第22話 魔女からの贈り物は、土と闇とゴーレム

 びっくりして振り返るとそこには黒髪のショートヘアで白いローブを着た人間が立っていた。顔をよく見てみるが中性的な顔をしていて性別は良くわからない。


「あの、君の名前を聞いているんだけど」


 目の前の黒髪は半ば呆れたように言う。


「すみません、自分はヨカゼといいます。実は森で迷ってしまって」

「森で迷ったから、ついでに人の家に上がり込んで本を読んでいたというわけかい」


 黒髪は俺の手から本を取り上げて、中身を確認する。


「成程、初級魔法の本だね、君の属性は土と闇だからここだよ。それにしても土と闇かぁ」


 黒髪はニコニコしながら土属性の魔法が載っているページを開いて返してくる。


「もしかして貴方は鑑定士なのですか? 」

「おっと、ボクの紹介が遅れていたね。ボクはエステア、ここでのんびり過ごしている変わり者さ、鑑定は趣味の一種だよ」


 手を差し伸べてくるエステア、俺は握手を交わすが気は抜かない。


「緊張しているようだね、でもボクの方がもっと緊張しているよ、自分の家に帰ってみたら赤の他人がいたんだから」


 ニコニコしながらエステアは握手をする力を弱めて手をはなすと、俺をどかして本棚の前に陣取る。


「まあ、これも何かの縁だ、何か読みたい本があったら貸してあげるよ」


 思ってもみない言葉に思わず驚くが、ここは油断してはいけない。俺はエステアの目を真っすぐに見つめながら答える。


「【ゴーレム作成の方法】を貸してもらえませんか? 」

「へー、ゴーレムとは、キミは結構マニアだね。どうしてこれを選ぶのかな? 」


 本を片手に取りながら笑顔で俺に問いかける、おそらくこの質問に回答しないと本は渡してくれないだろう。


「偶然ゴーレムの部品を手に入れる機会があって、それを何とか改造とかできないか調べてみたいんです」


「成程ね、確かゴーレムって、あの頭からビームを撃ってくる奴だっけ? 」

「いやどっちかっていうと胴体から撃ってきたと思いますが」

「ふーん、旧型ね。それならこの辺には古代遺跡の地下にしかいないはず。あそこは封印がされていたはずだけど」


 笑顔を絶やさないまま俺に質問をしてくる、この人は俺以上に何かを知っている。嘘をついて誤魔化そうとしてもすぐにバレてしまうだろう。


「少し変な仕掛けはありましたが、封印なんて大それたものはなかった気がします」


 するとさっきまで笑顔であったエステアから笑顔が消える。


「……ちょっとごめんよ、危害は加えないからほんの少しだけ動かないでいて」


 そう言ってエステアは俺の肩に手を置く。しばらくそのままであったが、何も変化は起きない。するとエステアは手を体から離して、目をつぶって考え込む、まるで瞑想をしているようだ。しばらくの沈黙の後、エステアは何かに気付いたように目を見開くと、苦虫を噛みつぶしたような顔をするが、俺には訳が分からなかった。


「いや、君は何も悪くないんだよ。気にしないで」


 誰が見ても一瞬で見破ることができるような作り笑顔をするエステア。


「そうそう、本を貸してあげる話だったね。この【ゴーレム作成の方法】と、おまけにその【魔法の基礎】を貸してあげる」


 ステイが本を手渡して、バッグに入れるようにジェスチャーをしてきたので、俺はお言葉に甘えてバッグに本をしまいながらお礼を言う。こんな貴重な本を貸してくれるなんていったい何者なのだろうか、少なくとも悪い人ではなさそうだけれど。


「さて、君は道に迷っていたんだよね。それならボクが外まで案内してあげるよ」


 笑顔で俺の肩を掴むエステアからは、すぐにここから出て行けという強い思惑も感じた。正直もっとここで調べ物もしたかったが、いま入手している二冊の本を無事に持って帰りたいという気持ちもある。もし、他の本を借りたければまたここに来ればよいだろう、今はとりあえず【ゴーレム作成の方法】をイストに渡すことが大事だ。俺はエステアの言うとおりに、森の外まで行くことに決めた。


