「ラジエイターズ 」ー放射能力者ー

第6話 葬儀屋『妖牙』

　一方、美保に置いてけぼりにされた忍武は一人、息を切らせながら鷹月北高へと向かい、正門前へとたどり着いていた。

「なっ、なんだぁ！？」

　グラウンドの方で何やら大きな音がした直後、忍武の目の前に大きな短剣が上空から落ちてきて、地面に突き刺さったので、思わず忍武はのけぞってしまう。

「こ、これはミホの鬼神の舌(デーモン・コア)！？　まさか、ミホの身に何かが……！？」

　ミホの危機を感じ取った忍武は、危険性も顧みずにその剣を抜くと、校舎を回ってグラウンドの方へと駆け出す。

「ミッ、ミホ！？　危ない！！」

　そこでは巨大ナマズが座り込んでいるミホへと迫り、その強大な髭のムチが振り下ろされようとしている瞬間だった。

「ミホぉおおおおおおおッ!!!!!!!」

　気付けば忍武の身体は勝手に動き出していた。ぎこちない腕で剣を構え、振り下ろされたムチを必死で受け止める。

「っ……！？　忍武くん！？　この馬鹿っ！　来てはダメと言ったでしょう！」

「バカはそっちだバカ！　見過ごすなんて出来るわけないだろう！」

　忍武は踏ん張って耐えながら叫ぶ。すると、忍武の登場を見た巨大ナマズは何を思ったのか、次第にムチをゆっくりと持ち上げて、引っ込めてしまった。

「ほう、もう一人、王子様の放射能力者(ラジエイター)がいたとはな……。コイツは面白い……」

　巨大ナマズは興味深げに忍武を見つめてブツブツと呟く。

「隠していたって、その額の傷で分かる。俺様の起こした地震の波長痕がな。ククク……、復讐にでも来たつもりか？」

　巨大ナマズに過去を見抜かれた忍武はぎょっとする。どうやらナマズは特殊な波動を感じ取って、バンダナの下の傷跡も視えるらしい。

「……なら一つ、いいことを教えてやろう。７年前、俺様をその剣の封印から解き放った張本人はそこの小娘だよ。実はそいつが鷹月地震の発端なのさ」

「はっ……？　それってどういう……」

「やっ……やめて！　それだけは……！」

　それを聞いた忍武がミホの方を見ると、明らかに彼女の顔色が変わり、震えだしているのがわかった。

「そのお嬢様の母親はなぁ、７年前の大量発生襲撃事件の際、そいつを庇って死んだんだよ。それも、そいつ自身の力不足のせいでだ。そんでもってその後、瀕死の母親をおぶって神社内へと立てこもり、押し寄せる波動ナマズの大群に追い詰められたそいつは力を求めて、ついに祠へ封印してあった禁忌の剣へと手を伸ばした。それがこの俺様、鷹月断層ナマズの力の解放だよ」　

「なッ…………！？」

「そうして、自分たちが助かる為だけに、その娘は―――――２５６０人の命を犠牲にした。そいつさえいなければ――――あの時、鷹月地震は起こらなかった筈なのに――――」

　ナマズのその言葉を聞いた瞬間、忍武の脳内に過去の母さんとの別れのシーンがフラッシュバックする。気付けば瞳から涙が流れて、頬を伝うのがわかった。思考が凍りついて、その場に立ち尽くす。

「ごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさい」

　後ろのミホは恐怖に怯え、うわ言のように謝罪を繰り返しながら、しくしくと泣いている。

「さぁさぁ、どうだい？　王子様くん。目の前に地震を起こした猛獣と、その猛獣を解き放った張本人がいるんだぜぇ？　憎くてたまらないだろう？　さぁ、どうする？　俺様にかかって来るか？　それとも、その娘を殺すか？　もしくは、この場から逃げ出すかい？」

　ナマズの意地悪げな眼が忍武を見下す。

　しかし、忍武は何も動かなかった。

「あらあら、思考停止？　そりゃ残念。憎悪に満ちた波動を喰らうのが一番オイシイのにさ」

　そう言い捨てたナマズは、再び髭のムチを振り下ろす。

「ぐううううぅ……ッ！」

　それでも忍武は逃げようとしなかった。忍武は次々と繰り出されるムチの打撃を、剣で受け止めて必死に耐える。

「…………全て本当の事よ……。あなたには、わたしを恨む権利がある」

　後ろでうなだれたミホから声が聞こえてくる。

「あなたはここから逃げなさい。それが一番正しい選択なのよ。わたしはわたしの罪をここで清算しなくちゃいけないの――――――」

　ミホの涙声が響く。

「それは違うッ!!!!!!!」

　だが、忍武はそれら全てを跳ねのけるかのような大声で叫びだす。

「確かに、僕はあの地震がずっとずっと憎かった。だからつい、僕は波動ナマズという犯人の存在を知って――――――『喜んで』しまったんだよ――――。行き場の無い怒りをぶつける相手が欲しかった！　全てソイツのせいにしたかった！」

