第155話 決着

激しくなる雨の中ピクリとも動かずに睨み合う両者、雨が兜の中まで染み込んでくる……迂闊に動く訳には行かなかった。



ウルスとのリンクが切れた今、ノータイムで化け物の様な魔法は発動出来ない、剣術も付け焼き刃程度……流石に以前の様な戦い方では致命傷を与えられる可能性があった。



「この緊張感、いつ以来だろうね」



静寂を破る様にカルザナルドが軽い笑みを浮かべる、だがアルセリスは耳を傾けなかった。



「ははっ、無視か……」



アルセリスの反応にカルザナルドは少し凹んだ様に下を見る、その瞬間アルセリスは地面を蹴った。



時間にして凡そ1秒未満、10mはあった距離を縮めるとカルザナルド目掛け剣を振りかざす、だが彼女は少しだけ位置を調整する様に動くと剣を右肩で受け止めた。



当然右腕は肩から綺麗に斬り落とされる、少し苦痛の表情を浮かべるも次の瞬間、彼女は笑っていた。



「君の仲間はいい力を持っている」



君の仲間……その言葉にアルセリスは一瞬思考を奪われる、そして目を離した瞬間に彼女は斬り落とされた筈の右手で闇魔法を生成していた。



「斬り落とした筈……」



地面に視線を向ける、其処には斬り落とした右腕が落ちている……だが彼女は右腕で闇魔法の球を生成していた。



そして次の瞬間に兜が闇で覆われる、奪われた視界……出来た一瞬の隙にカルザナルドは両手で闇を生成しアルセリスの顔面に再度叩き込んだ。



凄まじい衝撃……気を失わない様に正気を保つので精一杯だった。



弾け飛ぶ兜、アルセリスの体は屋上から落ちる半歩手前まで吹き飛ばされる……何が起きたのか未だに理解出来なかった。



額から流れ落ちる水滴、地面を見ると赤く染まっていた。



「血……」



この身体で血を流したのは初めてかも知れなかった。



兜が無くなり元の顔、隼人が露わになる、その姿にカルザナルドは少し驚いていた。



「まさかアルセリスの中身がそんな青年だなんてな、もっと屈強な男を想像してたよ」



カルザナルドは依然として余裕の表情、何が起きたのか……彼女の腕は確かに斬り落とした。



感触もあったし幻術ではない筈……それに彼女が言っていた君の仲間と言う言葉……再生スピードからしてミリィしか思い浮かばなかった。



もしミリィの再生を手に入れているのだとすれば……



「本気にならないとマズイな」



額から流れる血を拭くと鎧を全て脱ぎ捨てる、190程あった背丈は170中盤まで下がっていた。



「面白い仕組みだな」



威厳を保つ為に身長を鎧で盛って居たのだがどうでも良い……今は目の前の強敵にどう勝つかだった。



異空間には相当数の武器がストックされているが召喚に数秒だけ隙が出来る……となれば今は地面に落ちている剣で戦うしか無さそうだった。



ラクサールに投げた時の剣を足ですくい上げ浮かせるとオシャレにキャッチする、この世界に来て本気で戦うのは初めてだった。



血を流したのも初めて……何もかも初めて尽くし、いい経験だった。



「お、アルセリス、お前も笑うか」



笑ってる……?



カルザナルドに言われるまで気が付かなかった、だが確かにアルセリスの広角は上がり、笑みを浮かべて居た。



まさか戦いに楽しさを見出しているのだろうか……生死を賭けた戦いに。



いや、恐らく生死を賭けているからこそ笑っているのだろう、現代に居た時は死とは無縁の暮らしをして居た、そしてこれからもそうだと思って居た……それが今、ゲームの様な異世界で生死のやり取りをしている、確かに楽しかった。



「カルザナルド、礼を言うよ」



「礼なら要らないさ……お前の命で充分だ!!」



勢い良くカルザナルドが駆け出す、それと同時にアルセリスも地面を蹴った。



互いが走り出した直後に剣が交わる、だが鳴り響く剣戟の音は少しズレていた。



しかし二人はそんな事も気にならない程に次、次と剣を交える、両者魔法を使える筈なのに剣のみで戦っていた。



楽しい……



今までアルセリスの力で無双して来た、だがウルスに敗北し、本当に死ぬかも知れないと言う恐怖を知った……それ以降、何処か消極的になっていた。



だが……カルザナルドの一戦で覚えてしまった、生きていると言う実感を戦いで得られる事に。



死に直面してこそ生を実感する……ウルスの時やシャルティンの時の様に。



カルザナルドの剣が頬を掠め、服を切り裂き、肉を斬る。



痛い……



だが、楽しい。



オーフェンの言っていた戦いの楽しさをようやく理解出来た様な気がした。



「ははっ、楽しいなアルセリスよ!」



「違いない、永遠に続いてもいい程だ!」



互いに笑いながら剣を交える、その姿は狂気だった。



何分、何時間……何日?



