第156話 冥府の王
『体を失っているとは言え人間がバーリエスに勝つとは驚いた』
荒野に墓跡が無造作に並べられた殺風景な景色の中、黒い靄が宙に浮いていた。
そしてその靄はアルセリス達に向けて言葉を発する、周りの景色と相まって余計に不気味だった。
「あんたが冥王か?」
靄に言葉を投げ掛けるが反応は無い、形の無いものに話しかけるなんて変な気分だ。
数秒ほど時間が過ぎると靄が消える、そして背後から言葉が聞こえた。
『如何にも、此処は冥府、そして私は王、つまりは冥王だな』
いつの間にか骸に姿を変えた冥王がゆっくりとアルセリスの背後に姿を現わす、あまりの威圧感に一瞬、足がすくんだ。
『それで、私に何用か?』
スッとアルセリスの身体をすり抜けて反対側へと移動する、独特な雰囲気とテンポに少し調子が狂う。
だが本来の目的は忘れていない。
「要件は二つ、ユリーシャの魂とシャリエルの寿命を返して貰うことだ」
臆する事も無く堂々と要件を伝える、だがその言葉を聞いた瞬間、辺りの空気が重くなった。
『一つ、お前は勘違いをしていないか?』
指を一本立て冥王は言う。
『私は便利屋では無い……冥府の王、神だぞ?』
そう言い指を鳴らすと見知らぬ男が冥府の地に現れた。
「な、何だ此処?俺は確か家族と……」
男が混乱し、戸惑い、状況を確認していると冥王がパチンッと指を鳴らす、その瞬間男はまるで魂でも抜けたかの様その場に倒れこんだ。
『この通り、人間を殺すも生かすも私次第と言ったところだ』
男の魂と思われる光の靄を片手に語る、異次元の行為にアルラは勿論、アルセリスも言葉が出なかった。
指パッチンで自在に人を殺せる……その行為を見た時に悟った。
良く神殺しなんて呼ばれている者や神を殺すシーンをアニメで見た、そしてアルセリスのアバターならそれも可能だと思っていた……だが間違いだった。
神は人間よりも遥か上、どれだけチートな力を持っていようとも届かない位置に居るのだと思い知らされた。
だが……
「冥府の神は知っての事だ、俺はラクサールと約束した、シャリエルと約束した……必ず取り戻すと」
相手は神、その気になれば死ぬかも知れない、だとしても……一度した約束を破る訳には行かなかった。
死んで行った者の最期の頼みだから、シャリエルが大事だから……それもある、だが約束を破らないと言う固い意志は隼人の時からずっと変わらない物だった。
父との誓い……それは異世界に来たからと言って揺らぐ物では無い、冥王が相手でもそれは変わらない。
「俺も殺すか?指パッチンでよ」
冥王に対して剣を向ける、その瞬間地面が大きく揺れ始めた。
『人間如きが……この私に剣を?』
骸の体からはドス黒い闇が大量に天へ向かって溢れ出す、息が詰まりそうな程の威圧感、目を合わせただけでも殺されそうだった。
アルラの方を見ると腰を抜かしたのか座り込んでいる、だがこの状況……無理もない。
何せ目の前には神が居る、正直自分も内心は恐怖に支配されていた。
微かに剣を構える手が震える、今はアルセリスと言うアバターを、鎧を纏っていない……不安で、怖くて仕方なかった。
『怖いか?』
目の前に突然骸の顔が現れる、だが隼人は臆する事なく睨み続けた。
「全く怖くないさ」
強がり、虚勢を張るが声は震えていた。
すると次の瞬間、震えが止まり冥王は笑い出した。
『ははっ、怖くないか……そうまでして助けたい奴らなのか?』
彼の言葉に隼人は頷いた。
それを確認した冥王は再び指を鳴らす、すると目の前にシャリエルとユリーシャの身体が現れた。
『まず、これはバーリエス、私の部下に勝った褒美だ』
そう言い闇から魂を掴むとユリーシャの肉体に押し込む、そして次の瞬間、彼女は目を覚ました。
だが事情を説明する暇も無くユリーシャは冥界から姿を消す、そして残されたシャリエルを冥王は指差した。
『この娘の寿命を取り戻したいのなら選べ』
「選ぶ……?」
冥王の言葉に隼人は眉を潜めた。
『そうだ、シャリエルとアルラ……どちらを生かすかな』
両者を順番に指差し伝える、その言葉に隼人は剣を落とした。
甲高い金属音が静かな冥府に響く、二人のどちらかを選ぶ……そんな事は出来なかった。
だが……
『どちらもと言う答えは無しだ、対価はきっちりと貰う』
隼人の心を読んだかの様に補足する、アルラかシャリエル……どちらかが必ず死ぬ。
だが二人とも大切な仲間、家族が居ないこの世界では家族同然……そんな彼女達のどちらかを選ぶなんて出来なかった。
髪の毛を掻き毟り顔を覆う、するといつの間にかアルラが隣に立っていた。
「私の命を持って行って下さい」
突然の言葉に思考が止まった。
何故……アルラが命を差し出すのか、シャリエルとは喧嘩ばかりしていた筈だった。
それに彼女は人一倍アルセリスへの忠誠が厚い、アルセリスの為なら命も投げ出す程に……そして、それと同時にアルセリスと一緒にいる為ならなんでもする様な奴……そんな彼女が自ら、シャリエルの為に命を……訳が分からなかった。
「な、何故だアルラ!」
一歩前に踏み出すアルラに叫ぶアルセリス、すると彼女は足を止め、振り向いた。
「簡単です、この命はアルセリス様……いえ、隼人様の為にあります、そしてシャリエルは隼人様にとって、とても大切な存在……そんな彼女の寿命を取り戻す為なら私は命も差し出します」
アルラは少し泣いていた。
シャリエルが大切……確かにそうだ。
だがそれは仲間としての筈……確かに王国のメンバーじゃない人間としてはかなり気に掛けて居る……だがそこに恋愛感情は無い。
彼女は……致命的な勘違いをしていた。
「隼人様、私は貴方にお仕え出来て本当に……本当に幸せでした」
次々と溢れてくる涙を必死に堪えながら彼女は告げ、冥王の方を向いた。
『本当にそれで良いか?』
最終確認をする冥王に頷こうとしたその瞬間、アルラはその場に倒れた。
背後からの衝撃……意識が朦朧として居た。
「悪いなアルラ、俺はもう仲間を失わないと決めたんだ」
消え行きそうな意識の中、隼人様の声がする……必死に目で追うが最後に見えた光景は冥王と何か言葉を交わす場面のみだった。
意識を失うアルラを見届けると隼人は優しく微笑む、そして顔を上げると冥王と目を合わせた。
『本当に……構わないのだな?』
「あぁ、頼む……」
少し驚く冥王に隼人は頷くとゆっくり目を閉じた。
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