第196話 地獄の始まり
アイリスの死から数日、遺跡付近のとある街で休息をとって居た。
雨が降り止まない街、寄り道ばかりの道中だったがこれが最後の寄り道だった。
「雨ってのは気分が下がるな」
宿屋の窓から外を眺め退屈そうにオーフェンは呟く、その気持ちがわからない事も無いがどちらかと言うと雨は好きだった。
濡れるのは嫌いだがこうやって宿屋の窓から眺める分には雨が屋根を打つ音も相まって心地よい感覚だった。
「私も雨は好きませんね、雨の日は決まって大切な人が亡くなってますから……」
ユリーシャの言葉に彼の父、ラクサールを思い出す……父と子供とはああ言う関係なのだろうか。
父親からの愛情を受けた事がない故に分からない……死んでしまっては居るものの、少しだけユリーシャを羨ましく感じた。
家族……今となっては懐かしい響きだった。
少し感傷に浸りたい気分だった。
「少し外を散歩して来るよ」
隼人の言葉にアルラも立ち上がろうとするが彼の少し悲しげな表情を見て腰を下ろした。
「お気を付けて」
「あぁ」
傘を取り宿屋を出る、街を歩く人は誰も居ない……一人の世界の様だった。
この世界に来てどれ程の時間が経ったのか、2年か……もしくはもっと、どれ程の時間が経ったにしろ向こうの世界が凄く懐かしく感じた。
圧倒的な力を持って無双……そんな事を此方に来た時は思い描いて居た、向こうで部下に裏切られ失職したのも相まって殆ど自暴自棄になって居た。
だからこそこの世界に来れたのが嬉しかった、圧倒的な力を持つアルセリスと言う存在である事で優越感に浸って居た。
だがシャリエル達との出会い、ランスロットの死、ウルスの裏切り……様々な事を経験して思い知った、この世界でも俺は無力なのだと。
俺はアルセリスでは無い……だが仲間が居る今なら分かる、もう部下に裏切られる無能な榊隼人では無い事も。
仲間との出会いが俺を変えてくれた、向こうの世界でももっと部下を思いやっていれば……
「何か変わったのかもな」
「今からでも遅くは無いよ」
聞き覚えのある声だった……だが仲間では無い、この声の主と一度剣を交えている、そして完膚なきまでに叩きのめされた記憶がある。
後ろを振り返ると其処にはウルスに裏切られて間も無く、修行中に突然として姿を現し、そして一戦を交えると消え去った白髪の少女が立って居た。
「お前は……」
握って居た傘が落ちる、何故彼女がここに居るのか……一度襲って来たのだから敵の筈……だが敵意や殺意を感じ無いのが余計に隼人を混乱させて居た。
「前回は名乗って無かったよね……ルースって言うんだ」
もちろん聞いた事は無い。
「それで、ルースは俺に何の様だ」
刀に手を掛ける、未熟だったとは言え一度は圧倒された相手、しかも実力の1割も恐らく出して居なかった……強さは嫌と言うほど知っている。
「私は君の手助けをしに来た……とでも言っておこうかな」
「手助け?」
彼女は一度あった時誰かの命令で来た様な口調だった、そして殺す価値が無いと言って消えた……どう言う風の吹き回しなのか、下手に信用すればそれこそ殺されかねなかった。
『リカはどう思う』
テレパシーでルースにバレ無い様リカに語り掛ける。
『殺意や敵意は感じませんね……それと、微かですが知った様な魔力を感じる気がします』
『知った様な魔力?』
ルースの事は勿論知らない、見た目だけで言えばオワスの村関連で出会ったミリアとアミーシャに似ている気もするが彼女達では無いのは確かだった。
『確定では無いです、ただ知った様な……そんな気がするだけです』
いつにも無く曖昧な答えを出すリカ、だが彼女がそう言うと言う事は一旦は信じて見ても良さそうだった。
「手助けってのは具体的に何をしてくれるんだ?」
「修行……かな」
「修行?」
ルースの言葉に首を傾げる、雨に打たれて居る事などはとうに忘れて居た。
「私はこう見えても凄い人でね」
そう言い隼人にウィンクをすると瞬きの一瞬で空間魔法の入口を出現させた。
「一先ず雨が鬱陶しいから来て」
そう言い空間魔法の中へと入っていくルース、修行……更なる強さを手に入れれる、それは魅力的だった。
