第36話 聖剣の正しい抜き方
なんとか無事に会計係も決まったことなので、俺達は魔導探しの進捗について話をしていた。
「王都でも情報収集はしてみたが、魔導に関する情報はなかったな」
「やはりそう簡単には見つからないわよね」
イストが頬杖をついて、紅の髪を指に巻きつけながら言う。
「王宮に何か保管しているということはないのでしょうか? 」
「それはないわ、何回か忍び込んだことがあるけどなかったもの」
「忍び込んだってどうやってだよ」
イストに質問すると、彼女はバッグから小さな霧吹きのようなものを取り出して、俺の髪に吹きかけてきた。
「ほほう、これは面白いのう」
クロはニヤニヤし始める。俺が不思議がっていると、エーコが鏡を取り出して俺に渡してきたので、鏡で自分の頭を見てみる。なんということだ、さっきまで真っ黒であった髪が、霧吹きがかけられた部分だけ金髪になっている。
「それは私の秘密の魔導の一つ、自由に髪の色を変えられる霧吹きよ」
いったいどんな成分が入っているのだろう、霧吹きの中に入っている液体は透明だが、取っ手がある場所には色を指定するボタンがついていた。
「それに加えてこれ! 」
イストはバックから目薬を取り出して俺に渡した後、目薬を差すように指示をしてくる。ここまでの流れから、だいたい予想はつくがやってみよう。
「おお、綺麗な緑だ」
クロが体を乗り出しながら俺の瞳を覗き込んでくる。俺も鏡で自分の目を見てみると、成程、目薬を差した右目だけエメラルドのような緑色になっていた。
「これらを使って上手く使用人とかに成りすまして忍び込んだわけ」
変装道具を持っていたとはいえ、イストなんかに忍び込まれる程度のザル警備でこの国は大丈夫なのだろうか。
「イストがそんなもの持っているなんて知らなかったな」
「ふふふ、秘密兵器は取っておくものなのよ」
ニッコリしているイストを見ながら、俺は金髪になった場所を手で触る、特におかしい感触などはしないな。
「じゃ、そろそろ髪と目の色を元に戻してくれ」
「いいけど、元の色でいいの? これを機会にイメージチェンジでもどうかしら? 」
「俺は生まれ持った髪と目に誇りを持っている」
日本男児であれば黒髪だ、俺は生まれてから髪を染めるなんて真似はしたことがない。髪を染めるなんて事はリア充の戯れにしかすぎないのだ。
「でもたまにはいいじゃない、それっ」
イストは俺の髪に霧吹きを吹きかけると、今度は黄緑色に染められる。
「なかなか良いわね」
「紫も良いのでは、毒々しくてこやつにはぴったりであろう」
クロは笑いながら霧吹きをかけてくる。
「せっかくだから、いろいろやってみましょうよ」
そして少女達は俺の髪と瞳の色を変えて批評をしたり、笑っていたりする。まあ、皆が楽しんでくれているようなので文句は言わないでおこう。
「イスト、念のために聞いておくけどこれ髪へのダメージとかはないよな」
「たぶん大丈夫よ」
ニッコリ微笑むイスト、これは何にも考えていない顔だ。もし俺が禿げたら責任取れよ。
結局、皆に散々弄ばれた後、髪と瞳は元通りの色に戻してもらった。
「話は戻るが、王宮にも魔導に関わる物がないとなると、そろそろ別の町で探してみた方が良いな」
「ここからなら、鉱山都市ミネ、芸術都市アルト、商業都市コマルスが有力な所かしら」
イストは地図を広げて三つの都市にマークをつける。北の鉱山都市は希少な鉱石の産地で有名、西の商業都市はその名の通り商業の中心、南の芸術都市は海沿いの綺麗な町で著名な芸術家を何人も輩出した場所とのこと。
「鉱山にはお宝が眠っているかもしれないぞ、俺は鉱山都市に行きたいな」
鉱山といったらダンジョン、ダンジョンといったらお宝だ。魔導があるとしたらここの可能性が高い。ゲーム好きの勘がそう囁く。
「私は芸術都市に行きたいわね。ちなみに芸術都市では美味しいアイスクリームがあるわよ」
「それは良さそうだな、我もそこに行きたいぞ」
「そしてさらに、恋愛成就の装飾品も売ってるわよ」
「行きましょう、イストさん! 」
