第194話 おやすみ

「見事だ……人間」



舞い上がって居た剣が地面に突き刺さる、これで4人……最後の1人は予想以上に手こずったが思って居たほどに吸血鬼は強く無かった。



強くないとは言え4連戦、流石にスタミナも尽きそうだった。



アイリスが4人の吸血鬼を倒した事によりざわついて居た会場も静寂に包まれる、だがその中で1人の笑い声が響いた。



「面白い!人間が此処まで強いとはな!!」



カインは高らかに笑い声を上げながら闘技場に降りて来る、ようやくボス戦と言った所だった。



相手が弱かったとは言え連戦からの親玉、少し休みが欲しい所だったが……相手はやる気満々の様だった。



「フェアじゃない……とは言わせんぞ?」



アイリスが疲れているのを見て笑みを浮かべる……高貴な吸血鬼の王が聞いて呆れる。



最初から私を弱らせて楽に始末しようと言う魂胆だったのだろう……だがそう簡単に死ぬつもりは無かった。



「コウモリ程度相手ならいいハンデよ」



強がりにも取れる言葉を吐きハルバードを構える、少し重量を感じる……流石に強く出過ぎたかも知れなかった。



相手の武器は今の所見当たらない、だが吸血鬼の能力は未知数……油断は出来なかった。



吸血鬼の王と言う位だから先程までの吸血鬼とは比にならない強さの筈、まずは出方を伺う……が定石だが時間は掛けたく無かった。



長期戦になればなるほど不利になる、短期決戦あるのみだった。



ハルバードを引きずりながら距離を詰める、そして地面の砂を巻き上げ視界を封じるとハルバードを振り下ろした。



「単純だね」



金属音が鳴り響く、砂埃が消え視界が晴れる、刀片手にハルバードを軽々と受け止めて居た。



岩の様に動かない……いや、岩程度なら切り裂ける、とてつもないパワーだった。



すぐさまハルバードを引き距離を取る、予想はして居たが強い……楽な戦いは無理そうだった。



「次はこちらから!」



一瞬にして距離を詰められる、魔法を使った様子はない……素の身体能力だけでこのスピードの様だった。



だが詰められるのは慣れている、ハルバードは長物の武器、接近戦が苦手なのは目に見て取れる、だがそれを対策してない訳が無かった。



「呆気ない」



カインの刀が胴体の鎧と鎧のつなぎ目を目掛け迫る、そこを狙ってくれて助かった。



刀身が胴体に触れる……その瞬間カインの刀は腕ごと吹き飛ばされた。



「何が……起こった?」



勝ちを確信させる攻撃を放った筈なのに自身の腕が逆に吹っ飛ばされる不可解な現象にカインの思考は少し止まる、隙だらけだった。



「呆気ない」



カインの言葉をそのまま返す、ハルバードで首を切り離し、アイリスはその場から一歩後ろに下がった。



「まさか、この私が……」



頭部が地面に落ちる、まだ息があるとは驚きの生命力だった。



「何をした……」



虫の息……最後にトリックを教えてあげても良さそうだった。



「単純、反転魔法の魔紙を胴体に貼って居た、鎧ごと斬られれば流石に死んでたけどつなぎ目を狙ってくれて助かった」



少し賭けの部分もあったが結果オーライだった。



「それじゃあ、約束通り帰らせてもらうね」



観客の吸血鬼が襲って来る気配は無い、それどころか言葉も発さず、静かな物だった。



カインに背を向け、闘技場の出口へと向かう。



静かな観客……吸血鬼の王がやられたのに不自然だった。



王がやられたら普通はもっと騒ぐ筈……そもそも彼は本当に絶命しているのだろうか。



その時背後で殺気を感じた。



「吸血鬼の再生能力を見誤ったな小娘!!!」



背を向けたのが間違いだった……いや、きちんと頭部を潰すべきだった……彼の言葉通り、吸血鬼の王の再生能力を舐めていた。



咄嗟に振り返る、カインは既に目の前まで距離を詰めている、迫る刀……軌道は首を狙っている。



ガードしなければ死ぬ……だがハルバードは右手、対する刀の軌道は左側……疲労でハルバードに重量を感じている今、間に合わなかった。



脳裏に過ぎる死の文字……此処で死ぬ……そんなのは御免だった。



まだグレーウルフの皆んなと離れたく無い、シャリエルは父親同然のライノルドを亡くしたばかり、アーネストも居ない……これ以上彼女に悲しい思いはしてほしく無かった。



「私は……まだ死ねないんだよ!!」



珍しく感情が表にハッキリと出る、そう……まだ死ねない、どんな姿になっても生きなければならなかった。



迫る刀を左腕を使いガードする、鋭い痛みを左腕に感じる……辛うじて首は掠める程度で無事だった。



左腕は見ずとも分かる、恐らく無い……だが此処で隙を見せれば次こそ死ぬ、ハルバードを蹴り上げて力を使わずに持ち上げると振り回してカインに距離を取らせた。



「左腕だけか……まぁ良い、次は何処を壊されたい?」



カインの表情は笑みで満ち溢れている、邪悪な笑み……圧倒的に不利だった。



だがこれでもアダマスト級冒険者、グレーウルフの鬼神……負ける訳には行かなかった。



「鬼神と呼ばれる所以の力……見せてあげる」



「それは楽しみだ」



