第202話 大嫌い

召喚した側から魔物が殺される、一撃も重い……受けるのでやっとだった。



間違いなく私はこの箱の中で死ぬ、それは逃れられ無い運命だった。



天才と呼ばれた私が此処まで一方的に……皮肉なものだ。



ユーリからの尊敬の眼差しは知っていた、ずっと彼女は私のことを慕っていた……だが私はユーリの事が嫌いだった。



一族から、仲間から無能の癖に好かれている彼女が大嫌いだった。



私は一族始まっての天才と呼ばれ、期待され、結果を出さなければ捨てられると言うプレッシャーを感じながらずっと生きていた……だがそんなプレッシャーを感じずに能天気に生きていたユーリが羨ましくて……大っ嫌いだった。



人間を憎んでいると言ったが正直殺したい程憎んでいる訳でも無かった。



確かに憎しみもある、だが感謝もあった。



家族が死んで悲しかった、だがプレッシャーから解放された時、少し……喜んでしまっていた。



漸く、私も自分の道を歩めると思うと嬉しかった……ユーリが生きていたのもどうでも良かった。



だが年月が経つにつれて何故コイツが、何故彼女が生きているのか……ユーリの事がまた憎く、嫌いになっていた。



だが何よりも、ユーリを嫌う自分が嫌いになっていた。



彼女は無能なりに頑張っていた、鍛錬を積み、めんどくさがりな性格に見えて出された任務は確実に、何が何でもこなす必死さ……長く付き合っている内に気付いてしまっていた。



そして……仲間が、一族が死んでずっと苦しんでいる事も。



知りたく無い事が分かってしまう……気が付きたく無い事も。



だからこそ、此処で死ぬのはせめてもの罪滅ぼしだった。



だが、ただでは死なない、私は獣人族始まっての天才と呼ばれたシュリル・アストロフなのだから。



「最後に……一花咲かしてやろうじゃねえかユーリ!!!」



渾身の一撃を顔面に喰らわせる、何度も何度も……血飛沫が上がる、地面に、壁に……辺り一面血だらけだった。



全て……シュリルの血だった。



殴った筈の手がボロボロに、骨が剥き出し、身が削れる……この強さは守護者格……やはりあの方達の強さは遠い。



『ガァァァアァ!!!』



雄叫びを上げたユーリの拳が胸を貫く……完敗だった、だがムカつく。



「なんだー、理性あるんだ……獣人化の、最後に獣人化も負けっちゃったなぁ……お姉ちゃん」



獣人化が解け、シュリルはその場に横たわる……途中から意識は覚醒していた。



だが……もう後には引けなかった。



シュリルが私を憎んでいた事くらい知っている……人に好かれる様に見えるが私も人の顔色を伺い機嫌を取っていただけ……だから人の真意を読み取るのは得意だった。



「シュリルは特に……真意を隠すのが下手くそでしたっすよ」



シュリルの言葉は帰ってこない……息絶えていた。



嫌いと言いながらずっと守ってくれていた……ずっと見ていてくれていた、オワスの村に度々来ていたのも知っていた、本当に、素直じゃ無い妹だった。



「次に……生まれる時は本当に姉妹だと良いっすね」



そっと、シュリルの身体を地面に置いた。



「遅かった……見たいですね」



箱を解除し、アルラが到着するがもう既に事は終わっていた。



「ウルス様の目的は何なんっすかね」



水滴が頬を滴る。



「あぁ……雨、鬱陶しいっす」



そう言い雨が降り頻る空を見上げた。



今は……そっとしておいた方が良さそうだった。



「レクラとマールにオーフェンは此処を任せました、私とリリィは隼人さんを探して来ます」



仲間の死に悲しんでいる暇は無い……一刻も早く隼人さんを見つけるのが私の使命、やらねばならない事だった。



ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー



「アルテナ!まだ行ける!?」



「何とかねー、それにしても……強すぎでしょコイツら!!」



眼前に広がる一面の元街人だった人形達、一体一体が恐ろしく強い……サレシュとユリーシャが絶えず支援と回復を行い、私とアルテナの二人で前線を守る、最適の戦法なのだが数が多すぎる……いくら倒してもキリが無かった。



だが不幸中の幸いと言うべきか、ファンディルと言う男は突然何かを感じ取ったのか私達に襲い掛かる前に何処かへと姿を眩ませた……とは言っても絶望的な状況に変わりはないが。



「後ろの二人は魔力まだ行ける!?」



「私は大丈夫ですがサレシュさんが……」



魔力の使い過ぎによる貧血の様な症状を起こしていた。



いや、貧血より危ない、魔力=生命エネルギー、それが不足していると言うことは命の危険があると言う事だった。



だが、この状況で魔力を分けてあげる余裕は無い……だが、仲間をもう失う訳には行かなかった。



どうすれば……どうすれば助かる。



どうすれば仲間を死なせずに済む。



どうして……私はこんなにも非力なのだ。



「おいシャリエル!!」



アルテナの声は届いて居なかった、一人戦場で戦い続けるアルテナを他所に、シャリエルはサレシュの隣で頭を抱えて居た。



「嫌だ……一人は、嫌だ……」



アーネストが死んだ、ライノルドが死んだ、アイリスが死んだ……そしてサレシュが死ぬ?



