第34話 回復魔法の使い方

 それから三日間、昼間はイストに訂正されたところの見直しと復習。夜は彼女から執筆の講義を受けていた。完成したと思っていた作品でも見直していくとかなり粗が見つかるので、修正するのに時間がかかってしまう。ただ何とか勝負の決着日までには作品は完成しそうであったため、安心はしていた。


 その翌日の昼間、執筆作業の息抜きにエーコに会いに行く。


「ヨカゼさん、こんにちは」


 エーコはいつものように明るい笑顔で出迎えてくれる。しかし、この時なにか違和感を感じた。


「変な臭いしないか? 」


 この匂いなんだろう、日本のスーパーマーケットでも似たような匂いを嗅いだことがある気がする。


「ああ、実はですね」


 エーコは苦笑いしながら、店に置いてある品物を指差すとそこには魚が並べられていた。


「あれ、野菜と果物は? 」

「メルさんがあまりに訳アリの野菜、果物を買い占めて商売するものだから、皆売ってくれなくなっちゃったんです。だからその代わりに魚で商売しようって」


 確かに余所から買った野菜に回復魔法をかけて販売するのは同業者から見たらよく思われないだろう。ただ魚を見るとかなり弱っているというか、生きているのだろうかこれ。日本でさえ海産物を生きた状態で港から都市まで運ぶのは難しいのだから、この世界ならなおさらだろう。


「あれ、ヨカゼ君じゃん。愛しのエーコちゃんに会いに来たのかい? 」


 メルさんがニヤニヤ笑いながら店の奥から出てくる。


「魚を集めてどうする気ですか。もう死んでしまってるのでは? 」


 俺はかわいそうなものを見る目で魚たちを眺める。


「それはこれを見てから言ってちょうだい。エーコちゃん、魚に回復魔法をかけて」

「はい! 」


 エーコの可憐な掛け声とともに回復魔法が放たれると、さっきまでピクリともしなかった魚達が、まるで今釣り上げたかのようにピチピチと飛び跳ね始めた。


「きたきたきたぁ! さぁさぁ皆さん。活きのいい魚が入ってるわよ、見てきなさい! 」


 明るいメルさんの声に誘導されるように、通りがかった人々の視線が魚に集まる。


「この魚まさか生きてるのかい。王都でこんな活きが良いのが見れるなんてな」

「お母さん、動いているお魚さん初めて見た!」

「あの可愛い女の子の魔法が詰まった魚にかぶりつきたいぜ」


 すごい人の集まりようだ、野菜を売っていた時とは段違いである。


「あの、メルさん。これはちょっと残酷なのでは」


 俺が体全体を大きく使って客引きをしているメルさんにたずねる。


「何言ってんの? お客さんは美味しい魚を食べれる、私達は儲かる、魚はぴょんぴょんはねて喜んでる。いいこと尽くめでしょ」

「魚、喜んでますか? 」

「ヨカゼ君は魚の気持ちでも分かるのかしら? この子達の目をしっかり見てみなさい。さっきよりいきいきしてるわよ」


 じっとピチピチと跳ねる魚を眺めてみると、確かに先程の死んだ目をしていたとは想像できないほど澄んだ目をしている。残念ながら魚達の本心が分かるスキルを俺は持ち合わせていない。


「エーコはどう思う? 」

「難しい問題ですが、お魚さん達も最期は美味しく食べられた方が幸せではないでしょうか」

「よっしゃ、良く言ったわよエーコちゃん! 」


 ガッツポーズをしたメルさんはエーコの頭を撫でまくる。エーコは少し困った様子で笑っていた。まあ、日本でも活け造りとかあったし、解体ショーとかやっていたからな、残酷なんて言葉は自己満足にすぎないだろう。


「エーコ、もし辛くなったらやめても良いんだからな」


 エーコの肩をポンと叩くと彼女は頷いた。そして、これ以上いると邪魔になってしまうと思ったためその場から立ち去ろうとすると、エーコは肉をパンで挟んだサンドイッチを渡してきた。


