第209話 気に入らない二人

「隼人」



シャリエルの声が聞こえた。



振り向くと其処には変わらないシャリエルの姿がある、記憶を消してから彼女が俺に話し掛けるのは恐らく初めて、内容は何となく察しがついた。



「思い出したか?」



「全部ね、腹立たしいったらありゃしないわよ」



呆れ混じりの表情で告げる、正直この大陸に来た事を知った時点から思い出すのは時間の問題だと思って居た。



再び消す事も出来た、だが何度記憶を消しても彼女は俺の前に現れる……そんな気がした。



「何で記憶を消したの?」



シャリエルの発言に言葉が詰まる、恐らく彼女は俺が力を失った事に罪悪感を感じて居る……何と言うべきか、言葉選びが難しかった。



「貴女が弱いから、この先足手纏いになる可能性を危惧して記憶を消したのですよ」



「な、お前……」



馬鹿正直にアルラが言う、幾らシャリエルが嫌いだからと言っても直球すぎだった。



だがシャリエルは反論もせずにアルラの言葉を受け止める、彼女の性格なら言い合いになるとばかり思って居ただけに意外だった。



「確かにその通りね、仲間も守れなかった……でも、もう足手纏いとは言わせないわ」



そう言いアルラを睨みつける、前言撤回、最悪の空気だった。



「と、取り敢えず落ち着こう」



二人を落ち着かせようとするが溜まって居た物が爆発したかの様に火花を散らし額を押し付けあって居た。



「前々から貴女の事が気に入らなかったんですよ」



「同感ね、私もあんたの事大嫌いよ」



拳を構える、隼人にどうこうできるレベルでは無かった。



「殺し合いだけはすんなよ」



呆れながらも側の木にもたれ掛かると観戦モードに入る、その言葉にアルラは静かに頷くと刀を抜いた。



「後悔しても知らないわよ」



アクトールの力を引き出す、筋肉痛が酷い……万全の状態では無いが勝つ事が目的では無かった。



少なくとも守られる立場では無いと言う事の証明、それだけだった。



『いつになく本気だな小娘』



「えぇ、殺す気で行くわよ、どうせそのくらいしても彼女は死なないから」



アルラの力はよく知って居る、初めてアルセリス基、隼人と戦っているのを見たあの光景……鮮明に覚えて居る。



覚えて居ると言ってもあの頃は姿を視認出来て居なかったのだが……今は違う。



『それじゃ、気合入れて行くぞ小娘』



「えぇ」



アクトールの雷が身体を纏う、まだ動ける。



「本当に……無駄ですね」



アルラが一瞬で距離を詰めて来る、ツノはまだ出て居ない……それでこのスピードは笑うしか無かった。



刀が頬を掠める、20%では完璧に避ける事も出来ない様だった。



地面を蹴り砕き出来た破片を飛ばすと死角に回り込む、だがそれを読んでいたかの様に突然刀が眼前に現れる、既のところで交わすと距離をとった。



完全に読まれている……心理戦でも一枚上手の様だった。



「それが本気?」



アルラの言葉は敬語では無くなっていた。



全てにおいて彼女の方が上手……小細工をしても無駄の様だった。



「まだまだよ」



残された選択肢は全力で殴るのみだった。



『やっぱシンプルが一番だよなぁ!』



アクトールの喜ぶ声が聞こえる、もう考えるのはやめた。



「顔つきが変わった」



顔付きの変わるシャリエルを見てアルラは刀を鞘に収めた。



「私も舐められた物ね」



鞘を収めるアルラに苛立つ、こう言うところが嫌いだ。



完全に舐めている、格下だと決め付け余裕を見せる……一見冷静に見える表情だが腹の中はどうせ馬鹿にしている筈だった。



「全く……癪に障るわ!!」



拳を握り締めシャリエルは突っ込む、至ってシンプルな攻撃……何にも考えて居ないのは容易に想像できた。



シャリエルの拳を避けずに受け止める、すると身体に電流が走った。



予想以上に強い電撃……侮って居た。



身体の自由がほんの一瞬、1秒にも満たない時間奪われる、だがシャリエルにとってはそれで十分だった。



「歯を……食い縛りな!!」



ありったけの今出せる全ての力を拳に乗せてアルラの顔面にぶちかます、痺れでガード出来ないアルラはそのまま吹き飛んで行った。



『最高の感触だ、ナイス小娘!!』



「お褒め頂きどーも」



アクトールに軽く礼を言う、最高の感触……良い一撃が入った。



筈なのだが。



「痛いですね」



完璧に捉えた一撃、アルラは微かに口から血を流しているが軽く口の中を切る程度の傷だった。



渾身の一撃があの程度のダメージ……全く嫌になる。



アルラは刀に手を掛ける、だがシャリエルとアルラの間に隼人が割って入った。



「もう良いだろアルラ、充分……分かったろ?」



「そう……ですね」



隼人の言葉に冷静になったのか、アルラは少し出して居た刀を鞘に戻した。



「この先は地獄ですから……」



「知ってるわよ」



「死んでも知りませんから」



その言葉だけを互いに交わす、シャリエルは戦闘で無理をした反動が来たのか、その場に倒れると全く動けなくなって居た。



「お前……無理しすぎだろ」



「うるさいわね、こっちにも意地があったのよ」



息が出来るように仰向けに体勢を変えて言う、少しの挙動でも全身に電撃が走る様な筋肉痛に襲われて居た。



シャリエルは一歩も動ける様子では無かった。



「アルラ、悪いが街まで送ってやってくれないか?」



「分かりました」



了承はしつつも明らかに嫌な表情をする、本当にはっきりと感情を見せる様になったものだった。



「私もごめんなんだけど」



そう言い同様に嫌な表情を見せるシャリエル、確かに気持ちは分かる。



先程まで殴り合って居た相手に街まで送られるのは屈辱、だが俺が送る訳にも行かなかった。



遺跡の中にある真実、それを一刻も早く確認したかった。



「頼む、アルラ」



「分かりましたよ隼人さん」



二度目の頼みに渋々了承すると雑にシャリエルを持ち上げた。



「ちょっと、もう少し丁重に扱いなさいよ」



「うるさいです、運んで貰えるだけ感謝しなさい」



互いに口論しながらもその場から去って行く、残された隼人は視線を遺跡へと向けた。



「真実……か」



この変哲もない遺跡に何が隠されているのか……正直ウルスの記憶もまだ処理しきれて居ないのにまたとんでもない物が出て来たら頭がパンクしそうだった。



だが……シャルティンが全てを握っているのは明白だった。



そしてこの遺跡にシャルティンも訪れて居た、何かがある。



「行くか」



真実を知る為に、隼人は遺跡へと足を踏み入れた。

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