そんなのは嫌だ……一人になりたく無い、もう一人は嫌だ。



「嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ」



頭を強く掻きむしる。



「誰かが死ぬのはもう……嫌だ!!」



天から降る雷が辺りを焼き払う、だがアルテナ達には暖かく感じた。



「なに……この雷?」



雷に打たれても痛みはない、それどころか暖かい……雷はシャリエルを中心に降り注いでいた。



「何が起こってるの?」



その場に居た者は皆困惑して居た。



シャリエルに降り注ぐ雷、だが敵の物ではない、寧ろ敵を焼き払い、辺り一面をアルテナ達を除き更地と変えて居た。



『久しいな器の少女よ』



一度聞いた覚えのある男性の声がした。



覚えのある雷の魔力……だが何故『彼』がこの場に姿を表すのか、好都合だが理解出来なかった。



「何故……アクトールが?」



『おうおう、雷神様を呼び捨てとは偉くなったもんだね……それにしても、まぁ酷いもんだなお前』



「酷い?」



その言葉にシャリエルの顔が意思とは関係なく辺りを見渡し、そしてサレシュに視線を移した。



『俺を降ろせる器を持ちながら仲間を何度失えば気が済むんだ?』



目の前に光が集まり、長い金髪をオールバックにした上裸の男が姿を表した。



「その姿がアクトール本来の姿?」



『だから呼び名……まぁ良い、それよりもあの黒騎士は?』



「黒騎士?」



アクトールの言葉の意味が分からなかった。



首を傾げる仕草をするシャリエルに驚いた表情を見せるアクトール、それ程重要な人物なのだろうか。



『うっそだろお前、結婚すんじゃねーかって勢いで好意持ってたじゃねーか』



「結婚?好意?」



私が人を好きになったなんて自分でも信じられなかった。



だが……何故なのか、一番に隼人の顔が脳裏をよぎった。



「何であいつが……」



『なるほど、記憶を消されてたか……』



「記憶を消されてた?」



アクトールの言葉に驚愕する……だが確かに言われてみれば不審な点はいくつかあった。



暗黒神を倒した筈なのに所々記憶が飛んでいる、そして隼人と出会った時の初対面では無いあの不思議な感じと頭痛……アクトールの言っていることに信憑性はあった。



『色々と情報量が多くて混乱しとるだろうが、一先ずはあの娘を倒すぞ』



そう言いアクトールは姿を消し、視界を乗っ取る、視線の先には長く伸びた水色の髪の少女が立って居た。



一見普通の少女だが、無限とも思える膨大な魔力……先程の人形兵器の親玉の様だった。



「はぁめんどい、ウルスの命令とは言え何でこんなこと」



めんどくさそうに頭を掻きながらゆっくりと近づいて来る……不気味な少女だ。



生命反応がない……目の前で喋り、歩く少女は確かに生きている、呼吸も体温も確認される……なのに生きている感じがしなかった。



『お前ら人間は罪深いな、こんな物まで創っちまってるのか……』



アクトールの表情は呆れて居た。



「何なのあれ?」



『さぁな、飽く迄も俺は雷神、戦闘に特化した神なもんでな、ただ……世界の理を壊している存在と言うのは分かる』



「理なんて神が勝手に決めた物でしょ、勝手に押し付けないでくれる?」



『神に向かって無礼な奴が多いな……まぁ洗脳されている様子だし、半殺しってとこだな』



「ちょっと、勝手に話し進めてるけど私にあの人を倒せる程の力なんて無いわよ?」



覚醒して雷を落とされたが時間が経ち冷静になる、アルテナ達も空気を読んで黙ってくれている様だった。



『そう自分を卑下するな、言ったろ?お前は雷神の俺を降ろせる器があるって』



「降ろせるも何も、神取り憑きだからでしょ?」



『神取り憑きがただ神を降ろして取り憑かせる魔法なら俺達も舐められた物だ……お前が仮に水神や炎神を呼び寄せて居たとしたら恐らく死んでいたな』



「死んだ居た?」



『そう、思い返してみろ、お前はずっと何の魔法を使い続けて来た?』



アクトールの言葉に過去を振り返る……そう言えばずっと雷装、雷魔法を使い続けて居た。



だが雷魔法は肉弾戦を得意とする私にとって自身の身体能力を上げてくれる相性の良さ故に使っていただけ、家柄などの理由は無かった。



「それが何の関係が?」



『お前が雷魔法を使い続けたから初めての取り憑きで俺の魔力に耐えられた、まぁそこからは正直……ラッキーだったなお前』



「ラッキー?」



『そうだ、お前は俺に気に入られたんだよ、精霊の加護は聞くが雷神の加護なんて聞いた事ねーだろ?』



アクトールの話が一方的過ぎて理解が追いつかない……神に気に入られた?何処にそんな要素があるのか全く分からなかった。



「何故私なの?」



『神ってのは気まぐれなんだよ、まぁ神取り憑きで俺を降ろす奴も少ないしな、その中でお前は唯一友を、仲間を助ける為に命を捨てる覚悟で俺を呼んだ、そう言うのは嫌いじゃねーんだよ』



そう言い再び具現化するとシャリエルの手を握った。



『契約だ人間、俺の力を貸してやる……今度の力は取り憑きじゃない、いつでも呼び出せる、だがその分デメリットがある』



「デメリット?」



『俺との共鳴率が上がる程使える力が強まって行く、契約仕立ての今は20%が良いところだ……因みに神取り憑きの時で30、死に掛けた時で40だ』



その言葉を聞いても尚、シャリエルの心は動かなかった。



仲間を守れる力を手に入れられる……契約する以外に道は無かった。



「勿論……契約するわ、アクトール」



『呼び名……まぁいいか、契約成立だ、先ずは2割の力で後ろの奴らを守ってやれ、増援が来るまでな』



そう言いアクトールは雷となり、身体の中に流れ込んで来る……この感覚、魔力が溢れて来る。



使えるのは雷限定だが魔紙を必要としない……憧れの、待ち望んだ力だった。



「さて……もう良い?」



律儀に待ってくれていたマリスが漸く動き始める、その言葉にシャリエルは笑みを浮かべた。



「えぇ、ばっちこいよ」



そう言い拳に金属をはめ、打ち鳴らした。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る