第54話 VS 女神の使徒 レイディーン

 レイディーンは目にも止まらぬ速度でこちらに向かって滑空してくる。俺は盾を構えて体勢を低くした。奴の攻撃を受け止めきれるかは分からないが、やってみるしかないだろう。


 しかし、レイディーンは俺の目の前で急停止すると、その両腕を大きく広げて俺に抱きつき、その体勢のまま天井付近まで上昇する。


「くっ、放しやがれ」


 必死にもがいてみるが、鎧に包まれた両腕はがっちりとホールドしていて、奴から逃れることができない。


「ヨカゼさん! 」


 俺の真下でエーコの叫ぶ声がする。彼女は一生懸命手を伸ばして飛び跳ねるが、俺の足には届かないようだ。


「慌てるな、貴殿はしばしそこで待っているがよい」


 俺の耳元で大声を上げたレイディーンは、部屋の入り口にあるドアへと向かう。するとドアは自動的に開き、俺は奴と共に部屋の外へと連れ出された。エーコは叫び声をあげていたが、すぐにその声は聞こえなくなってしまう。


「ふふっ、暇つぶしにちょっと遊んでやろうか」


 レイディーンは兜の奥で笑い声を漏らすと、俺を抱きかかえたまま宙返りや回転を行う。ただでさえ空を飛ぶなんてことに慣れてないのに、壊れたジェットコースターの様な動きをされてしまい、目が回って頭がふらふらしてきてしまった。


「や……めろ」

「おっと、さすがに腕の中で吐かれるのは困るな。安心しろ目的地にはもう着いている。腹の中の物をぶちまけるのなら、地に伏せてからにしてくれないか」


 レイディーンは俺を放り投げる。地面を何回か転がった俺は、地面に足をつけることに感謝しながら立ち上がった。


「ここはいったい……、お前は何をする気なんだ」


 辺りを見渡してみると、ここは大きな広間のようだ。沢山の人がこの場に集まり、会食パーティを行えるような広さで、天井も高い。


「ふむ、質問に答えてやろう。まず、ここはこの城の最奥部、いわばゴールだな」

「ゴール? 」

「そうだ、今その疑問を晴らしてやろう」


 レイディーンの周りに蝙蝠の形をした亡霊が大量に集まって来る。その亡霊達は混ざり合って一つの塊となった後、薄い長方形の姿となって宙にふわふわと浮き始めた。


 そして、それはテレビの様に映像を映し始めた。そこには、エーコの他にもクロとイストが映っているのであった。どうやら三人はそれぞれ別の場所に離れ離れになっている様で、映像が三分割されて映し出されている。


「この城の亡霊はお互いに感覚を共有していてな、その感覚のリンクを利用することで離れた場所でも、こいつらを通じて音声等のやり取りができるのだ」


 この世界の亡霊万能すぎるだろ、と思ったが今はそんなことは気にしていられない。俺は仲間達に向かって叫ぶ。


「皆、大丈夫か! 気を付けろ、想像以上にレイディーンは強く、陰湿な野郎だ。何をしてくるか分からないから油断するな」


 すると音声が通じたのか、辺りをキョロキョロとする三人。そして彼女達の前に、テレビの様な形をした亡霊が現れると、そこに俺の姿を映し出す。


「ヨカゼさん! 無事だったのですね、良かった」

「すまない、急に暗くなったと思ったら、変なところに連れ出されてしまった。お主はこちらに来れるか? それなら早く来て欲しいのだが……」

「ヨカゼ、ちょっと道に迷っちゃったみたい。助けてよー」


 俺の姿を見るや否や、安心するエーコと、助けを求めるクロとイスト。その様子を見たレイディーンは画面越しに皆に話しかける。


「さてさて、これから王子様救出ゲームをしようか。彼は自分と一緒にこの城の一番奥にいる。無事にそこまで辿り着いて助けてあげて欲しい」


 レイディーンの言葉が、皆に緊張を走らせる。


「たーだーしー、貴殿方の前には数多くの困難、恐怖が待ち受けているだろう。ちなみに彼を助けることができるまで、皆をこの城から脱出させるつもりはない」


 人差し指を左右に振りながらレイディーンは司会者の様に説明をする。


「怖くて辛いのに城から出られないのは嫌だろう、だから心優しい自分は一つ約束をしようと思う。それは【貴殿方がこの男の救出を諦めること】。それを誓うのであれば、自分は貴殿方の安全を保証し、外界へと導くことを約束しようではないか」


 レイディーンはがそう言うと、テレビに映る彼女達が真顔になる。


「私は絶対に諦めませんよ! 」

「戯言を、我を挑発したこと。後悔させてやろう」

「すぐに行くからヨカゼもそれまで頑張って」


 先程まで不安そうな表情をしていた彼女達が、まっすぐにこちらを見つめている。


「そうだ早く来てくれ、そうしないと俺が一人でこいつを倒して、美味しいところを独り占めしてしまうからな」


 俺がそう言うと皆が笑顔になる、その様子を黙って見ていたレイディーンは口を開いた。


「ということらしい。愛情は美しいが人生諦めも肝心だ、嫌になったらすぐに大声で叫んでくれ。すぐに外への道が開かれるだろう」


 すると、先程まで映像を映していた亡霊達が分散する。それによって仲間達の姿や声は聞こえなくなってしまった。


「大事な仲間達とのお喋りの時間はこれぐらいにしておこうか」


 レイディーンは剣と盾を取り出して構える。その構え方で、彼女は凄腕の剣士であると分かった。素人の俺でもそう感じられる程の風格がある。


「とうとう武力行使か」

「意外にもお前達の絆は強いようなのでな、少しだけ本気を出させてもらう」


 彼女は翼を使って飛翔する勢いを利用して、剣で斬りかかって来る。

 高速で移動する騎士の剣技を盾で防ぐが、彼女の勢いは攻撃ごとに増していく。


「お前の仲間はきっとここには来れないだろう。全てが終わって彼女達がお前を諦めた時、ボロボロにされたお前を目の前に放り投げてやる。そして自分はこう言うのだ、【貴殿方が諦めたせいでこの男はこうなった】と、手足は折られ、顔が腫れあがったお前の姿を見た彼女達は、お前との間に決して消えない溝を感じるだろう。そうすれば二度と恋人なんて言葉は口に出せないはずだ」


 不意にレイディーンは盾で殴り掛かって来る。その攻撃を何とか盾で防いだものの、体勢が崩れたところを狙って斬撃が襲い掛かってきた。


 しかし、俺は後ろに飛び跳ねるように回避し、間一髪で攻撃を避ける。


「もし、俺だけが痛い目みるだけならまだ諦めもつくんだが、皆の心にも傷がついてしまうのなら、負けられないなぁ! 」


 俺はナイフの切っ先を突きつけながらレイディーンに向かって叫ぶのであった。

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