イストの提案にクロとエーコは乗る、彼女達はもう芸術都市で何をしようか相談を始めている。いやちょっと待ってくれ、俺の意見はどうなってしまうんだ。
「俺は鉱山都市が……」
そう言うと少女達は俺のことを無言でじっと見つめてくる。えっ、これもう拒否権ない感じじゃん。
「仕方ない、芸術都市にしようか」
「やったっ! 」
俺が諦めると、彼女達は喜びハイタッチを決める。
「あの、一応確認するけど、このパーティのリーダーは俺だよな? 」
「お主以外に誰がおるのだ? 」
その場にいる者は、不思議そうに俺のことを見つめる。
「いや、その割には俺の決定権があまりないと思って」
「いいか、リーダーは皆を引っ張るだけが仕事ではない。我らが苦難に陥ったらサポートを行い、パーティの責任を一身に受けるのも立派なリーダーの役目だ」
「それって、損しかしない役割じゃないか」
リーダーってそういう役割なのだろうか、やったことがないから分からない。
「頼んだぞリーダー」
「頑張ってねリーダー」
「頼みましたよリーダーさん」
目を輝かしている可愛い女の子達にリーダーと呼ばれるのは、かなり気持ちがいいな。思わず顔がにやける。
「よしっ、やってやろうじゃないか! 」
「……こやつ、ちょろいな」
「なんか言ったか? 」
「いや、気にするな」
クスクス笑っているクロ。いつかお前にリーダー様と呼ばせてやるから覚悟しておけよ。
こうして次の目的地が芸術都市に決まったので、俺達はギルドの受付のおっさんに別れの挨拶をする。
「短い間だったがなかなか面白かったぜ。壁に穴をあけられたのがつい昨日のようだ」
大声で笑うおっさんと頭を下げて謝るイスト。
「王都を出るのはいいが、今日は勇者選定の儀式をやってるから、それは見ていくと面白いぞ」
「勇者選定の儀式? 」
聞いたことがない単語が飛び出してきたので思わず首をかしげると、イストが説明を始める。
「一年に一人勇者を選んで、その人に王国各地を巡ってもらうのよ。そこで皆が困っていることを解決して回るの」
「勇者は魔王と戦ったりはしないのか? 」
「今は魔族と争いとかないからそんなことはしないわよ」
成程、平和な世の中では年間行事の一環になっているんだな。
「もしかして兄ちゃんが勇者になっちまうかもな」
笑いながら冒険者ページを渡してくるおっさん、もしかしてこれフラグたってるだろ。おっさんに最後の挨拶をして、ニヤニヤしながら勇者選定の儀式を行っている王都の広場へ行く。そこでは一振りの剣が白い台座に刺さっていて、その横には煌びやかな鎧をまとった金髪の青年が立っていた。
「あの聖剣の横に立っている人が前回の勇者。そして見事聖剣を抜くことが出来た人が今年の勇者になるの」
「抜くことが出来るって、あんなの力さえあれば誰でも抜けそうだけど」
聖剣を眺めていると、イストは笑みを浮かべながら聖剣に向かう男性を指差した。その男はプロレスラーのような体型をしている。聖剣を使うよりも自らの肉体を使った方が強いのではないかと思ってしまうくらいだ。
筋肉男は聖剣の柄に両手を重ねて腰をゆっくりと落としてから腕を上げようとするが、聖剣はピクリともしない。しばらくして、勇者が男にストップをかけると肩を落としながら男は聖剣から手を離す。
「すごい力が強そうなのにダメだったんですね」
エーコは不思議そうに首をかしげている。
「聖剣は不思議なことに力だけでは抜けないのよ。何か特別な素質や、優しい心等が必要といわれているわ」
「ならばこやつには無理だな」
小馬鹿にするような表情でクロは俺に向かって言う。
「言ったな、これから見事に聖剣を引き抜いて勇者になる俺の姿をそこで見てるといい」
俺はゆっくりと聖剣のある場所まで歩いていく。いざ聖剣の前まで来ると、大勢の人々に注目されるため緊張する。俺は深呼吸をしてから聖剣に両手をかけた。
力をひれて引き抜こうとするとわずかに聖剣が動いたかのように感じる、いける……、いけるぞっ。異世界人の力を見せてやるっ!
