第183話 勇気

この世界に来てから自分は主人公なのでは無いか、そう思っていた。



この世界に来る前は勿論そんな事は思った事もない、学生時代は虐められ、社会人では一度は地位を手に入れかけるも失落、まさに主人公とはかけ離れた人生だった。



生きるのが嫌になった事もある、だが死なずに居たのは家族を悲しませたく無いから、ただそれだけだった。



死ぬ事もなく、とは言え生きる楽しみもあまり無い……強いて言えばSKO、このゲームに潜っている事ぐらいだった。



そして惰性の日々を送っていたある日、この異世界へと転移した。



この時確信した、俺は主人公なのだと。



アルセリスの力を持ってからは正直言って楽しかった、圧倒的な力に忠実な部下達……まさに主人公最強系のアニメ主人公の様な気分だった。



だがそれは勘違いだった。



アルセリスの力を手放した途端、俺は無力な凡人以下に成り下がった。



何も出来ない、力も無ければ誰かを守る強さも無い……ただの榊 隼人になっていた。



俺は主人公では無い……主人公にはなれなかった。



「ユーリ……」



目の前で蒸気を上げながら獣化したユーリが元の姿に戻って行く、夥しい程の出血……死ぬのは時間の問題だった。



獣化したユーリですら勝てない暴走状態のアルラ……そんな彼女に凡人の俺が勝てる訳が無かった。



もう闘う意志は残っていない、戦意喪失していた。



耳が痛くなる程の雄叫びをその場でアルラは上げる、ユーリを倒した事による本能的な雄叫びなのか、はたまた微かに残っているかも知れない理性から来る悲しみの雄叫びなのか……それは分からない。



だがどうでも良かった。



俺はまた仲間を守れなかった……ユーリは命を賭して俺を守ってくれた、それなのに俺は……恐怖で足が動かなかった。



所詮異世界に来たからと言って根本的な人間性は変わらない……俺は臆病な奴だ。



暴走したアルラがゆっくりと此方に近づいて来る、一歩一歩踏み締める様に確実に近づいて来ていた。



アルラが目の前まで来たところで転移の杖に気が付いたがもう逃げる気すら起きなかった。



ウルスの事、シャルティンの事……何もかもが面倒くさくなった。



俺に何が出来るのか、力も無く仲間を守る勇気も無い凡人が神に等しい力を持つ彼らに勝てる訳がない……此処で死に、次の人生を始めた方が良かった。



「死ぬのは……怖いなぁ」



そう言い空を見上げる、アルラはゆっくりと拳を振り上げていた。



次の人生は幸せになる努力をしよう……そう思い瞳を閉じる、そしてアルラは拳を振り下ろそうとする、だが手が急にピタッと止まった。



「隼人……さんは私が、守るっす……」



立つ事はおろか、生きてるだけでも奇跡的な状態の出血量と傷にも関わらずユーリはアルラの腕を掴み、必死に止めていた。



「安心してくださいっす……隼人さんは私が……守るから」



そう言いアルラの手を握り締めるユーリ、その時少しだけアルラの表情が痛みで歪み、ツノが小さくなった様な気がした。



そして次の瞬間アルラの拳がユーリの腹部を捉える、凄まじい衝撃に身体は吹き飛ばされそうになるが必死に腕を掴んで離さなかった。



何故、何故そこまでして俺を守るのか……意味が分からなかった。



だが、仲間に恵まれている、それだけは十分過ぎる程に……分かった。



こんな状況で主人公なら覚醒とかするのだろうが俺は勿論そんな事はないだろう……だが此処で動けなければ正真正銘の卑怯で臆病なクズ野郎だった。



学生の時……いじめを見ていながら助けてくれなかったアイツらと同類になってしまう……それだけは嫌だった。



「仲間が死ぬのを見るのはもう御免だ……勿論自分が死ぬのもな……」



主人公じゃ無くてもいい、ただ仲間を守れればそれだけで良かった。



隼人はゆっくりと刀を右手で抜き、左手を天に掲げると叫んだ。



「冥王! 契約通り俺に力を貸せ!」



一瞬にして空は暗黒に包まれ、黒い雷が隼人の身体に直撃した。



『思ったより早い使用だな……10秒に一年、今回の代償は左目の視力だ』



冥王の声が聞こえると同時に左目の視力が無くなる、正直代償を払うのは痛過ぎるが今はそんな事を言ってはられない、時間がなさ過ぎる。



「だが、ダメージを与えれば暴走化は解ける……それさえ分かればあとは簡単だ!!」



身体能力向上の魔法を重ねて掛け刀に闇の属性を付与する、冥王の魔力……凄まじかった。



身体中から力が溢れる……禍々しい闇の力、あらゆる魔法の叡智が頭の中に流れ込んで来ていた。



刀に魔力を込めて斬撃を無数に飛ばす、身体が軽い……恐ろしい程に速く動けた。



飛ばされた無数の斬撃をアルラは不格好な持ち方をした刀でいとも簡単に斬り裂く、だが視界に隼人は居なかった。



「闇の力って凄いな……」



斬り裂いた闇の魔力の一部から姿を表す、闇の中なら自在に移動できる……冥府の王ならではの力だった。



一瞬にしてアルラの背後に回り込むと首元に一撃を入れて気絶させようとする、だが背後に回った筈なのにアルラの顔が目の前にあった。



超反応……人間が理解出来る反応の域を超えた反応だった。



背後に現れ攻撃するまで1秒と時間は掛からない、だがアルラは隼人が背後に現れてから約0.5秒で背後を振り向いていた。



これは予想していなかった。



流石鬼と言った所だろうか。



カウンターの拳が隼人の顔面を捉える、激しく吹っ飛びつつも闇を背後に出現させると勢いを殺し、先ほど飛び散った闇の魔力の一部に転移した。



防御魔法を発動していなければ確実に頭が消し飛んでいた。



『10秒経過』



冥王の声が聞こえる、もう一年寿命がとられた。



「ちょっと不味いな……」



アルラを一撃で沈められ無かったのは少し想定外だった。



一撃で彼女を沈めてユーリを回復させる算段だったが……順序を逆にした方が良さそうだった。



足元に闇を出現させ闇の中に姿を消す、そしてユーリの近くに飛ばしていた闇に移動すると彼女に治癒魔法の結界を施した。



冥王とは言え使える魔法は闇だけではない……治癒魔法も最高位だった。



だがそれでもユーリを回復させるには20秒は掛かる、アルラを気絶させれれば別の回復魔法で回復させれたのだが……仕方なかった。



問題は20秒の間にアルラを気絶させれるか、あの超反応は流石に冥王の力を使っても如何にもならない……力を手に入れても元は人間の体、反応速度には限界があった。



だが……気絶させる術はない訳では無かった。



「数えられない位、命を助けてられてるし……寿命くらい幾らでもやるよ」



そう言い隼人は刀を鞘に収めると冷や汗を掻きながらも笑を浮かべた。

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