第42話 嘘からでた実
店員は盗難があったことを告白し、深く深く頭を下げる。
「どうか落ち着いてください、いったい何が起きたのか詳しく教えていただきますか? 」
怯えた子供のように縮こまる店員の肩に手を置き、優しく声をかけるエーコ。店員はゆっくりと顔を上げて俺達を見回した後、口を開いた。
「はい、昨日お預かりしていたネックレスを金庫の中に保管していたのですが、夜中に何者かが店に侵入して金庫から盗み出してしまって」
「もちろん、お店に鍵はかかっていたのですよね」
「ええ、ですが窓ガラスに穴を開け、そこから窓の鍵を開けてしまったようです」
ああ、日本にいた時のニュースでも似たような手口が放送されていたな。どこの世界でも似たような考えをする奴はいるのだろう。
「だが、肝心の物は金庫にしまっていたのだろう。その金庫を見せてくれぬか」
クロが落ち着いた声で言うと、店員は小さく頷いてから俺達を店の奥へと案内する。店のカウンターの裏にある扉を開けると小さな部屋があり、そこには黒鉄でできた金庫があった。金庫には丸いダイヤルがついていて、回してロックを解除する形式であることがうかがえる。
「ここをご覧ください」
店員は力なく金庫の角を指差すと、そこには拳がすっぽり入るくらいの穴が開いていた。
「これまた強引なことだな」
その切り口は、まるで何でも切断できる刃物で切り取ったかのように綺麗なものだった。こんな力技を使える者からしたら、金庫なんてただの宝箱にしか見えないだろう。
「この金庫の中には何が入っていたの? 」
「お客様から預かった品物や、装飾品の加工に使う貴重な素材、お店の売り上げ等です」
「金庫にあったそれらの金品を盗られちまったというわけか」
説明をする店員に向かって俺が言うと、店員は顔を俯かせながら申し訳なさそうに言葉を発する。
「えーっと、盗まれたのはお客様から預かったネックレスと、他に一緒に入れていた装飾品用の宝石数点です」
「え、金には手を出していないのか? 」
「不思議なことにお金は銅貨一枚さえ盗られていなかったのです」
どういうことだ? ここは日本とは違ってお札に通し番号なんてないのだから、盗んだ金を使ったところでリスクはないはずだ、むしろ宝石などの盗難品を売却する方が大変だろう。
「何故、装飾品や宝石だけ盗んだんだろう」
「お主はこれがただの盗みではないと考えているのだな」
「ああ、ちょっと引っかかるなと思って」
クロは顎に手を当てながら考え込んでいる。こういう時の彼女は、微かに輝く銀髪とルビーの様な赤い目が相まって、幻想的で格好良い。
「鉄でできた箱を破壊したにもかかわらず、盗んだのは装飾品と宝石だけ。これは事件の匂いがするわね」
「いや、もうすでに盗難事件だからな」
面白そうな非日常の出来事に直面してニヤリとしているイストに突っ込む。
「それで盗まれてしまった私のネックレスはどうなってしまうのでしょう? 」
「そこはご安心ください、同じものをすぐに準備いたします。二日程待って頂くことになってしまいますが大丈夫でしょうか? 」
「そのぐらいでしたら問題ありませんよね? 」
エーコが微笑みながら確認をしてきたので、俺は頷くことで了承の意図を伝える。
「でもまた盗人が来る可能性があるのではないか? 」
クロの言葉にその場にいる者は考え込む。確かに犯人は現場に戻るというから、その可能性は否定することはできない。
「だったらさ、ここで待ち伏せするってのはどうかしら」
イストが目をキラキラさせながら手をポンと叩く、言うまでもなく彼女は探偵ごっこがしたいだけであろう。
「確かにやられて黙ってるのも納得いかないしな、ネックレスができるまでの間ならやってみようじゃないか。もちろんお店の許可がもらえればだけど」
「本当ですか? それならお願いしてしまおうかしら」
両手を合わせながらニッコリと笑う女性店員。
「えらくあっさり許可するのう、ちょうど盗みがあったばかりなのに、会ってまだ間もない我等にそのような役目を与えるとは」
クロが不思議そうな顔をして店員を見つめると、彼女は微笑みながら言う。