「えへへ、久しぶりに作ってみましたよ」

「ありがとう、美味しく頂くぜ」


 その様子を見ていたメルさんが話しかけてくる。


「ねえ、毎日エーコちゃんからご飯をもらってるわよね。彼女は汗水たらして働いているのだけど、貴方は何をしているのかしら? 」

「えっと、本を書いています」

「ふーん、本ねぇ……」


 じろじろと俺の顔を見てくるメルさん、不自然な程真っすぐ見つめてくる彼女の視線に気まずさを感じて時々目を逸らしてしまう。


「ふむふむ、どうやら嘘はついていないようね。もし別の女の子と遊んでたりしてたら鉱山最深部へ労働者として送り込むつもりだったわ」


 ニッコリと笑うメルさん、脳裏にちらっとお馬鹿な笑顔をした魔導少女の顔がちらつくが、あれは半分ペットみたいなものだからセーフだろう。


 二人に別れの挨拶をした後、宿の部屋でサンドイッチを頬張りながら執筆をしていると、イストがギルドから帰ってきた。 


「今日も頑張ってるわね、ほりゃっ!」


 イストが部屋に入って来ると同時にベッドにジャンプ&ダイブする。しかし残念ながらここは一番安い部屋、硬いベッドに顔面を強打した彼女はのたうち回ることになった。


「お前は今日は一段と頭がおかしくなってるな、何かあったか? 」

「今日は依頼がたくさん来てて疲れたのよ、人気者って辛いわ……」


 頭を手で押さえながらイストは答える。疲れているやつは普通あんなに元気よくベッドに飛び込まない。


「人気があるのはいいけどあまり無理はするなよ。前みたいに過労で倒れられると大変だ」

「ええ、もう一人では抱え込まないようにするから安心してね。困った時は貴方達にたっぷり頼るわ」


 ベットに横になりながら俺を見てニコリと笑うイスト。頼ってもらえるってのはなんかよい気持ちだな。


「そこでさっそくなんだけど、私は困っているの」


 俺を見ながら口を大きく開ける彼女。


「虫歯でもできたか? 」

「お腹すいたからご飯食べさせて」


 前言撤回、もうこいつはダメだ。そう思いつつも世話にはなっているので仕方なく、サンドイッチの切れ端を口に入れてやる。


「美味しいっ! 」


 幸せそうにもぐもぐしている彼女は放っておいて、文章の校正作業を再開する。その様子をじっと彼女は眺めていたが、しばらくしてサンドイッチを飲み込んでから口を開く。


「そう言えば、貴方は魔導に興味を持ったって言ってたけど、魔導で何をするつもりなのかしら? 」


 今まではただ魔導を調べたいだけとしか伝えていなかったが、そろそろ本当のことを言った方が良いのかもしれないな。


「魔導を調査していくことで女神ネーサルに会いたいと思っている」

「ネーサル様に会えるような魔導なんてあるのかなぁ? 」


 横になりながら腕を組んで考え込むイスト。


「ネーサルは魔導を発展させすぎたから怒って地上に降臨した、そうだよな」

「古代遺跡で見つけた文章からはそう読み取れたわね……、まさか同じように魔導を発展させて女神様を降臨させようとしているの? 」


 さっきまでぐったりしていたイストが急に飛び起きてこちらを見る。こいつは時々頭の回転が速くなるな。


「なんでそんなことをするの! 」

「エーコをネーサルと会わせてやりたいからさ」

「エーコちゃんのため? 」

「少し長くなるが話を聞いてくれないか? 」


 俺がそう言うと彼女はゆっくりと頷く。

 そして自分が異世界から来たこと、エーコに助けられたこと、女神を探すために旅立ったことを話す。イストはその話を黙って聞いている。


「成程、二人はやけに仲がよろしいと思ったらそんなことがあったのね」

「俺が異世界から来たことはすんなりと受け入れるんだな。正直、全く信用しないと思っていたのだが」

「魔導や魔法を学んでいる私からすれば、異世界の存在は否定できないわ。ちなみにその転移魔法は使うことができないのかしら? 」

