第127話 突然の襲来

「オーリエス帝国も中々に久しいな」



相変わらず代わり映えのしない街並み、懐かしさまで感じる……皇帝に助言を求めようとした時以来だった。



だが今回は彼に用は無い……何の用かは知らないがこの街に潜伏しているシャリールに用があった。



位置情報的には街の裏通りにあるアパートの一室、こんな国で一体何をしているのか……不思議だった。



「ここがオーリエス帝国ですか、煉瓦造りの建物ばかりですしお洒落な街ですねー」



物珍しそうにリカが辺りを見回す、忘れて居たがそう言えば彼女はこの大陸出身では無かった。



「そんなに珍しいのか?」



煉瓦造りの建物なんて何処にでもある様な気もした。



「はい、私の村は木製の家しかありませんでしたから」



「まぁ……そんなもんか」



正直建物に疎い自分としてはなんでも良かった。



ふと後ろを振り向くとオーフェンが消えている事に気が付いた。



「リカ、オーフェンは?」



「あれ?さっきまで居た筈なんですけど……」



アルセリス同様に後ろを振り向きオーフェンがいない事を確認すると不思議そうに首を傾げる、こんな短時間で消えれる物だろうか、普通。



「頼むって!このタグやるからさ!」



「お客さん困りますよ!リンゴ10レクス、大人なんだから払ってくださいよ!」



何処からか情けない交渉をする声が聞こえた。



声のする方向へ歩いて行く、するとそこにはアダマスト級のタグとリンゴを交換しようとしているオーフェンの姿があった。



「ったく……何やってんだよ」



呆れながらも近づくと店主に10レクスを渡しリンゴを買った。



「お、毎度あり!」



店主からリンゴを受け取るとオーフェンに無言で手渡した。



「サンキュー!長らく森の中で生活していたから金なんて無くてよー」



アルセリスから受け取ったリンゴをかじりながら後ろを付いてくる、アダマスト級冒険者の名が泣く程に情けなかった。



「タグは大事にしとけよ、再発行出来ないんだろ?」



「まぁ……そうなんだがこんなものどうせ飾りだろ?あの店主の反応を見るに俺の事も忘れ去られたらしいしな、長く隠居し過ぎたか?」



1人笑いながら話すオーフェン、彼が何年隠居してたのかは知らないがアダマスト級冒険者が忘れられる程の年数あんな森で過ごすなんて自分では考えられなかった。



だがその時、ある事を思い出した。



ゲーム時代でオーフェンは何十年も前に死んだ事になっている……だがこの世界ではこうして彼は生きている、ゲームの情報しかないアルセリスにとっては不自然だった。



「なぁ、なんで隠居なんて始めたんだ?」



直接的に聞けるはずも無く、遠回りに探りを入れてみた。



「隠居の理由なんて単純さ、敗北……それも圧倒的な」



少し吹っ切れた様な表情で告げるオーフェン、ゲーム時代の設定によれば確か……暗黒神を封印後、何者かと決闘、そして死亡と表記されていた様な気がした。



誰と戦ったのかまでは記憶が曖昧過ぎて分からないが恐らくこのオーフェンはその決闘で生き残ったルートのオーフェンなのだろう。



ゲーム時代とは違う故の……異世界ならではの面白さだった。



「敗北か、だが戦い好きのアンタがなんで負けたから引退なんだ?」



彼の性格を戦いを通じて知った自分としてはそれが不思議で仕方がなかった。



オーフェン以外なら敗北は単純な隠居理由になるかも知れない、だが彼に限ってはまた別の理由がありそうだった。



それを聞いたのは探りでもなんでも無い、ただの興味本位だった。



「圧倒的な実力差……消えることの無い傷……あんなに楽しくない戦いを味わうとな、引退せざる負えないさ」



そう言い身につけていた鎧を外しシャツを捲る、その胸には左から右に掛けて大剣の様なもので斬り裂かれた大きな傷が出来ていた。



「悪い……変な事聞いたな」



傷を見て謝るアルセリス、だがその言葉にオーフェンは笑った。



「別に良いさ、死んだ訳じゃない……命もある、プライドが高い性格じゃない以上これは笑い話さ」



そう言ってシャツを下ろすとオーフェンは鎧を着ける、正直笑い話と言われても笑えないが……今後はあまり触れない方が良さそうだった。



暫く大通りを歩き道を外れると閑静なアパートの立ち並ぶ住宅街に入る、この何処かにシャリールがいる筈だった。



「さてと、何処にアイツが居るのか……位置情報的にはこの2つのどれかだな」



そう言いアルセリスは両脇のアパートを指差す、手分けした方が早そうだった。



「リカとオーフェンは右を頼む、シャリールの特徴は黒い髪だ、この世界にはそう多く無い髪色、一目見たら分かると思う」



アルセリスの言葉に2人は頷くと建物の中へと入って行く、それを確認するとアルセリスも同様に扉を開け中に入ろうとした。



だが何らかの結界が張られていた。



恐らくある程度の魔力を持つ者を弾く結界だった。



簡易的な物で壊すのは容易、だが恐らくそれはわざと壊しやすい様な結界にして居るのだろう、壊せば術者にそれが伝わる、これは誰かが来た事を知らせる為の結界……厄介だった。



だがこんな事をすると言う事は誰かに狙われて居る……若しくは何らかの研究を始めたかのどちらか、まぁどちらにせよ此処に居る事は間違い無かった。



「めんど臭いが……リングを使うか」



魔法無効の鎧を脱ぎ生身の姿になると魔力を抑えるリングを付け結界に手を突っ込む、リングのお陰で魔力が低下し、何の障害も無く入る事が出来た。



だが……鎧が無いのは少し心許なかった。



鎧を脱げばアルセリスでは無く榊隼人の姿がある、強さは変わらないが……何と言うか、自信が無くなる様な感じだった。



アルセリスと言うキャラになる事で強気でいられたがこの姿ではどうもそうは行かない、だが今後はこの姿で部下を率いる事が出来るようにしないと行けない……少しずつだが慣れて行かないと行けなかった。