片腕の人間に負ける訳がないと言った表情……先程は油断したがもう油断は無い、それに……



「アダマストの称号は化け物の代名詞なのよ」



そう言い地面を蹴り砕く、蹴り砕いた地面の破片をハルバードで弾き視界を隠すと一気に距離を詰める、そしてハルバードで岩ごと切り裂いた。



「パワーが上がった……か」



片手では無く両手で刀を握りハルバードを止めている……片手では無理だと判断した結果なのだろう。



まだパワーは上がる……体力が持つかは別だが。



だが全てを出さなければ勝てない。



相手に考える暇すら与えず攻撃を繰り出し続ける、カインの表情から余裕は次第に消えて行った。



「くそっ……なんだこの馬鹿力は!!」



刀が弾かれ腕が持っていかれる程の威力、まだパワーは上がっていた。




早く決めなければ体力が尽きる、魔力も持たない……次の一撃で全てを決める。



カインから距離を取り魔力を高める、腕とハルバードに魔力を集中させパワーを上げて行く……全身全霊の一撃、次で全てが終わる。



「成る程……凄まじいパワー……私も応えるとしよう」



カインの筋肉があからさまに盛り上がっていく、パワーとパワーのぶつかり合いという訳だった。



息が詰まりそうな程の空気感……周りの吸血鬼達も相変わらず静かだった。



静寂が続く、そして時が来た。



観客の1人が物を落とす音を合図とするかの様に両者が距離を詰める、そして刀とハルバードが混じり合う音が辺りに響き渡った。



ぶつかり合う衝撃で辺りには砂埃が舞い上がる、砂埃で消える両者、吸血鬼は皆勝負の行方を見ようと観客席から身体を乗り出して居た。



やがて砂埃が晴れる、そしてカインのシルエットが見え始めた。



「王が立っているぞ!!」



観客の1人が喜びの声をあげる、だがその喜びも束の間だった。



座り込むアイリスと立つカイン、一見勝負はカインの勝利に見える……だが彼の頭部は地面に転がって居た。



「勝った……」



流石に頭部を切り離しても生きられる程の生命力は無かった様だった。



だが腹部に重たい一撃を貰ってしまった……血を止めるだけの簡単な魔法すら使えない、少しまずかった。



「早く……戻らないと」



吸血鬼達は襲ってこない……ハルバードを持ち上げる力すら残って居なかった。



近くに転がって居た錆び付いた剣を杖代わりに立ち上がると闘技場を後にする、城を出て街を目指す。



「街まで……20km、遠いなぁ」



視界が揺れる、体の体温が下がるのも感じる……転移の魔紙を持っておけば良かった。



だが吸血鬼に勝ち、シャリエル達を守る事が出来た……こんな所で死ねない、帰って自慢してやらないと。



月明かりがアイリスを照らす、滴る血が草原の草を少しだけ赤く染める、足取りはどんどんとゆっくりになって居た。



「少し……疲れたな」



どれだけ歩いたか分からない、どれだけ時間が経ったのかも……近くの岩に腰を掛けると空を見上げた。



綺麗な月……久し振りに空を見上げた気がした。



「昔は良く……皆んなで月見てたな、アーネストが好きだったんだよね」



『闇に光をもたらす月を私は許さない』



良くそんな事を言っていた……それにシャリエルが呆れながら突っ込んで、楽しい大切な思い出の一つだった。



何故そんな事を思い出したのか分からない……だが幸せな気分だった。



「今日は冷えるな」



少し……少しだけ、眠たくなってきた。



グレーウルフの皆んなと冒険した日々……くだらない日常、様々な事を思い出す、私の日常に皆んなは色をくれた……モノクロのつまらない人生に。



依頼をこなし、寝る、作業的な日常を過ごし、人と接する事も無くつまらない日々を暮らしていた……いつ死んでもいい、そう思い生きていた。



だがそんな時、シャリエルが声を掛けてくれた。



最初は人と関わるのが嫌いで1人が好きで……シャリエル達が鬱陶しかった。



だが日々を彼女達と過ごして行くうちに……楽しいと感じる様になっていた。



どんな事が起こるのか、どんな事をするのか……明日が楽しみになっていた。



「お疲れ様、アイリス」



アーネストの声が聞こえた。



辺りを見回すが姿は無い、そっと瞳を閉じてみると草原に立つアーネストの姿があった。



瞳を閉じているのに景色が見えると言うおかしな現象……だが違和感すら感じなかった。



「アーネスト、なんで此処に?」



「アイリスはとても頑張ったよ」



問い掛けには答えない。



アーネストはただ優しく笑っていた。



何故か安心する……眠たくなって来た。



「休んでも良いよアイリス」



アーネストはゆっくり近づき、そして座った。



言葉を発さずに膝をポンポンと叩く、アイリスは腰を下ろし、頭を膝の上に乗せた。



そしてゆっくりと目を閉じる、暖かく……気持ちが良かった。



「おやすみ、サレシュ、アーネスト……シャリエル」



「おやすみ、アイリス」

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