 エステアと一緒に小屋から出て森の中を歩き始めるが、特に話すこともないので沈黙が気まずい。こういう時は天気の話をするのが無難だろう。


「今日はいい天気ですね」

「そうかい? こんな森の中でよくわかるね」


 上を見上げると、木の葉で太陽の日差しは隠されていて、とてもじゃないが天気なんて分かりようがなかった。その場はますます気まずくなってしまう。恥ずかしい思いをしながら、しばらく歩き続けると、救いの光が遠くを照らしているのがわかった。


「ほら、見えるかな、ここからまっすぐ行けば出口だ」


 俺はエステア指差す方向に進んでいき、お礼を言うために振り返るとエステアの姿はなくなっていた。突然の出来事に辺りを見回していると、遠くから聞きなれた声が聞こえてくる。


「ヨカゼ! 」


 イストが転びそうになりながら、森の出口からこちらに向かって走って来る。


「やれやれ、急にいなくなったからどうしたかと思ったぞ」


 ゆっくり歩いてきたクロがぶっきらぼうに言うが、その顔はどこか安堵の表情が浮かんでいた。


「何言ってるんだ、急にいなくなったのはそっちだろ」


 俺がそう言うと、二人は顔を合わせて不思議そうな表情をする。


「いえ、私達二人はずっと一緒だったわ。急に消えたのはヨカゼの方よ」

「ちょっと目を離した隙にいなくなりおって驚いたぞ」


 彼女達にそう言われて俺はドキッとする、いやそんなはずはない。俺は二人と一緒に今まで来た道を急いで引き返すが、いつまでたっても先程の小屋の姿は見えない。


「迷子になったのを認めるのは恥ずかしいか」

「別にいいじゃない、無事に戻ってこれたんだから」


 ニヤニヤしているクロを見て、イストは笑いながらフォローをしてくれるが、俺は腑に落ちない。もしかしたら俺は夢でも見てしまっていたのか?


「あ! もしかしたら」


 俺は慌ててバッグの中身を探ると本が二冊入っていた、それはもちろんエステアから貸してもらった本だ。それらの本を彼女達に見せる。


「これを見てみろ、実は俺はこの近くに住んでいた人から本を借りたんだ」

「ちょっと貸して! 」


 俺から勢いよく本をひったくったイリスは、本を読み進めるうちに歓喜の表情を見せる。


「素晴らしいわ、最高よ! これなら部品の改良ができるわ」


 俺の両手を掴んでぴょんぴょんと跳ねる彼女。そこまで喜ばれるとこちらまで嬉しくなってしまう。


「そちらの本は魔術書のようだな」


 クロが本を手に取って読み始めると、イストは横から覗き込む。


「かなり古い本だけど、全属性の初歩をしっかり教えている良本ね。かなり価値はあるわ」

「この本を貸してくれた人が言うには、どうやら俺は土と闇属性らしい」

「お主が土と闇だと……、ぷっ」

「何笑っているんだよ、そんなに可笑しいか? 」

「いや、陰湿なところとかイメージにぴったりだなと思うてな」


 腹を抱えて笑うクロ、人の属性を笑うな。思い返してみるとエステアも笑っていた、いったい土と闇属性が何をしたっていうのだろうか。


「でも、こんな貴重な本を持っている人が近くにいたってこと? 」


 イストは辺りを見回すが、周囲には木しか生えておらず、小屋らしきものは見当たらない。


「ああ、エステアという人と会ったんだ」

「借りたという本がここにあるということは、お主が言っていることはおそらく真実なのだろうが……」

「もうこんだけ探して見つからないんじゃしょうがないわよ、今日は一旦引き返しましょ」


 イストは本を大事に抱えて興奮しながら言う。彼女は早く帰って研究をしたいのだろう。今日はもう暗くなりつつあったため、俺達は町へ帰ることにした。道中のイストは子供がおもちゃを買ってもらったかのようにスキップして喜んでいる。一方、俺の頭の中はエステアのことで一杯だった。あの人は何を考えていたのであろうか。


 次の日からはイストは宿屋に籠ってゴーレムのパーツの研究に没頭するようになった。そして俺は、エステアから頂戴した【魔法の基礎】を読みながら土魔法の練習をしている。あの後、魔女の森には何度か訪れたのだが、結局あの小屋を見つけることはできなかった。


