末を美樹に手渡す。


 「ありがとう。すぐに返すね」

 「うん」


 担任の先生が入ってくると、教室に散らばっていた生徒たちが一斉に席に着く。

 そのまま、先生の話や、明日の連絡事項が話され、皆端末を確認していた。端末が不調の美樹だけは必死にメモを取っていた。翼も先生が送って来た連絡を確認して行く。


 「ああ、そーだ」


 先生の何かを思い出した声に、皆の顔が先生の方を向く。

 

 「今度、端末のアップデートがあるから各自、更新しておくように」


 翼達の使用している端末は数ヶ月に一度、本体のアップデートが行われる。端末の機種は学校を卒業するまで原則支給された時の物を使用する。なので、こうして定期的に更新が行われる。

 更新が行われていくことで便利になったりすることもある。特に、今まで無かった新たな機能が実装されるときはそこそこ話題になるほど。今回は特に新たな機能が追加されると言うわけではない。

 先生の連絡が終わると、解散となり、各々放課後の活動へと向かって行く。帰宅する学生や部活に向かう学生等、様々だ。勿論、教室に残って話をしている人たちも居る。翼は美樹がメモを取り終えるのを待っている。先生によって送られた内容が思いの他多く、美樹はそれらをメモするのに必死だ。

 十五分程して、美樹が全て書きえ、翼に声を掛ける。


 「翼ちゃん、ありがとう」


 端末を翼に差し出しながら頭を下げる美樹。そんな彼女の行動に戸惑いながら受け取る翼。

 

 「いいよ、いいよ、そんな」

 「本当に助かった~」


 ホッとした様子を浮かべる美樹を見て、翼の心は穏やかになった。


 「また、困ったら何か言って」

 

 翼は鞄を持つと、教室を後にしようとする。


 「また、あそこ?」

 「――うん」


 頷きはせずに、ただ、言葉だけで返事をする翼。その翼の事を美樹は少し心配げに見送った。

 美樹は、あの植物園には滅多に近づかなかった。それは、初めて訪れた時に、奇妙な何かを感じたから。それを感じ取ったのは、彼女美樹一人だけ。誰かに言おうも、相手にされないのが分かっているから、自分からは不用意に近づかないようにしていた。

 その場所を心の置き所にしている翼の事が心配になってしまうのだ。


 「気をつけてね」

 

 一瞬の沈黙が二人の間を通り抜けた。

 翼は、美樹の方に振り向くと、


 「別に、大した事無いよ?」

 「そう、だよね」


 翼にしてみれば、いつもと何ら変わらない。実際、美樹の感じている不安などは翼は感じていない。

 二人の植物園に対する考え方は全くの正反対。少なくとも、翼は美樹が、植物園の事を良く思っていない事を知らない。ただ、翼の行く植物園には、不思議な事に人があまり近寄らない事実だけは存在していた。植物園に居るのは管理する委員会の人だけ。

 翼は植物園の中に入ると、誰にも見られないように注意を払いながら地下へと通じる扉を開ける。

 

 「・・・」


 通路に入った翼は、今朝とは少し空気の流れが異なる様に感じた。空気が重いとかとは違う、何かが翼の肌を通して感じられた。

 言葉にし難い感覚に一瞬の躊躇いがあったものの、翼は地下へと降りて行く。

 翼は、部屋に入る時、そっと、中を覗き込んだ。初めてこの場所を訪れた時と同じ様に。

 

 「あの、誰か居ますか~?」


 誰も居ないはずのこの場所で、翼は居ない誰かに向かって声を掛ける。

 シーンとした静寂の時が流れた。本の10秒程の時間さえ永遠に感じられる時間が翼の中で流れた。

 誰も居ないのが分かった翼は、ホッとして、中に入る。いつもの様に机に鞄を置き、椅子に腰かける。

 体を休めると、緊張のせいで伝わってこなかった、この部屋の澄んだ空気が体中で感じられた。目を閉じ、リラックスする翼の頭に不思議な映像が再生される。


 なに?


 翼に見せられた映像は、今、自分の居るこの地下の空間。


 ここって、ここ?


 その映像は、翼の今居る部屋をクルクルと回った後、部屋の本棚を前にしたところで終了する。まるで、本棚に何かあるのを暗示しているかのように。

 翼は目を開けると、今見せられた本棚の前に立つ。


 「なんだろう・・・」


 最後の本棚の映像。その中でも何故か気に留まった一冊の赤く分厚い本。その本を手に取ろうと、手前に引いた時だった。


 ガチャッ!


 鍵が解錠される音がして、本棚が右にスライドして、新たな隠し部屋が現れる。翼は、まだ、この場所に隠された場所があったことに驚愕するのと同時に、この先に、何か大切な物がある。そう感じ取った。さっきの不思議な映像がそう教えてくれたと思った。

 

 「ゴクッ」


 翼は意を決して中へと進む。中は、隣の部屋とは打って変わって、寝室の様な造りになっていた。


 「――え!?」


 翼の目に映ったのは、信じ難い光景だった。


 「何で、ここに?」


 信じられなくても、今、目の前にあるそれが間違いなく現実であることは、肌から感じられる空気が証明していた。

 

 「――どうして」


 翼の目に飛び込んできたのは、夢で見た、ティアと呼ばれていた、あの少女だった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る