第55話 VS 女神の使徒 レイディーン その2

「どうせ仲間なんて来ないというのに、元気なものだな」


 レイディーンは軽くジャンプした後、翼を使って天井付近まで上昇する。そして、体を回転させながら、俺めがけて急降下してきた。


 俺はとっさに横にステップを踏んでその攻撃を避けると、彼女はそのまま再び天井まで上昇する。


「来るさ、ああ見えて意外と皆しぶといんだぜ」

「そうか、それならお前はそう思っていればいい。希望がなければ絶望もできないからな、その方が楽しみがいがある」


 レイディーンは右手を前に突き出すと、そこから黒い炎が出現する。漆黒の炎はゆっくりと何かが溶けているかのようにドロドロと燃えていた。


「もう気付いているだろうから教えてやるが、自分は火と闇属性の魔法を使う。そして幻影等の状態異常をもたらす闇魔法を火の粉に乗せることで、広大な範囲に闇魔法の影響を与えることができるのだ。こんな感じになっ! 」


 黒い霧の様な火の粉が彼女の周囲を包み始める。その霧は急速に広がっていき、一瞬の間に俺の周りを漂い始めた。


 すると、いつの間にかレイディーンは、二人、いや……、四……、五人まで増えていた。


「さて本物を見つけることができるかな、もし間違っていたら罰として大怪我をしてもらおう」


 分身か……、奴の言う通り幻影によって生み出されているのなら、分身自体に攻撃能力はないはず。ただどうやって偽物を見つければよいのか、少なくともゆっくり考える時間はない。


 レイディーン達は勢いよく翼をはばたかせて、体当たりをする体勢をとっている。分身なんてゲームではよくあることなんだけど……。現実ではどう対処すればよいのだろう。


 いや、もしかしてゲームと同じ対策で行けるのではないだろうか。


 一人目のレイディーンが突っ込んでくるが、俺はその場にとどまると、それは俺の身体をすっと通り抜ける。


「勘が当たって良かったな、迷いもせず微動だにしなかったのは驚いたが……。ならこれならどうだ」


 今度は少しタイミングをずらしながら四人が突撃してくる。やはり俺の予想は当たっていたようだ。


 俺は四人の内、三番目までは無視し、四人目の頭に向かって盾で殴り掛かる。重い手ごたえを感じた後、体勢を崩したレイディーンは地面に体をつけ、転がる。


「なっ、本当に見破っていたのか。何故そんなことができる! 」


 兜越しに頬を手でこすりながら、ふらふらと立ち上がった彼女は叫ぶ。


「いや、分身使いなんて死ぬほど戦っているからな、この程度簡単だ」


 そう、奴の分身には【影】がなかった。ゲームではお決まりの攻略法だが、この世界でも利用できるとはラッキーだった。


「ふざけたことを、自分程の分身使いなんてそうそういるわけないだろ! 」


 レイディーンは詰め寄ってきたかと思うと、剣による連撃を浴びせてくる。


 さすがに真っ向勝負では分が悪い、なんとか別の方向で勝負をしなければ……。とりあえず彼女の気を逸らすために、土魔法で創った石を相手の顔面に向かって投げつける。


「その様な子供騙しの攻撃が当たると思うか! 」


 投げつけた石は簡単に斬り払われてしまった。そしてそのお返しと言わんばかりに、彼女の右手から黒い炎が立ちあがる。


「魔法とはこうやって使うのだ! 」


 レイディーンから放たれる黒い炎が俺に襲いかかって来る。


「うわっ、熱っ……くない? 」


 不思議なことにその漆黒の炎は熱くなかった。しかし、すぐに体に異変が起きる。だんだんと頭痛や眩暈がし、息苦しくなってきたのだ。


「苦しいだろう、毒状態にしてやったから当然だ」


 彼女は満足そうに笑った後、翼を使って宙へ浮き、俺の手が届かない範囲まで上昇した。


「自分はここからゆっくりお前がじわじわと弱るのを見届けてやろう、ふっふっふっ」

「くそっ、卑怯な真似をしやがって」


 俺も似た様なことは何回もやってはいるが、いざやられると厳しいものがある。


 息をきらしながらレイディーンを見上げる。彼女は相も変わらず俺のことを見下ろしながら笑っていた。そして、視界がぼやけ、体も重い、強烈な眠気にも似た状態が俺を襲ってくる。


 このままでは……、どうすれば……。



「天より降りた黒き天使よ、彼の者より穢れた血を吸いとり給え! 【キュア】 」


 聞きなれた声がすると同時に、体が軽くなるのを感じる。


 声がする方を見ると、そこにはエーコが立っていた。彼女は俺が見ていることに気付くと微笑み返してきた。


「お前っ、いったいどうやってここまで来た? まさか障害を乗り越えてきたというのか? 」

「障害なんてありましたか? 」


 慌てる様子のレイディーンに対して、首をかしげながらエーコは返答する。


「お前はシスターであろう」

「そうですけど、それが何か関係があるのでしょうか? 」

「ここに来るまでの道中にある、床一面に描かれたネーサル様の絵をどうやってやり過ごしたのだ」

「どうやって、と言われましても、普通に歩いてきましたけど」


 何を聞きたいのかよく分からない、という様子でエーコはたどたどしく答える。


「すると、お前はその足で女神を踏みつけてきたというのか! 」

「……まあ、そうなりますね」

「では、その後に設置されていた女神像はどうした。あれは破壊でもしないかぎり通れないはずっ! 」

「壊しました、水魔法の水流で押し倒したら割れてしまいましたね」

「こっ、この罰当たりが! 女神に仕えるシスターの身でありながら、反逆するような行為をするなんてな」


 レイディーンはエーコを非難するが、彼女は堂々とした様子で口を開いた。


「反逆ではありません、大切な人を守るための必要な行為です。ネーサル様なら理解して下さると信じております」


 彼女の真っすぐと見つめる瞳に言葉を失うレイディーン。


「そんな馬鹿な……、シスターや神官はそのほとんどが女神の絵を前に、涙を流しながら諦めたというのに、まさか女神像まで破壊しただと」


 レイディーンは足を地面で踏み鳴らしながら、苛立ちを表す。そんな様子の彼女を余所に、エーコは俺の下に駆け寄ってきた。


「全く、無茶はいけませんよ」

「助かったよ、そして来てくれてありがとう」


 俺がそう言うと、彼女は笑顔でウインクをしてきた。


「さあ、これでお得意の状態異常は使えないな! 」


 レイディーンに向かってそう叫ぶと、彼女は右手から炎を生み出す。


「状態異常にできなくとも、お前等なぞ幻影で翻弄するだけで十分だ」


 彼女は辺りに漆黒の火の粉を巻き散らし、それが辺りを覆いつくそうとする。


「大地を見下ろす女神の涙は、全てを愛する滝とならん!【スプラッシュ】」


 エーコの周りから現れる水流によって、火の粉は水で洗い流され、そのままレイディーンに降り注ぐ。


「くっ、本当に厄介な奴だな、お前は」


 ずぶ濡れになったレイディーンは静かな口調に怒りを含める。


「えへへ、すみません」


 そんな相手からのお怒りの言葉に対して、エーコはぺこりと丁寧にお辞儀をした。

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