「昨日、私の作品を真剣に見つめていたエーコさんと、そのお友達の方が悪い人とは思えませんよ」
店員の優しい声を聞いてエーコは思わずはにかんだ。
「それじゃ、今夜から早速行動開始といこうか。こそ泥を捕まえてやらないとな」
俺の言葉に皆が頷いていた時、一人の青年が飛び込んでくる。
「ちょっと待ってくれ、その話自分も参加するよ! 」
そこに現れたのは茶髪の巻き毛の男性。風通しの良い半袖の服を着た青年にはどこか見覚えがあった。
「貴方は、もしかして昨日私達の絵を描いてくださった人ですか? 」
「そうだよ、覚えていてくれたんだね。ありがとう」
エーコの言葉に反応して軽く会釈をする青年。その様子を見て店員は呆れたように言葉を漏らす。
「なーんだ、ギースじゃない。皆、紹介するわ、こいつは売れない、人気ない、甲斐性ないの三拍子そろった画家、略してUNK。ついでに私の幼馴染でもあるわ」
「その略し方は悪意がありすぎだろ、撤回してよ」
「じゃあ、幼馴染を撤回してあげる」
ギースと呼ばれた青年が来たとたんぶっきらぼうになる店員。一方、青年の表情は真剣そのものだ。
「目の前に置かれている現金に目をくれなかった理由、非常に気になるんだ」
「あんた、いったいいつから話を聞いてたの? 」
「ここをご覧ください、ってところからかな。たまたま君達が店の奥に入るのを見て、話を聞かせてもらってたよ」
「うわっ、最初からじゃん。ストーカーかよ」
先程まで優しかった店員はまるで汚物を見るような目をギースに向ける。それは人間は誰しも二面性を持っているのだと確信できた瞬間であった。
「ギースさんがお知り合いの方ならば問題ありません。信用できる人手はいくらあっても大丈夫です」
言い合いをしている二人に向かって俺がそう言うと、青年はひどく喜び、店員は呆れたようにため息をついた。
「貴方達が良いというのであればいいですけど、ギースはくれぐれも足引っ張らないようにね」
「あぁ、任せてくれたまえ」
店員はギースの胸を指差しながら、親が子を叱るように注意している。
「お二人とも仲が良さそうですね」
「え、そうか? 」
ニコニコしているエーコに俺は思わず疑問の声を上げた。
「仲が良いからこそあんな感じで言い合えるわけよ。誰かさん達みたいにね」
イストは笑いながら俺とクロを交互に見ると、クロはそっぽを向いてしまった。全く可愛げのない奴。そんな様子を見ているエーコとイストはくすくすと笑っていた。
――その晩
俺達とギースは店の前で集合する。遠くから聞こえてくる波の音だけが、静かに胸の奥に響いていた。
「エレンには店の中にある寝室で休んでもらっている。犯人を捕まえられるかどうかはボク達次第だ」
装飾店を眺めながら、ギースはやる気に満ち溢れた様子で言う。なお、エレンは店員の女性の名前である。
「そのことについてなんだが、犯人はこの店ではなく、他の店を狙うことも考えられるよな」
「まあ、当然ありうるだろう」
俺の言葉にクロは頷く、彼女の髪は月に照らされて淡く輝いていた。
「そこで待ち伏せ組と探索組の二組に分かれて行動しようと思う。待ち伏せ組は俺、エーコ、ギース。探索組はクロとイストだ」
人間相手には無類の強さである黒魔術が使える俺と、純粋に戦闘能力の高いクロを別々の組にすることで相手がどのような行動をとっても対応できるようにする。
「別の組に分かれるのは良いですが、もし犯人を見つけた場合の合図はどうしましょう? 」
「それはしっかりと考えてある、イストちょっとごめんよ」
俺はイストにすごく軽微な腹痛の魔術を唱える。
「ちょ、いてててて」
中腰になってお腹を押さえるイスト、俺が魔術を解くと彼女はほっぺたを膨らませながら怒る。
「急になにするのさー」
「これが合図だ、待ち伏せ組が犯人を見つけたらイストに腹痛の魔術をかける、お腹が痛くなったら俺達の所に来てくれ」
「え、マジですか? 」
いつもへらへらしているイストの表情に絶望が現れる。まるで受験番号がなかった受験生のようだ。
「もし、探索組である我等が犯人を見つけた場合は? 」
