メタモルフォーゼ

佳原雪

メタモルフォーゼ

黎明の青

#1 空の青(イントロダクション)

長年連れ添った相棒が脳をチップに替えるというので、要らなくなった古い脳から彼のクローンを作ってみた。

切っ掛けは些細な気まぐれだった。アンドロイドと大差ない重サイバネティクスの相棒の、手付かずだったころの顔が気になったとか、今回の置換手術で完全に失われる無作為な遺伝子配列が少しばかり惜しくなったとか、理由なんてそんなものだ。


アズールは仕事用のデジタルカメラを持ち出して、部屋を埋めるクローニングマシンの前に座って体が出来上がるのを待っていた。備品のメモリーカードを差し込んで、カチカチとカメラの設定を弄り甘美な空想に耽る。楽しくよろしく撮った写真は現像して、あとの全ては消してしまえば良いと思いながら。アズールはまだ見ぬクローンへ、ミルク色の金の髪や赤い瞳、美しいかんばせ、そういったものを期待した。相棒、『メタ』は美しい。男のアズールの目から見てもそれとわかるほどには。作業工程の完了を知らせるアラートが鳴って、アズールはディスプレイから目を上げた。


クローン技師は立ち上がった。アズールの名の由来になった青い目の中、瞳孔が驚きによってわずかに開く。彼は困惑、ないし動揺した。蓋の開いたガラスケースの中には、見慣れた金髪の成人男性ではない、知らない、馴染みのない顔の、見たこともない小さな女の子が浮かんでいる。

毛も生えそろわないつるりとした陰部に、男性ではありえない腰のくびれと膨らみかけの乳房。間違えようもない。目の前で優美な曲線を描くそれは見紛うことなき女の体だ。アズールはカメラを握りしめて呆然と立ち尽くす。取り違えようもない。どこから湧いてきたともしれぬそれは、確かにメタの脳を元に自分が作ったもののはずだった。


水の中でゆっくりと回る少女の睫毛は長く伸びる髪と同じ暗い青色。アズールと同じ、S型第二世代の特徴だ。生まれ持った闇色の体毛は第二次性徴期、大人に変わっていく兆しとして眠りの黒から透明な青へ。闇から光、空気や水やエネルギーの色へと移っていく。水に揺蕩う少女の髪は幼さを残すグラデーション。これから、どんどん青く、光を透かすように変化していく年の頃。アズールは狼狽し、呟いた。

「……まずいことになった」

アズールの相棒、メタは男だ。人種は不明。だが、彼が男だというのは、紛れもない事実だ。アズールはそれを長年の付き合いの中で身をもって知っている。

「…………まずいことになってしまった」

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