第186話 白髪の魔道士

頭が割れる様に痛い……目眩もする、記憶が曖昧だった。



「あら?意外と呆気ないわね、やっぱり力を失ったって言うのは本当の様子ね」



白いローブに身を包んだ白髪の女性が隼人を嘲笑し呟く、彼女は誰なのだろうか。



右手には剣が握られている……恐らく彼女と対峙して居たのだろう。



だが何故……記憶が飛んで分からなかった。



周りを見回すがアルラ達の姿は無い……分断されて居た。



「貴方を殺す……簡単な仕事で助かったわ」



そう言い杖を隼人に向けて掲げる、膨大な魔力が蓄積される、当たれば間違い無く死……だった。



「それじゃあ、さようなら」



そう言い彼女は笑みを浮かべる、射出される無数の氷塊、撃ち落とせる数では無かった。



だが訳も分からず殺される訳には行かない……俺も弱いままでは無かった。



「俺は……死ねない」



瞳に魔力を集中させる、すると氷塊の動きが少しだけスローになった。



だがスローになったとは言え自分の動きが早くなるわけでは無い、確実に致命傷を避ける為にはどの氷塊を撃ち落とすか、時間稼ぎの魔法だった。



撃ち出された氷塊は合計20発、心臓や内臓を貫かれれば死ぬ、勿論頭部も……腕や足は捨てるしか無かった。



徐々に氷塊のスピードが元に戻る……だが道筋は見えた。



不適な笑みを浮かべる女、迫る氷塊……隼人は一心不乱に氷の軌道をずらし、破壊していった。



肩や足に氷塊が突き刺さる、だが剣を振る手は止まらなかった。



どんな激痛が走ろうとも剣を止めれば死ぬ……普段なら剣を落としている筈だが死の瀬戸際……完全に痛みなど忘れて居た。



「へぇ……ただの雑魚って訳じゃ無いみたいね」



ボロボロになりながらも致命傷を全て避けた隼人に女が感心する、だが状況は全く変わって居なかった。



寧ろ悪化している、足や腕は動かすだけでも激痛、剣を握って居られるのが不思議な程にボロボロだった。



「あ、そうそう、自己紹介がまだよね、私はマリ・フレア、お仲間は心配しなくてもリカが殺すから安心してね」



そう言い笑うマリ、状況が飲み込めなかった。



「あら?最初の一撃で記憶でも飛んだのかしら?」



困惑した様子の隼人を見て心でも読んだかの様な言葉を投げかける、最初の一撃……その時、思い出した。



この街に入った途端発動された魔法陣……先頭を歩いて居たアルラを庇う形で俺は魔法陣で街の何処かに飛ばされ、間髪入れずにマリの一撃……そして軽く気絶したのだった。



だがそんなのはどうでも良い、彼女はリカが仲間を殺すと言った……つまりリカを操れる立場にあると言う事、そしてそんな事を出来るのはあいつしか居なかった。



リカを呪った魔女。



「お前が……リカに呪いをかけたのか」



「ええ、そうよ」



悪びれる様子は無い。



怒りが込み上げてくる、だがグッと飲み込んだ。



「理由を聞かせてくれるか」



隼人の質問に首を傾げた。



「理由は生意気にも私に刀を向けた事よ、村の人間凍らせたくらいでムキになってね、だからムカついて殺さずに呪いを掛けてあげたの」



初対面でも分かる……コイツはクズだと。



だが良かった、彼女がもし……万が一良い人だったら困って居た。



何の躊躇いも無く殺せないから。



「安心したよ」



そう笑を浮かべ告げる隼人にマリはキョトンとして居た。



コイツはイカれたのか……そんな表情だった。



「安心したって何ががしら、お仲間と一緒に死ねる事かしら?」



何処までも人を馬鹿にする奴だ。



「違うさ、お前を躊躇なく斬れる、殺せる事に安心したんだよ」



そう言い剣をマリに向けるその様子に見た目からは想像出来ない程に歪んだ、恍惚な表情で笑い始めた。



「いいわ、いいわ!!その憎しみに満ちた表情……凄く興奮するわ!」



身を捩らせ笑い声を上げる、そして地面に膝をついた。



「貴方をさっさと殺して帰ろうと思ったけど辞めるわ……その憎しみに満ちた表情が絶望に変わる様子をじっくりと楽しむ事にするわ!」



そう言いマリは杖を掲げ頭上に無数の氷塊を召喚した。



「さぁ、私を楽しませて頂戴!」



降り注ぐ氷塊、今の状況では避けるのは難しかった。



基本的な防御魔法や身体向上魔法を自身に掛けると剣に魔力を集中させる、バフ系の魔法はスムーズに発動できる様になったが属性付与の魔法はまだ集中しないと付与できなかった。