　涙で忍武の視界が滲む、だがそれでも身体は勝手に動いていた。ナマズの波動を感じ取って、迫りくるムチたちを次々とはじいていく。

「でも、それは違ったんだ。僕だってミホと同じだったんだよ――――。本当に憎かったのは、『弱い自分』だ――――。あの時、何も出来なかった『自分自身』なんだよ!!!!!!」

　忍武の脳裏にあの時の光景が思い出される。一体どれ程、繰り返し後悔したのだろうか。

　あの時、もっと自分に力があれば――――――

　あの時、もっと早く助けを呼びに行っていれば―――

「もう嫌なんだよ！　目の前で誰かが傷付くのは！　―――――もう僕は二度と―――――逃げたくないんだ!!!!!」

　その時、忍武の持つ鬼神の舌(デーモン・コア)が青い波動の輝きを放ち始めて、共鳴しだす。それは瑠璃のように青く、眩い光だった。

「こっ、この波動の量はっ……！？　あなた、本当は感知タイプの能力者では無かったというの！？」ミホが驚いたような声を上げる。

　そのまま、忍武はその青い光に導かれるように剣を両手で振り下ろした。

「波動――『斬』!!!!」

　そこから放たれたのは、ミホのやつとは比べものにならないくらい巨大な波動の斬撃だった。無数の髭のムチを斬り裂き、大地を裂いて、断層ナマズへと直撃する。

「ば、バカなぁあああっ！　この小僧のどこに、こんな大量の波動が……っ！？　ぐぅぁああああああああーっ!!!!」

　断層ナマズは真っ二つとなって吹き飛び、上空で斬撃の波動に飲みこまれるようにバラバラとなって、雨散霧消して消えていった。

「や……やった……、今度こそ……守れ……た……」

　断層ナマズの最後を見届けて、安心した忍武の意識は急速に薄れてゆく。

　そのまま、忍武は崩れ落ちるように倒れていった。

「忍武くんっ……！」

　倒れそうになった忍武を見た美保は、慌てて飛びついて、忍武を膝枕で受け止める。

「全くもうっ……、男の子って馬鹿なんだから……」

　寝息をたてている忍武の顔を見て、美保は安堵する。

　「……って、どうしましょうこの状況……。わたしも、

もう動けないや、たはは……」

　そう美保が考えあぐねていると、その時、正門の方からエンジン音とともにクラクションをかき鳴らす音が聴こえた。それは美保がもっとも聴き慣れた音の一つだった。

「どけどけぇい！　生者ども！　てめぇらに用は無ぇ！　霊柩車様のお通りだぁーッ！」

　正門から飛び出してきたのは、葬儀屋『妖牙』の霊柩車だった。謎のドライビングテクニックで倒れている生徒たちを避けながら爆走して来たかと思うと、美保の目の前にドリフトしながら停止する。扉を開けて現れたのは、美保の兄さんだった。片目を黒髪で隠し、残りの髪を後頭部でザンギリ風に束ね、いつもと変わり映えしない白衣と黒光りするズボンを着ている。

「おやおやおや、せっかくどデカい波動を観測したんで、来てみれば―――。必要なのは霊柩車じゃなくて救急車ですかい？　オレたちゃ用無し、仕事無し♪　おまけに可愛いオレの妹が、男とイチャらぶしてるとくらぁー……、この事態にゃ、流石のこのオレ、妖牙ザツもショックを隠しきれねぇーっ♪」

「んなっ……！　こ、これはあのその……！」

　兄に言われて、美保は自分たちがかなり恥ずかしい状態である事に気付く。美保が忍武に膝枕している姿は、傍から見ればまるでバカップルの恋人そのものだった。

「―――とまぁ。冗談は置いといて……、なかなか面白いボーイフレンドを見つけたじゃないか、ミホ……。まさか、あの鬼神の舌(デーモン・コア)を素手で持って、平気なやつがいたとはな……………………」

　その時、美保には兄の口の端が妖しげに歪むのが見えた。こういう時の兄は大抵、碌な事を考えていないのである。

「歓迎しよう少年――――。ようこそ『こちら側』へ――――――」