第33話 旅は道連れ世は情け

 次の日、目が覚めるとイストはぐうぐうと眠っていた。こいつ黙っていれば可愛いのにもったいない奴だ。気持ち良さそうに寝ているイストの顔をぼんやり眺めていると、彼女は目を覚まして欠伸をしながら、おはようと挨拶してきた。


「よく男が同じ部屋にいるのに無防備で寝てられるよな」

「貴方にそんな度胸があるかしらね」


 彼女はニヤニヤしながらローブの裾を少しまくり上げて太ももをちらっと見せてくる。不覚にも少しだけドキッとしてしまった。畜生、こんな頭空っぽのセクシーポーズに気をとられてしまうなんて。


「怖ーい、今の貴方獣の目をしていたわよ。まったく変なことしちゃダメだからね」


 すっごく得意そうに笑みを浮かべるイスト。自分に魅力があることを実感して嬉しかったのだろう、そりゃ何度も言うが黙ってさえいればこいつは美人だからな。


「朝飯だ、食っとけ」

「ミカンね、イスト・サイクロンキャッチ!」


 ミカンを一房投げると、彼女は犬の様に口でキャッチする。満足げに口の中でミカンをもぐもぐする彼女を置いて、一足先にギルドに行くために部屋を出ようとする。


「ほっもふぁっへー」


 ミカンを食べながらイストは追いかけてきて、俺のコートにしがみついてくる。彼女は俺を必死に見つめながら口を動かしてミカンを良く味わった後、飲み込んだ。


「私を置いて一人で行こうったって、そうはいかないわ。私がお金あまり持ってないのは知っているでしょ、一人じゃ何もできなくて暇なのよ」


 こいつは貧乏神か何かか? しかし、ほったらかしてビームでも撃たれたらたまったものではない。しょうがないので彼女と一緒にギルドまで行くことにした。


 俺達が部屋を出て、宿屋の受付の前を通ると、受付にいた青年が口を開く。


「ゆうべはおたのしみでしたね! くぅぅ、一度言ってみたかったんだよなぁ、このセリフ」


 何か成し遂げた感をだしている青年にお礼がわりの【腹痛】の魔術をかけてやる。これで彼はトイレに三時間程こもりきりになるだろう。


「ヨカゼは昨日の夜、何か楽しいことしてたの? 私に内緒にしてずるいわ」


 頬を膨らませる彼女、朝っぱらから俺は何でこんなに疲れてしまうのだろうか。


「気にするな、不貞腐れてると連れて行かないぞ」


 なんだか納得がいかなそうな彼女を連れて宿を出た後、ギルドに到着する。


「なかなか良さそうな依頼はないな」


 掲示板に貼ってある依頼を見ると結構危ない依頼でも金貨三枚くらいだ、そう考えるとブレッドがくれた金貨五枚は大金であったと実感する。


「私宛にいくつか依頼が来ていたから行ってくるわね。貴方は暇だったら宿屋に帰ってていいわよ」


 彼女は元気よく外に飛び出していく、こいつは本当に自由気ままなやつだよなぁ、生きていて楽しそうで何よりだ。


 走り去る彼女を見送った後、ギルドの受付をしているオッサンに愚痴を言う。


「俺も結構いろいろ覚えてきたから依頼の一つくらいあってもおかしくないんだけどなぁ」

「兄ちゃんができるのは狼退治と土魔法だろ、戦闘系の依頼は少ないからな。最近だとこれなんか人気だぜ、商店の会計の手伝いとか、建物の設計図作成とかな」


 ギルドの受付のおっさんが本を手に取り、ページを開いて見せてくる。そこには難しそうな言葉が踊っているように見えた。


「それ、かなり勉強が必要な奴ですよね」

「勉強しないで金を稼ごうなんて考えが甘すぎねえか? 」


 その大柄な男から発せられた正論。まあそうなんだけどさ、ここは剣と魔法のファンタジー世界なんだよ、ちょっとくらいは夢を見させてくれてもいいじゃん。


 そして俺はため息をついてギルドを出た後、エーコの所へ向かう。


「ヨカゼさん! 今日も来てくれたんですね」


 俺の顔を見ると安心したように笑うエーコ。


「ああ、昨日のミカン美味しかったよ。ありがとうな」

「気に入ってもらって良かったです。美味しくなるように回復魔法を一杯かけたんですよ」