迫る氷塊を何とか砕いていく、視界の端に入るマリは余裕の表情でこちらの様子を伺って居た。



舐められている……殺そうと思えば横から氷塊を飛ばし殺せる筈だった。



だが悔しいがその余裕のお陰で助かっている……問題はどうやって彼女を倒すかだった。



冥王の契約を使えば恐らく余裕で倒せる、だがあの契約は3日に一度しか使えない、前の使用は2日前……そして現在の時刻は空を見る限り23時と言った所だろうか。



1時間……耐えなければならない。



だが彼女は恐らくそこまで気長に待ってはくれない、どうにかして勝ち筋を見つけなければならなかった。



「休んでる暇は無いわよ」



そう言い再び氷塊を降らせる、破壊しても破壊しても降り続ける氷塊の雨、キリが無かった。



今使える魔法でどう攻撃を当てるか……脳をフル回転させる、虚をついた一撃で彼女を倒さなければ勝ち目は無かった。



氷塊を破壊しながら隙を窺う、だが氷塊が止むことはなく、隙どころか徐々に体力が削られじり貧状態だった。



「範囲魔法も無し、氷塊を破壊するだけで精一杯……シャルティン様はなんでこんな雑魚に私を向けたのかしらね」



退屈になったのか、独り言を言い始めるマリ、シャルティン……その言葉に一瞬気を取られてしまった。



氷塊の一部が頬を掠める、あと少しずれて居たら確実に死んでいた。



シャルティン……アルセリスとは対をなす白騎士の男、こんな早くに刺客をよこすとは思っても居なかった。



力を失い、興味を失ったかと思って居たが……今は余計な事を考えている暇はなさそうだった。



横目でマリの様子を窺う、相変わらず余裕の表情、だがその時、一瞬何処か別の方向を向いた。



遠距離魔法を使えず、攻撃は無い……そう思ったのだろう。



確かに彼女を仕留める程の高威力遠距離魔法は無い、だが別の方法があった。



降り注ぐ氷塊、一つ一つがとんでもない魔力濃度、一撃でもかなり大ダメージを受ける、それは彼女も同じ筈だった。



それに加えて魔道士は身体を鍛えない、ウルスは別次元にいる故その理論は通じないがユリーシャが良い例だった。



魔法使いは基本後方で戦闘をする……故にダメージには弱い筈だった。



剣に溜めて居た魔力を全て風に変える、そしてそれを一点に集中させると氷塊の一つに目掛け解き放った。



風魔法単体なら体の一部を貫く程度……だが氷塊を乗せれば風穴を開けれる筈だった。



マリはまだ氷塊の接近に気が付いて居なかった。



攻撃が届く……そう確信したその時、氷塊は彼女に当たる直前で弾け飛んだ。



「あら、私の氷塊……私の魔法を利用しての攻撃……案外いい線言ってたわね」



氷塊がはじけた事によりようやく此方の行動に気がつく、氷塊には本当に気が付いて居ない様子だった。



ならば何故……



「氷塊は弾けたのか……って表情ね」



いつの間にか頭上から降る氷塊は止まって居た。



「恐らく私じゃ無ければ良いダメージを与えれたと思うわ……でも、私には魔法は通用しない、自分自身に結界を張ってるから」



魔法を消す結界……覚えがあった。



「オートリフレクション……」



隼人の口から出た言葉にマリは少し驚いて居た。



「よく知って居たわね、そう、私の結界はオートリフレクション、一定の範囲に入って来た魔法を自身の魔力を自動で消費して弾く、それが無理なら同等の魔力で相殺する結界よ」



その魔法はよく知っている……ウルスが使って居た。



「これで魔法は通用しないって分かったわよね、それで、次はどうするの?」



そう言い攻撃する素振りも見せず椅子を召喚すると座るマリ、近接で殴るしかダメージを与える方法はない……だがオートリフレクションを使える程の魔道士、その辺の対策もしている筈だった。



隼人の顔に希望はもう無かった。



あるのは絶望のみだった。



「良い表情するわね……でもそろそろ終わりにしましょうか」



そう言いマリは杖を掲げる、隼人は剣を手放し、その場に座り込んだ。



なす術はない……もう出来る事は無かった。



「皆んな……悪いな」



氷の天井を見上げて呟く、それを聞き届けたかの様にマリは氷塊を放った。

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