第18話 目覚めたゴーレムは二度眠る

「イストサンダー!」


 立ちはだかるゴーレムに向かってイストが魔法を唱えると一筋の雷光が敵を貫いた。しかし、ゴーレムはそれに怯むことなく巨大な腕を振りかぶり、俺達に向かって力の限り叩きつけてくる。動作がゆっくりであったため、難なくかわすことはできたが、ゴーレムの拳は魔鉄でできていた床に大きなひびを入れている。


「あんなのまともに受けたらおしまいだな」

「私の自慢の雷魔法を受けて立っているとはなかなかやるわね」


 俺達は距離をとったまま相手の様子を伺う。しかし、不思議なことにゴーレムはその場から動くことはせず、ただじっと立っているだけだ。


「どうやらあのゴーレム、足を故障しているようだ。二千年も前の産物だから仕方ないだろう」


 クロがゴーレムの足を指差すと、確かに関節部分に大きなひびが入っていた。


「なら離れていれば、攻撃を受けることはないな」


 俺がそう言うと、突如ゴーレムの胴体と思われる球体部分に裂け目が入り、その中からパラボラアンテナのような機器が出てくる。その様子を観察していると、だんだんと白い光がそのアンテナに収束していくのがはっきりと分かった。


「まずいぞ皆、一回部屋から出るんだ」


 俺は本能的に危険を感じて皆に指示をして何とか部屋から脱出すると、すぐそばで極太の白い光線が照射されたのを見る。魔鉄でできていた壁に大きな傷はないものの焦げ臭い匂いはしており、もし生身で当たってしまった時どうなるかを考えると恐ろしい。


「どうしよう、とりあえずここにいればゴーレムは追ってこないみたいだけど……。一回町に戻って助けを呼んでみる? 」


 イストが心配そうな顔をしてこちらを見る。


「我はお主の判断に身をゆだねようか」


 笑いながらこちらを見るクロ。まるで俺ならこの状況を打開できるだろうと思っている表情だ。


「ここで無理して倒す必要はないが、あんな奴をほっておくのも危険だ。間違ってここに冒険者が来てしまっては大変だからな」


 それから一息ついてクロに聞いてみる。


「クロならゴーレムを倒せるんじゃないか」

「あの光線を防ぎ、上手く接近できる手段があるのであれば、何とかして見せよう」

「え? クロたんってそんなにすごい人なんですか」


 驚きながら目をぱちくりしているイスト、クロは見た目はただの少女だからそう思うのも仕方ない。


「そこは後でゆっくり説明しよう。イストは何か使えそうな技はあるか」

「私は戦闘なら炎魔法と雷魔法くらいよ」


 確か雷魔法は使っていたが、ゴーレムの硬い体で防がれてしまっていたな。炎魔法もおそらく期待はできないだろう。俺はしばらく考え込むが、なかなか現状を打開できる案は出てこない。


「我が見たところであれば、あの光線を発射している部分は比較的防御が薄い。そこならばお主でも傷くらいはつけられるであろう」


 クロはそう分析しているが、肝心の接近方法が思いつかない。


「お主の魔法はどうだ? 」

「だめだ、ゴーレムの顔ってどこだか分からない。そもそもあいつに顔や目が存在するのか? 」


 俺は頭を抱える、全く大事な時に役に立たない黒魔術だ。


「ゴーレムがいなければ下の部屋にあるものが回収できるのに……」

 しょぼくれながら文句をいうイスト、俺にはガラクタの山に見えるが彼女にとっては宝の山なのだろう。


 一度、ゴーレムの様子を確認しようと部屋の入り口から顔を出すと、すぐさまゴーレムは白く輝く光線を発射してくる、俺は何とか首を引っ込めて回避、小さな焼ける音を出しながら焦げる壁を見てふと思った。


「ゴーレムが光線を撃っても部屋の壁は大丈夫なんだな」

「おそらく魔鉄には光線に対する耐性でもあるのでしょうね」


 イストがそう言った時、俺達は閃いた。


「クロ、やれるか」

「我を誰だと思うとる、任せろ」


 俺達は地下に来る途中にあった老朽化して少しひび割れた魔鉄の壁があるところまで行く。そこでクロが大きく息を吸い込んだ後、渾身の力を込めて壁に思い切り拳を打ち込むと、魔鉄でできた壁にさらに大きなヒビが入り、壁の一部が落ちて地面に転がる。地面に転がった魔鉄をクロが持ち上げ盾のようにする。盾の大きさは大人一人が身を隠してもまだ余裕がある大きさだ、これで光線を防ぐ盾ができた。


「次はイスト、俺のナイフに雷魔法をかけてくれ」

「わかったわ、イストエンチャント・サンダー! 」


 俺が取り出しているナイフの雷が宿り、光瞬く。


「ちょっと聞くけど、その魔法の頭に【イスト】ってつける必要はあるのか? 」

「ふふふ、格好良いでしょ」


 親指をグッと立てて胸を張る彼女、まあ自分の名前に誇りを持つことは悪いことではないか。そして俺は魔鉄の盾を持つクロに声をかける。


「よしクロ、準備はいいか」


 笑みを浮かべながら頷くクロを見た後、俺とクロは部屋に入りゴーレムに向かって走る。目標との距離はサッカーコートの自軍ゴールから相手ゴールくらいまでだ。魔鉄の盾を持つクロが先陣を切り、俺はその背後につく。


