幸運少女の契約記録

上終 夜助

プロローグ

 天気は“超”が付くほどの快晴。 

それぞれの目的で、それぞれの行き先を目指す人々が溢れかえるスクランブル交差点の真ん中に彼女の姿はあった。

異様―――彼女の姿を見たら、真っ先にその言葉が頭に浮かぶことだろう。 

こんなに快晴なのに彼女はレインコートを着ているからだ。 

真っ黄色のレインコートに真っ黄色のレインブーツ、裾の長いレインコートとレインブーツの間の地肌を完全に覆い隠している長い真っ黒なニーソックス、そして同じくショートカットに切り揃えられた真っ黒な髪の毛、スジが通ってキレのある美しい顔は中性的に見えるも女の子だと判断できる、そしてその瞳は琥珀色に輝いている。

彼女が歩くたびに、レインコートが擦れガサガサと音を鳴らし、レインブーツがグニグニと音を鳴らす。 

彼女はそんな音がなっていることに気がつかないだろう、何故なら彼女の耳はスマートフォンと繋がっているイヤホンが埋まっているからだ。 

しかし、おかしいのは彼女を見ることが出来る歩行者達、こんなにも晴れた日なのに雨具を着ている美しい少女が騒音を鳴らしながら歩いていて気にも止めない。

でも、そんなことは彼女にとっては当たり前のことなのだ。 

答えは至ってシンプル、彼女がそう願ったから。 

彼女が自分の姿を誰にも認識されたくないと願えば、誰にも認識されない。 

何万もの曲が入った音楽プレイヤーをランダム再生しても、彼女が今はこんな曲が聴きたいと願えば、イヤホンからその曲が流れ出す。 

それが彼女にとっては当たり前なのである。

三鍵 コハクみかぎ こはく」、彼女は自らのことそう名乗っている。 

もちろん、これは本名ではない、言わばニックネームである。 

彼女の本名は誰も知らない、いや、知れるはずがない、何故なら彼女がそう願ったからだ。 薄々気づいていると思うが、彼女はヒトでは無い。


 彼女は“幸運”を司る天使―――ではなく、悪魔だ。


幸運な彼女にしてみれば、この世に不可能は無い。 不可能をも超越する悪魔の頂点に君臨して、なおかつその存在を誰も認識も記録もできない。 

しかし、そうとは言っても悪魔は悪魔、彼女にも仕事はある。 

彼女の仕事は人と契約して幸運を吸い上げることだ、そしてその幸運で彼女は生きる。 

彼女にとって幸運とは通貨のようなものなのだろう。 

彼女は能力を使えば見返りなしで幸運を吸い上げる契約をすることも可能だが、それでは物足りないし、せっかくだから契約者にも幸運を味わって貰いたいと思った。 

不幸になる前の一瞬の煌めき、それを見ることが彼女の「生きがい」なのだ。

イヤホンの繋がれているスマートフォンが振動した、仕事の合図だ。 

この世界のどこかで幸運の悪魔を求める者がいる。 

彼女は嬉しそうに画面を見つめる、その顔はこの世の物とは思えないほど美しい。 

次の瞬間には、もうそこに彼女の姿は無かった。 


彼女はきっとこう願ったのだろう。


 「素敵な物語がありますように」

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