1階を見る限り建物の中は一つの階層あたり2部屋の3階建て、螺旋階段がフロアの中心にありそこから上に登れる様だった。



強い魔力は上の階から感じる……恐らくシャリールは三階にいる筈だった。



ギシギシと音を鳴らしながら木製の階段を上に上がって行く、そして三階のある一室の前に付くと少し優しくドア三階ノックした。



「はーい」



中から女性の声が聞こえる、魔力が低下している今、彼女はアルセリスと言う男の存在に気が付かない筈だった……と言っても姿を見たところで今は隼人の姿、どっち道気がつく事は無かった。



鍵を外す音が聞こえるとガチャと言う音を立てて扉が開く、中からは部屋着姿の眼鏡を掛けた少女が現れた。



「誰ですか?」



一瞬思考が止まる、如何にも魔法使いと言った風貌のシャリールからは想像も出来ない姿だった。



だがこの世界では珍しい黒髪と見覚えのある顔、確実にシャリールだった。



「あぁ、この姿じゃ分からないよな」



突然現れた見知らぬ人に首を傾げているシャリールを前にアルセリスはリングを外し別空間にストックすると一瞬にして鎧に換装した。



「この姿なら……見覚えあるか?」



「うそ、でしょ……」



シャリールはその場に座り込んだ。



その表情には絶望、だが一度殺された相手……この反応も無理は無かった。



「安心しろ、殺しに来たんじゃ無い、幾つか話があってな」



「は、話し?」



戸惑うシャリールの言葉に頷く、彼女は利用価値がある……殺す意味が無かった。



「そ、そう……取り敢えず中に入って、私此処での設定は村から来た田舎者って事になってるから」



そう言いアルセリスを引っ張ると中に引き込む、一応敵意などは無い様子だったが田舎者にする必要はあったのだろうか。



よく分からない奴だった。



廊下にキッチン、その前にトイレとお風呂、そして廊下を抜けた先に六畳ほどの一部屋、日本でよく見る部屋だった。



シャリールに連れられるがまま扉を開けると部屋に通される、部屋は大量の書物に埋め尽くされて居た。



微かにベットがあるのが確認出来るが足の踏み場が無かった。



だがシャリールはスイスイと慣れた足取りで進んで行く、そして海に浮かぶ孤島の様な状態になっている椅子に座るとベットを指差した。



「そこ、座って良いわよ」



「お、おう」



大量の書物に戸惑いつつも何とかベットにたどり着くと腰を下ろした。



「それで、私に何の用?」



妙にそわそわした態度で尋ねるシャリール、何か隠している様だが今はどうでも良かった。



「今日は少し頼みがあってな」



「頼み?」



アルセリスの予想外な言葉にシャリールは疑問符を浮かべた。



「そうだ、俺の仲間にオーフェンって男が居るんだが……」



「オーフェン!?あの英雄の?!」



突然声を荒げるシャリールにアルセリスは少し驚きを見せるも咳払いをすると話を続けた。



「そうだ、あいつに魔法を教えてやって欲しいんだ」



「オーフェン……」



シャリールの表情はとてつもなく嬉しそうだった。



無理やり笑顔を我慢して居る、少し意外だった。



「嬉しいのか?」



「そ、そんな訳ないでしょ!それで、見返りは?」



「見返りか……まぁ追々考えるよ」



「まぁいいわ、用はそれだけ?」



「まぁそうだな」



シャリールにそう告げると立ち上がり本だらけの部屋を出ようとする、その時ふと彼女を見ると椅子に座って本を読みだして居た。



その様子にアルセリスはシャリールの方をみると黙って見続ける、すると何かに気が付いたのか彼女と目があった。



「何か用?」



不思議そうに首を傾げるシャリール、首を傾げたいのはこっちだった。



「オーフェンに魔法を教えるって約束だろ、早く行くぞ」



「え、今すぐ行くの?」



頷くアルセリス、するとシャリールはめんどくさそうな表情をした。



だが仕方無さそうにため息を吐くと立ち上がりクローゼットを開けた。



「着替えるから外で待ってて、後から行くわ」



シャリールの言葉に頷くとアルセリスは外に出る、外ではオーフェン達が待機して居た。



「シャリール居たか?」



「あぁ、着替えてから来るとの事だ」



オーフェンの問い掛けに答えると建物に背を預け空を見上げる、空はいつの間にか曇って居た。



今にも雨が降り出しそうな空、不穏だった。



「シャリールが来るまで待つぞ」



アルセリスの言葉に2人は頷く、そしてアルセリスはゆっくりと目を閉じシャリールが来るのを待とうとする、だがその時、背筋が凍る様な悪寒がした。



咄嗟に目を開くとオーフェンとリカの視線は一つのところに集中して居た。



彼らの視線を辿りアルセリスも左へと視線を移す、すると其処には真っ白の、アルセリスとは対照的な鎧を見に纏った何者かが立って居た。



白騎士と兜の隙間から目が合う、するとその瞬間、凄まじい轟音が鳴り響いた。



ふと隣を見るとリカとオーフェンが吹き飛ばされ、建物の中に倒れて居た。



オーフェンとリカの手に剣が握られて居るが2人ともピクリとも動かなかった。



「何をした」



アルセリスは動揺を必死に隠すと剣を構える、何が起こったのか全く分からなかった。



白騎士はその様子を見て一歩足を前に踏み出すと両手を広げた。



「やっと会えましたね、アルセリス……いや、榊隼人君」

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