「俺はもう転移しようと思わなかったから試したことがないな。材料とかもこちらの世界ではそろわないものばかりだろう」


 それを聞いてイストはちょっと残念そうにため息をついた。


「今までイストに真実を伝えなかったことは謝る、すまなかった」

「ううん、言ってくれただけで嬉しいわ」


 俺が頭を下げると、彼女はニッコリと笑った。


「でも今の話を聞いてみると貴方の最終目的は女神様と会うことで、女神様を怒らせるというのはその手段よね」


 イストを見ながら頷くと彼女はニヤリと笑う。


「それではヨカゼ、新・魔導学の目的とは何か答えてみなさい! 」


 急に俺を指差して問いただすイスト、彼女の綺麗な顔は自信に満ち溢れていた。


「えーと、確か女神が怒らない程度に魔導を復活させるだっけ」

「合格、その通りよ。そしてその怒らない程度を知るためには、女神様に直接聞くのが一番だわ。貴方の最終目標とは一致するわね」


 彼女は大物なのか馬鹿なのか分からないな、俺も人のことは言えないが。


「それで女神を怒らせようとしている俺はどうするつもりだ」

「馬鹿ね、そんな大悪党目を離したら大変じゃない」


 イストは俺のおでこにコツンと拳をぶつける。


「魔導を探す旅にはちゃんと協力してあげる。ただし本当に女神の裁きを起こそうとした時は、私が貴方の前に立ちはだかるわ」


 彼女は両手を開いて十本の指にはめられている指輪を光らせる。


「ありがとう、イスト」


 イストは満面の笑みを浮かべると、彼女の紅い髪がゆっくりと揺れた。


「ちなみにこのことはクロたんとエーコちゃんは知ってるの? 」

「クロは全部知ってるが、エーコには女神の怒りのことはまだ話していないな。いつかタイミングを見て伝えようと思う」

「まぁ、普通の人間のエーコちゃんには、ネーサル様が魔導文明を破壊したこと信じられないかもしれないわね」


 イストは腕を組みながら唸る。


「無理してエーコに伝える必要はないだろう。とりあえずは魔導を探していけばネーサルに会う手掛かりが見つかるかもと話しておく予定だ」

「うん、それが無難ね」


 イストは表情を緩めると俺の隣に座って来る、肩が触れるか触れないかギリギリのラインだ。彼女は俺が書いている文章を覗き込みながら話し始める。


「今書いてる物語って、もしかして貴方の世界であったお話? 」

「そうだ、有名な作品で小さい子から大人まで読んでたな」

「それってさ、盗作っていうのよ」


 イタズラな笑顔で俺の頬をつついてくるイストは話を続ける。


「ねぇ、異世界のお話ってもっとあるの? 」

「あぁ、たくさん知ってるぞ。こう見えて読書家だったんだ」

「ならもっと聞かせて欲しいな」


 期待を込めた綺麗な目で俺を見てくるイスト、ちょっと顔が近くて心臓がドキドキする。


「お前、疲れていたんじゃないのか? 」

「そんなの飛んで行っちゃったわ」


 目をパッチリ開いて、元気満々というアピールをする彼女。都合よく体力が回復する彼女に呆れながらも、日本のアニメや漫画の話をしてやった。


「へー、貴方の世界では魔法使いって人気だったんだ」

「ああ、特に魔法少女は老若男女から大人気だ」

「ふふふ、ということは貴方も魔法少女が好きってわけね」


 彼女は紅の髪をかき上げながら可愛らしくウインクをする。調子に乗っている彼女はとても嬉しそうだった。


「特に人気がある魔法少女は、怪物に食べられたりするような娘だな」

「えっ、貴方の世界はなかなか怖い所なのね……」


 顔を引きつらせる彼女、まあ事実だししょうがない。


 他にもいろいろなことを彼女に話してやる、いつまで話をしていたのかは覚えていないが、俺はいつのまにか眠りについてしまっていた。


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