第115話 侍再び

静寂に包まれるレベル1階層のフロア、牢獄が疎らな間隔に並ぶ迷路の様な階層だが奇妙な事に囚人が一人も居なかった。



「なんか不気味っすね」



周囲を見渡し耳を動かしながら警戒するユーリ、牢獄の鍵は閉まったままにも関わらず囚人は居ない……どういう事なのか理解出来なかった。



この監獄は魔法を封じられている、そして牢獄の数は軽くみても100は優に超えて居る……鍵の掛かった牢獄から100を超える囚人を移動させるには魔法以外あり得ない……だからこそ理解が出来なかった。



試しに剣を握ると檻を斬ろうと試みる、すると檻には吸収の魔法が適用されて居ないのか、簡単に壊れてしまった。



ますます意味が分からない、囚人がどう言う状況下に置かれているのかは分からないがただの剣で容易く檻が切れてしまうのは問題な気がする……妙な所はハイテクなのに大事な所は適当……謎な監獄だった。



「アルセリス様、何か滝?の様な音がするっす」



迷路の様なフロアを適当に歩いているとユーリの耳が動く、だがアルセリスには何も聞こえなかった。



「滝?此処は牢獄だぞ?」



「そうなんっす……でも聞こえるんっすよね」



何度もピョコピョコと耳を動かし音のなる方へと歩いて行くユーリ、監獄の中に滝……何の為にあるのか、この監獄は分からない事だらけだった。



特に何が起こる訳もなく、レベル1の出口へと近づいて行くと微かに滝の様な、水が打ち付けられる音が聞こえてきた。



迷路を抜け少し開けた場所に出ると10mはありそうな大きな扉が目の前にそびえ立っている、だが扉は半開きだった。



「侵入済みか」



侵入者の目的は分からないが下へと向かっているのは確かだった。



半開きの扉の向こう側からは確実に滝の様な音が聞こえる、アルセリスは扉を開けると眼前には遥か高くから螺旋状になった階段に空いた真ん中部分に大量の水が下層へと落ちて行く光景が映って居た。



遥か上から落ちる水の出所は暗くて分からない……だがこんな現象は魔法以外あり得なかった。



だが何の為に水を落としているのか……ふとユーリを見ると何故か楽しそうだった。



「凄いっすね、建物の中で滝が見れるなんて初めてっす!」



「まぁ……確かに珍しいな」



ユーリが興奮するのも分かる……だがいつまでも此処に居る訳には行かなかった。



「行くぞユーリ」



興奮するユーリを呼ぶとアルセリスは下へと降りて行く、だが下はまだ遠そうだった。



階段から身を乗り出して深く暗い下を眺める、飛び降りても大丈夫な気がした。



弱体化したとは言えこの身体はアルセリスのまま……アルセリスは一人で頷くと滝のお陰で上機嫌なユーリを抱えた。



「わわっ!アルセリス様どうしたんっすか!?」



突然抱えられた事にユーリは驚きを隠せない、だがアルセリスは有無を言わさず手すりに足を置くと一気に飛び降りた。



「あっ、やっ、なっ!?死ぬ、死ぬっす!!」



突然の出来事に混乱するユーリ、思わず笑いそうになってしまった。



此処まで取り乱すとは流石に予想外……面白い奴だった。



30秒ほど下へと落ちて行くと次第に光が見えて来た。



「もうそろそろ着くぞ」



「は、吐きそうっす……」



死にそうな表情で言うユーリを他所に隕石の様な勢いで着地する、だが地面は物理攻撃を吸収する魔法がかけられて居るお陰で威力が全部吸収された。



「着いたぞ」



「もう勘弁っす……」



地面にペタリと倒れこむユーリ、だが直ぐ様何かに気が付いたのか起き上がった。



「めっちゃ冷たいっす!てか下見て下さいアルセリス様!」



何か興奮気味にユーリが地面を指す、アルセリスは視線を下に移すと地面と思い込んでいたものが地面では無く、水面だと言う事に気が付いた。



「水面……?俺たちは水の上に立ってるのか?」



後ろを見ると水が滝の様に打ち付けられて居る、下を見るが水深が分からない程に深かった。



だがそれ以上に何故水面に立って居るのかが分からなかった、あれ程の勢いで落下したにも関わらず水に着地したと言うことすら分からなかった、それ程に足元はしっかりとしていた。



水にも関わらず。



「なんか不思議な監獄っすね」



「だな」



驚きはした、だが特に気にもとめなかった。



この世界は何が起こっても不思議では無い、一々驚いていたら孤絶の間に行くのに数週間も掛かってしまう、こっちは一刻も早く仲間を集めウルスと会いに行かなければならないのだ。



アルセリスは辺りを見回しながら歩き出す、レベル2なのだろうか、この階層はアトランティスの都の様な作りをしていた。



石膏と言うのだろうか、白い柱の建物がいくつも立ち並ぶ、そのどれもがボロボロだった。



「おやおや……まだ人が居ましたか……」



何処からとも無く聞こえてくる声、咄嗟にアルセリスは剣を抜いた。



「何者だ」



周囲を見回し気配を探る、すると10m離れた位置の水面から一人の男が姿を現した。



「名乗る事は出来ませんね、ただ……貴方の敵と言うことは言っておきましょう」



ゆらりと剣を抜く男、長く伸びた黒髪に整った顔立ち、キョウシロウの様な和服を着た出で立ち……武器は剣だがまた侍の様な男が出て来た。



六魔では無い様だが……間違いなく強敵だった。



アルセリスは剣を構えようとする、だがユーリが一歩前に踏み出した。



「アルセリス様、任せて下さいっす」



自信満々に言うユーリ、彼女には少し荷が重い相手のはずなのだが……彼女の自信を見ると任せても良さそうだった。



「獣娘ですか……珍しいペットを連れてますね」



「ペットじゃ無いっす、なんかムカつくっすねあんた」



男の言葉に少し顔をしかめるユーリ、その様子に男は笑った。



「怖い子ですね……まぁ、死んでしまえば関係無いですが」



男は不気味な笑みを浮かべると水面をピチャピチャと音を鳴らし近づいて行った。

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