「土魔法は良くも悪くも堅実でつまらんな」


 クロはそんな俺の練習風景を眠そうに見ている。片手にはこの町の名物であるビーフ・サンドを持っていた。この町の周りは広い平原に囲まれているため野生の牛が多く生息していることと、農業が盛んなユエの町から届く小麦粉で作るパンのコラボレーション。ぱっと見はハンバーガーである。


「仕方ないだろ、俺の属性がそうだったんだから」


 魔術書を見ながら土魔法の初級魔法【ストーンメイク】を唱えると、手のひらに石ころが出現した。練習をすれば出現させる石の形はある程度好きなようにでき、簡単な人形やリング、ナイフの様なものもつくれるらしい。


「その魔法ならしっかり訓練すれば、お主の体と同じくらいの物体なら作れるようになるかもしれんな」


 ハンバーガーを食べながらアドバイスをくれるクロ。自分の体と同等の物が作れるようになればある程度は使えるかもしれない。いろいろとアイデアが膨らんでくる。


「そう言えば、クロの属性はなんだ」

「魔族である我は魔法を使うことはできない」

「……そうなのか、人間と魔族でそんな違いがあるのは知らなかった」

「その代わり魔族は生まれ持って備えた種族ごとの能力がある。我ら竜族ならば炎の息、防御性能の高い鱗等だな」

「お前の高い身体能力も、魔法でなくて竜としての力なのか? 」

「そうだ」


 クロは持っていたサンドをぺろりと平らげてしまうと近くに置いてあった小包からさらにもう一個取り出す。


「成程、人間は生まれ持った特殊能力がないが、魔法を覚えることができるんだな」

「左様、一説には人間と魔族のパワーバランスの維持のために女神が人間に魔法を覚えられるようにしたと言われている。ただその魔法により魔導が生まれてしまい、女神の怒りをかう買うとは皮肉なものよ」


 クロは手に持ったサンドを一口食べて、澄んだ空を見上げながら呟く。


「ちなみに女神の裁きがあった後、高度な魔術書は全て女神によって処分されたらしい。今残っているのはお主が今使っているような初歩的なものだけだ」

「それだと人間は魔族に比べて弱いことになってしまうな」


 俺は食べ物を頬張っているクロを見ながら言う。


「戦力ではそうなるが、実際に争いを起こすかどうかは別だ。現在の魔族の王であるデスは人間と争うことは禁止している」

「まあ、平和が一番だからな」


 ゲームや漫画の世界では人間を支配しようとするイメージが強い魔王だが、中には平和主義のやつもいるんだろう。


「ふむ、女神の裁き以前は魔導を使う人間と魔族で争いは何回かあったそうだが、それ以降にデスが魔王になってからは戦争は起こってない。世界全体で見ればいいことなのだろうな」


 ちょっぴり笑顔になるクロ。話も一段落着いたところで、俺は闇魔法のページをめくってみる。


「何々、【立ち眩み】の魔法、【くしゃみ】の魔法、【転倒】の魔法、って弱そうなものばっかりだな」


 どれもこれも今俺が使っている黒魔術の下位互換だ。しかも、これらはどれも事前に準備が必要であるため、使い勝手がかなり悪い。俺は肩を落として落胆した。


「相手の調子を崩すという意味ではお主の呪いと同じだが、威力はまったく別物だな。お主がいたという元の世界は魔法的に相当進んでいたのではないか」

「うーん、そんなことはないと思うけどな」


 むしろ魔法なんて一切ないのが地球だ、黒魔術だって最初は使えるなんて全く思っていなかった、古本屋で本を漁ったり、インターネットでサイト巡りをするなど我武者羅にやる内に自然とできるようになっていた。クロは不思議そうな顔を俺を見つめている。


「属性を一つ無駄にした気分でがっかりだよ」

「ならその分、土属性に力を入れればよい。お主なら面白い使い方ができるだろうな」


 そうだなせっかく念願の魔法を習得したのだ、使いこなしてやろう、そう思いながら俺は魔法の練習を再開した。

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