どれ程剣を交えたか分からない程に両者は剣を交えていた。



だが実際時間は経ったの2分、だがそれが何日にも感じる程に互いは疲労していた。



「そろそろ終わりに……するか」



アルセリスの言葉にカルザナルドは了承する様に同じタイミングで距離を取る、ふと屋上の入り口を見るといつの間にかアルラ達が居た。



目が合っても彼女達は何も言わない、恐らく戦いの邪魔と察してくれたのだろう。



アルラ達にグッドサインを送ると剣に光を纏わせる、この戦いももうじき終わりだ。



「楽しかったなアルセリス」



ドス黒い闇を纏わせた剣を構えてカルザナルドは言う、本当に楽しかった。



実時間は短いがそれ以上の濃さ……彼女とは敵同士で無ければ仲良くなれただろう……



だが、敵だからこそ良かった、これ程に楽しい戦いを出来たのだから。



「それじゃあ……決着と行くか」



アルセリスの言葉に彼女も頷く、そして両者互いに剣を構えた。



訪れる静寂、雨の音がうるさい程に響いていた。



だが次の瞬間、何故か周りの音が一切聞こえ無くなった。



聞こえるのは心臓の鼓動のみ……先程の雨よりも鮮明に、五月蝿い程に聞こえていた。



心臓の鼓動はどんどん早くなる、そっと胸に手を当てるがそれは自分の鼓動では無かった。



(カルザナルドの……いや、ユリーシャ自身の鼓動か?)



そう言えばカルザナルドは肉体と魂は別と言っていた。



心臓の鼓動は再度早くなって行く、そして次の瞬間、全ての音が消えた。



轟く雷鳴、気が付けば両者の立ち位置は逆になって居た。



「全く……見えなかった」



第三者のアルラですら追えない程のスピードで両者は剣を交わした。



そして、地に伏せたのはカルザナルドの方だった。



「くそ、私の方が遅かったのか……」



カルザナルドでは無く、ユリーシャの身体が本能的に恐怖を感じた、その一瞬の差だった。



「いい勝負だった……だが、余韻に浸ってる暇はない、この意味が分かるな?」



剣を消す事なくユリーシャの首元に当てる、所詮ミリィの再生能力を模した程度の薬品だったのか、彼女の身体は再生していなかった。



「分かってる、私にはもう時間がないみたいだしな……冥府の王、冥王の居場所だろ?」



カルザナルドの言葉にアルセリスは頷く、すると彼女はゆっくり起き上がり両手を地面につけた。



「バーリエス、お前が倒した者の名だ……覚えておけ」



バーリエス、そう名乗った者は最後の力を振り絞る様に闇のゲートを生成するとその場に横たわる、バーリエス……それが真の名前の様だった。



「姿も知らないが……バーリエス、忘れないよ」



空を見上げ呟くとゲートに視線を移す、この先が冥王の居る冥府の世界……恐らくこのゲートも長くは保たないだろう。



「来たばかりで悪いが……アルラ、俺と来てくれるか」



「は、はい!」



アルセリスの言葉にアルラは嬉しさを堪えながらも返事を返した。



「他のメンバーはユリーシャの手当をしてくれ、魂は無いが肉体は生きているらしいからな、冥王をぶっ飛ばすついでに取り返してくるよ」



そう言いゲートを潜り消えるアルセリスに残されたリカとユーリを除くメンバーは困惑していた。



「え……アルセリスなんだよな、あれ?」



突然指示を出してきた青年に困惑の色を隠せないオーフェン、だがアルラを従わせていたと言うことはアルセリス以外の誰でも無い筈だった。



てっきり同じ歳だと思っていたのだが……まさか一回りも下レベルで若いとは予想外だった。



ミリィとシャリールも同様のリアクションを取っていた。



「ほら、いつまでも驚いてないでさっさとそこの娘回収してアルセリス様の帰り待つっすよ」



珍しく仕切るユーリに動揺しながらも頷く三人、その中でリカは一人、屋上から遠くを見つめていた。



「正体がバレるのも時間の問題ですか……」



ボソッと呟く、彼女だけは雨に濡れて居なかった。

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