しばらくそのまま引っ張り続けていたが勇者にストップをかけられた。もうちょっと時間があればいけそうだったような気がするのだが。俺ががっかりしていると、向こう側でクロとイストが大笑いしているのが見えた。戻りたくないなぁと思いつつもゆっくり歩みを進める。
「おやおや勇者殿、聖剣をお忘れのようだがどうした? 」
煽ってくるクロは本当に楽しそうである。
「お前もやってきたらどうだ」
「我は魔族だからの、もし聖剣に選ばれてしまったら面倒なことになってしまう」
むむむ、確かにそうかもしれない。俺は悔しそうにクロを睨む。
「ならイストとエーコはどうだ」
「えっ、私ですか? 」
「エーコは信心深いし優しいから勇者になる可能性は高いかもしれないぞ」
「私が勇者ですか……、勇者エーコ。良い響きです」
エーコは目を輝かしながら、聖剣のところまで向かう。彼女は両手で力一杯、聖剣を抜こうとするが駄目だった。顔を真っ赤にして聖剣を抜こうとしていた彼女は可愛かった。
「エーコちゃん、残念だったわね」
イストは落ち込むエーコの肩を叩いて慰めた後、聖剣の前に立つ。
「実はね、聖剣の抜き方にはコツがあるの! 」
公衆の面前で堂々と宣言をするイスト、彼女はその右手で聖剣の柄をつかみ、身をかがめる。
「聖剣の抜き方、それは両手で力任せではなく、片手だけで格好良く抜くことよ! 」
そして彼女は体全体をバネにして聖剣を引っ張る。
何かが外れる鈍い音、転がる少女、駆け寄る勇者。あぁ、彼女はやってしまったようだ。
「ああああああ、肩がぁぁっ!」
「どうしました、お嬢さん! これは……、肩が外れてしまっている。すみません、皆さんの中にどなたかヒーラーはいらっしゃいますかっ! 」
聖剣は抜けずに、肩を外してしまった彼女は地べたを転がり、心配した勇者が助けを求めている。周りの人々はざわざわしていた。
「大丈夫、ヒーラーなら大切な仲間がいるの……」
「仲間の方がいらっしゃるのですね。この人の仲間の方はすぐにきて下さい! 」
イストの言葉を聞いて、勇者はさらに大きい声で叫ぶ。それを見ていた人達はひそひそ話をしていた。内容は聞かなくても予想できる、大体はアホが馬鹿したというものだろう。
「エーコ、仲間のヒーラーが呼ばれているぞ」
エーコにイストの所へ行くように促すと、彼女は俺の手を力強く握ってくる。思わずエーコの方を見ると、彼女は長い金色の髪をなびかせながら天使のような笑顔をしていた。
「ヨカゼさんは私のこと、守って下さるのでしたよね」
ああ、そうだったな。恥ずかしい思いをするのであれば、皆で一緒に付き合ってやろう。そうだよな、クロ。
俺はクロの方を見ると、クロはどこかへ消えていた。あの野郎……。
そして、俺達は人々の哀れむような視線を受けながらイストの所まで行き、彼女に回復魔法をかける。
「あー、さすがエーコちゃんの回復魔法は効き目が抜群ね」
「エーコ、ついでに頭にも回復魔法をかけてやってくれ」
「私は別に頭は怪我してないわよ」
急に真面目な顔で反論してくるイスト。
「いや、重傷だろ」
「嘘? さっき転がった時にどこかぶつけたのかしら、頭から血とか出てきてる? 」
イストは手で頭をなでる。もう何も言わないことにしよう。これ以上は俺が疲れてしまう。
「ヨカゼさん、私の力では肩の怪我しか治すことは出来ません」
残念そうな表情のエーコ。暗にイストの頭は回復魔法ではどうにも出来ないと言っているのだろう。異世界魔法の敗北がここにあった。
「よーし、無事元通りね」
肩が良くなって喜ぶイストは、腕をぐるぐる回して調子を確かめている。
「無事、回復できたようで何よりです」
「ご迷惑おかけして申し訳ありません」
安堵する勇者に向かって俺は謝罪をする。勇者はニッコリと笑いながら、大丈夫ですよと言ってくれた。やはり勇者に選ばれるだけあって優しい人だな。
「もう一回、聖剣チャレンジすればいけそうなんだけどなぁ……」
そして、恨めしそうに聖剣を見ながら呟くイストを引きずるようにして、俺達はその場を立ち去るのであった。
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