だがそれと同時に怪しさが満点、いきなり現れて修行なんて都合が良過ぎた。
『それでも……行くんですよね隼人さん』
リカの声が再び頭の中で響く、一心同体の彼女にはお見通しという訳だった。
『あぁ、危ない橋を渡らずしてウルスやシャルティンには勝てないから』
強さを手に入れる為なら悪魔にでも魂を売る覚悟だった……現に冥王とも契約をしているし。
決意を固めて空間魔法に一歩を足を踏み入れる、そして体が完全に入ると入り口兼出口は一瞬にして閉じた。
「安心して良いよ、この空間に時間は流れない、何年居たとしても向こうでは1秒も経たないから」
そう言いまだあどけなさが残る少女の様な笑顔を見せるルース、ここ迄の空間魔法……ますます彼女の存在が謎だった。
だが今はそれよりも力だった。
「それで、修行ってのは何をしてくれるんだ?」
「修行って言っても簡単、とある魔法を二つ覚えてもらうだけだよ」
「魔法を二つ?」
二本の指を立てて言うルースに首を傾げる、魔法二つで本当に強くなるのか疑問だった。
「そう、雷魔法と身体強化魔法、この二つだよ」
身体強化と雷……雷はともかく、身体強化の魔法は既に取得している魔法だった。
「悪いが俺をからかってるのか?」
その言葉にルースはため息を吐いた。
「なんにも分かってないなぁ、魔法には階位がある……知ってるよね」
そう言い雷を見に纏うルース、雷魔法はシャリエルのを何度も見て来た……だが彼女のとは比較にならない程にルースの纏った雷は黒に近い色をして居た。
「私のはまだ未完成でね、0.5位の雷魔法とでも言っちゃおうかな、これが0位になると完全に黒雷となる……それと身体強化魔法を組み合わせて漸く真の雷装が完成するんだ」
「真の……雷装」
話しがいきなり過ぎて理解が追いつかない……だが魔法の組み合わせ自体は思い付いても高位の魔法を合体させる発想は無かった。
高位の魔法、しかも0位ともなれば単体で国をも破壊し得る力を持つ、普通はそれを組み合わせるなんて発想にはならない。
0位の雷は黒く……そうとなれば身体強化はどうなるのか……純粋な疑問だった。
「身体強化魔法はどうなるんだ?」
その言葉にルースは首を傾げた。
「どうなるって、身体強化魔法には階位もクソも無いよ?」
「は?」
アルセリスの身体を使って居ても魔法の全てを知っていた訳では無い、だがルースは魔法には階位があると言った筈だった。
「階位があるって言ったよな……そんな表情だね」
心を見透かされた様だった。
「勿論殆どの魔法にはある、けど身体強化魔法は例外なの」
「例外ってどう言う事だ?」
「そうだね……脳にリミッターがあるのは知ってる?」
そう言い頭を指さす。
通常人間は殆どの力をセーブし、20%の力しか出せない様になっていると聞いた事がある、そしてそれは死ぬまで解放される事は無いと。
「身体強化魔法はそのリミッターを限り無く100%まで解放する為の魔法……勿論魔法の練度によって解放される%は変わるけどね」
「元の身体が強ければ強い程解放した時の身体能力も上がるのか?」
その言葉にルースは頷いた。
「はっきり言って隼人に魔法の才能は無い、だからこそこの二つの魔法なの」
魔法の才能が無い、こう面と向かって言われると少し傷つく。
「魔法の才能が無いとは言え一属性に焦点を当ててなら極められる……勿論時間は掛かるけど」
「身体強化魔法の方は?」
「それも同じくよ、少しずつ時間を掛けて%を上げてく、勿論途方も無い時間が掛かるけど……この空間に時間は無い、だから時間は無限にあるから」
そう言い今日1番の笑顔を見せるルース、道は酷く過酷なのは目に見えている……だが漸くウルスへの勝ち筋が見えた様な気がした。
「待っといてくれ皆んな……強くなって戻る」
『私も一緒ですよ』
リカの声に笑みを浮かべ頷く、辛い修行も仲間となら辛く無い……それに目標の為なら幾らでも耐える。
「それじゃあ……地獄へようこそ」
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