 両手を胸に当てて微笑む彼女を見ていると、思わず笑みがこぼれる。


「やっぱり普通の人間と話していると気持ちが楽でよいな」


 彼女は俺の言葉を聞いて不思議そうに首をかしげる。


「いや、エーコは気にしなくていいんだ。それよりも食べ物を買いたいんだけど」

「それならこれをどうぞ、美味しいですよ」


 彼女はブドウを一房手渡してきてくれた。これならイストもキャッチしやすそうだなと、一瞬思ってしまった俺はもう手遅れなのだろうか。


「いつもありがとう、この礼は今度返すから」

「えへへ、期待してお待ちしていますね」


 笑顔でぺこりとお辞儀をする彼女を見て、ほっこりした俺は軽い足取りで宿屋に戻る。


 宿屋に戻った俺は物語の執筆作業を再開する。安全かつ手早く稼げるのはやっぱりこれしかない、漫画の知識ならたっぷりあるから、後は手を動かすだけだ。


 そしてなんとか物語を一つ書き上げることができた。その内容は、教会から破門された闇ヒーラーが、法外な値段で教会に見捨てられた重病人を直していく物語だ。これまた上手くこの世界感に合わせることができたのではないか。

 作品を書き上げて満足していたところにイストがやってきた。


「今日は働いて疲れたわ、あれ何書いてるの」


 大きく伸びをしながら俺の隣に座って来るイスト、不意にその綺麗な顔が近くにきたので目を逸らしてしまう。彼女は俺が書いた文章を琥珀色の目でまじまじと眺めると、急に笑い始めた。


「そんなに笑うような作品ではないと思うが」

「ふふふ、そうじゃなくて、この文章めちゃくちゃすぎて笑える」


 腹を抱えながら笑う彼女。


「いったいどこがおかしいんだ」

「日常的な会話は問題ないけど、他の部分がダメダメ、誰が何しているのか分からないわ」


 足をバタバタさせながら笑う彼女を見て、俺は悲しくなった。


「でも、この前書いたときは金貨五枚で買い取ってもらったぞ」

「それ、よっぽどその人が優しかったのね」


 ブレッドは笑わずに俺の作品を読んでくれていた上、金貨まで渡してくれた。正直、あの人に批評されたときはイラっとしたが、あれは優しさによるものだったのであろう。


「仕方ないわね、私が貴方に文章の書き方を教えてあげるわ」


 笑いすぎたせいか涙目になりながらニヤリするイスト。


「迷惑をかけるがお願いする、次はちゃんとした作品を完成させてみたいんだ」


 イストの顔をじっと見据えると、彼女は力強く頷く。そして彼女はペンをとり、俺が書いた文章でおかしいところをチェックを付け始める。


「ここは単語を前後逆に置き換えてるわ、そしてこの書き方だと動作をしている人は別の人物になってしまっていることになるわね」


 一つ一つ丁寧に説明をしてくれるイスト。俺は一言一句聞き逃さないようにメモを取り、分からないところは質問する。普段の彼女からは想像もできないほど説明は上手であり、素人の俺でもすんなりと飲み込むことができた。


 しばらくして夜が更けて真夜中になると、彼女が欠伸をしながら言う。


「今日はそろそろ終わりにして、明日にしましょう」

「いやもうちょっとだけやらせてもらえないか? 」


 俺は眠い目をこすりながらペンを持つ。


「勝負が始まる時に無理をするやつは脱落させるって自分で言ったんじゃない。今日はもう休んで、残りは明日の自分に託しましょう」


 それよくレポートとかを先延ばしにする奴の上等文句だ、しかし今は彼女の言う通りだろう。ここで体を壊すのは勿体ない、着実に知識を蓄えてブレッドに完成品を提出しなければ。


「忠告ありがとう、休むのも大事だよな」

「分かればよろしいのよ」


 イストはにっこり笑う。俺はその笑顔を見た後、ペンと紙をしまってベッドに横になる。ふと彼女の方を見てみると、もう寝息を立てながらすやすや眠っていた。

 彼女らしくて安心する、そんなことを思いながら眠りについた。

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