 俺達が部屋に入るのを確認するや否や、ゴーレムは光線を発射する。光線は一筋の白い線となり俺達に向かって降り注ぐが、魔鉄の盾の前には効果が薄い。俺達はそのまま光線に向かって突き進む、目の前が真っ白で何も見えない状態で走り続けるのは恐怖を感じたが、後ろを振り向かずに前へと進み続けるクロを見るとそんなことは言ってられない。


 しばらくすると突如黒い大きな影が表れる、ゴーレムの影だ。さらに進むとついに盾と光線の発射口が触れ、重い金属音が響く。


 その音を聞いて俺はすかさず横に飛び出して、光線の発射装置に向けてナイフを投げる。雷魔法をまとった刃は一直線に進み、発射装置に刺さった。その瞬間、ゴーレム内部へ電撃が伝わったのか、ゴーレムの手足が電気で震え始める。


「お見事、次は我だな」


 クロは盾を捨てて高くジャンプをする、それはまるで体操のオリンピック選手のジャンプのような感じだ。回転しながらクロは黒いナイフを取出すと、瞬く間にそれは漆黒の刀となる。彼女はゴーレムの胴体に着地をしながら、中心に向かって刀を真っすぐと突き刺すと、ゴーレムの胴体は亀裂が入ってドスンと音を立てて倒れる。


「二人ともすごいわ、まさかゴーレムを倒しちゃうなんて」


 後ろから見ていたイストが走ってやって来る、俺とクロはガッツポーズをして勝利の気持ちを表した。


「それで、さっきは教えてもらえなかったけどクロたんはいったい何者なの? こんなことができるなんて普通の女の子ではないわよ」

「我は竜だからな、当然の結果だ」

「竜ですって! 」


 クロの体を舐めまわすように色々なところから観察するイスト。クロは少し恥ずかしそうだ。


「うーん、見た目だけならどこから見ても人間よね」

「それならクロ、竜の姿を見せてやればいいんじゃないか? 」

「えっ、ちょっとそれは……」


 急に目を泳がせるクロはいつもの堂々とした様子とは打って変わり、少女のようにもじもじし始める。


「まさか、戻り方を忘れたわけではないよな」

「我を愚弄するな。仕方がない、お主等は少しここで待っていろ」


 クロは俺達から離れてガラクタの山の後ろに身を隠すと、しばらくしてあの森であった時と同じ黒竜が顔を覗かしてきた。


「これが我のもう一つの姿だ、恐怖におののくがよい」

「何これ、可愛い! 」


 満面の笑みを浮かべながらクロに向かって走っていくイスト、クロは逆に恐怖する。


「止めろ、今は近寄るな!」

「いいじゃない、抱っこさせてよ」


 ガラクタの山の裏でもみあう二人。しばらくして、人間の姿に戻ったクロとイストが戻って来る。


「残念ね、人間の姿のクロたんも可愛いけど、竜の時のクロたんはもっと良かったわよ」

「そうか、お褒めに預かり光栄だ」


 その威厳のあるセリフとは裏腹にクロは息切れをしながら冷や汗をかいていた。


「竜の姿を見られるのがそんなに嫌なのか、前に会った時は普通にしていただろ」

「あの時とは事情が違うのだ、詮索はするなよ」


 クロは鋭い目つきで俺を睨んでくるのでこれ以上問いただすのは止めておく、後が怖いからな。


「それにしても竜と一緒にいるなんてヨカゼは何者なの? 古来から竜は神聖な生き物で、竜が味方するのは勇者や聖女といった偉人だけといわれているのよ」


 神聖な生き物って誰のことだ? ちらっとクロに目をやると腕を組んですごい得意げな笑みを浮かべていた。まるでラーメン屋の店主のような感じである。


「あれ、もしかして俺って偉人だったのか? 」

「記憶でも失ったか? せいぜいお主は異人といったところだ。まあ少しこやつに気になるところがあるので同行している」

「それでもクロたんに気に入られているなんてすごいわよ」


 目を輝かしているイスト、クロが気に入っているのは俺ではなく俺の肉であるが、まあ同じようなものか。注目されて恥ずかしい俺が苦笑いをしていると、イストは辺りを見回し始める。


「とりあえず、これでゆっくりと調査が再開できるわね」


 うきうきした様子であちこち調べる彼女、俺達も一緒に調べてみるが結局目ぼしいものは見つからなかった。


「このゴーレムを持って帰ったらどうだ」


 俺はそう提案するが、重すぎてクロでも丸ごと持って帰るのは大変とのことなので、今日のところはイストの要望で光線の発射口だけ切り取って帰ることにした。

 ちなみにクロにはゴーレムの代わりに魔鉄の盾を持って帰らせる。盾と言っても壁を割っただけの物なのでとても重く、俺ではとても運べないだろう。


「これは新・魔導学の大きな一歩ね」


 手に持ったゴーレムの部品を見て笑みを浮かべるイストと一緒に、ルインの町へ帰るのであった。

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