「その時はイストがレーザーを真上に打ち上げるんだ、目立つからすぐに駆け付けられるだろう」
「え、マジですか? 」
再び驚きの表情をするイスト。彼女の琥珀色の瞳は大きく開かれ、月明かりを綺麗に反射している。
「ふふふ、大活躍ですねイストさん」
「ちょっと、待て待て待てーっ。私の負担が大きいわ、お給料のアップと休日、好きな骨董品一つ購入する権利を希望します。乙女のお腹はそれだけの価値があるのよ」
両腕を大きく上げて労働環境改善を訴えるイスト。確かに彼女の言い分は最もである。
「分かった。この作戦が成功したら臨時手当だ」
「よし、ならば私の可愛いお腹を貸してあげるわ」
お腹を手の平で自慢げにポンポンと叩く様子は、とても少女がして良い動作ではない。
「似顔絵を描いた時もそうですが、皆さん賑やかですよね」
「すみません、個性あふれる者ばっかりで」
俺達の様子を見て驚いているギースに対して、悪いことをしたわけではないが思わず謝ってしまった。俺が彼に頭を下げている間に、クロとイストは簡単に身支度を整える。
「それでは我等は有名な店の様子を見に行ってくる」
「いい! お腹を痛くする時は絶対優しくするのよ、絶対よ! 」
お、これはフリかな? ただ、もし強く魔術をかけて大惨事でも起きてしまったら明日からこのパーティに俺の居場所はなくなってしまうだろう。そう考えると俺も緊張してきた。
闇夜に消えていく二人を見送りながら、俺達は店の傍にある看板の裏に隠れて様子を伺う。時は経過するものの何かが起きることもなく、一行の緊張の糸が緩んできてしまう。
「ギースは犯人が現金に手を出さなかった理由、どうしてそんなに気になるんだ? 」
「現金よりも盗む価値があると思われる装飾品、宝石、一人の芸術家として気になるからね。実はエレンは昔から手先が器用で良い物作るから、人によってはお金よりも価値があるものだと思われても不思議じゃない。犯人がどんな気持ちだったのか確認をしてみたくてさ」
「なるほど、なるほど」
ギースの話を聞いて嬉しそうに頷いたエーコは、目を輝かせながら言う。
「それだけではないですよね。犯人を捕まえていい所を見せてあげたい人がいるのではないでしょうか? 」
彼女の口から出てきた言葉を聞いて、ギースは恥ずかしそうに俯いてしまう。エレンとギースは幼馴染、何か思うところがあるのだろう。
待ち伏せ中とは思えないくらい和やかになってしまった空気は、微かな音によって引き締められる。
看板から鏡越しに音の正体を突き止めようとすると、鏡に映しだされたのは手の平サイズの紅い蟹のような生物だった。その体は光沢があり、エビの様な尻尾が付いている。鏡の角度をかえて確認をしてみると、どうやら十匹近くその場にいるようであった。
「お前、昨日持ってきた物はここにあったのか? 」
その蟹が発した子供の様な甲高い声を聞いて、俺達はお互いの顔を見合わせる。蟹が喋っているのだ、それも人間の言葉を。
「ええ、ここの金庫に大事にしまってありました。まあ俺達のハサミの前では海藻みたいなものですがね」
紅い蟹は人間の拳ほどの大きさのハサミを高く掲げて、チョキチョキと紙を切るような動作を行う。
「ヨカゼさん、イストさんに合図を」
エーコの囁きに頷き、イストのお馬鹿な顔を念じながら可能な限り軽い腹痛の魔術を唱える。
「建物の中への侵入は窓に穴を開けて入れば問題ないですよ」
「よし、昨日盗んできた様な綺麗な美術品を手に入れれば、あの方に怒られることはなさそうだな」
「しっかし、なんで俺達がこんなことしなくちゃいけないんですかね」
「それは皆そう思っているさ」
肩を落とすように、その自慢であろうハサミを地面につける蟹達。そして彼等が次に発した言葉に俺は耳を疑う。
「これも全てはあの方、女神の使徒セルエスト様のためだからな」
女神の使徒、それは俺が最初に適当にでっち上げた存在であったはず。その架空の存在が現実のものになろうとしていたのであった。
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