第114話 監獄
優に数百メートルは超えそうな黒い建物が草原のど真ん中にポツンと立っているのをアルセリスとユーリは20キロ程離れた丘の上から眺めていた。
だが黒い建物の周りには無数の蔦が張り、黒と言うよりは緑といった方が正しいのかも知れなかった。
「あんな建物があったとはな」
大陸の端に位置しているという事と蔦が張り巡らされ緑になり、周りの草原と同化しているのが相まってか、あまり目立つ建物ではなかった。
「正面突破するっすか?」
獣人族のユーリは目を細め入り口に立つ衛兵の数を数える、彼女が指折で数える数をを見る限りザッと5人ほどだった。
「まぁ、最悪の場合は戦闘だが情報によると傭兵志願で入れるらしいからな、武器は収めとけよ」
臨戦態勢に入ろうとするユーリにそう告げるとアルセリスは建物に向けて歩いて行く、アルシャルテが言った大物とは誰の事なのか……正直検討は付かなかった。
ただ分かる事は今の自分達にはうまく行けば大きな戦力になるという事……あまり敵意が強い人物ではない事を祈るのみだった。
鎧越しでも分かる程に心地よい風が吹き抜ける草原を抜け監獄の入り口に着くと傭兵がこちらに近づいて来た。
「なんだお前達、こんな辺境の地に何の用だ」
劔に手を掛け尋ねる男にアルセリスは敵意が無いよう手のひらを見せた。
「傭兵を募集してると聞いてきたんだが」
「傭兵か……採用はするが命の保証はしないぞ、後この監獄で働くのなら暫くは太陽の光を浴びれないと思えよ」
男はその言葉だけを残すとこの世界には珍しい手形を扉の脇で認証させ、20メートルはある重々しい扉を開けさせた。
扉は人が一人通れる程度のスペースまで開くと止まる、中からは悲鳴が聞こえていた。
「一本道の通路を突き当たりまで歩くと上に登る階段がある、最上階が傭兵の居住区だ、そこに主任が居るから話して来い、連絡はしておくからな」
そう言いアルセリス達が扉の向こう側に行くのを確認すると男は再び手形認証をして扉を閉める、監獄だから当たり前なのだろうが随分と分厚い扉だった……あれは逃げるのに随分と苦労しそうだ。
「なんか嫌な血生臭い匂いがするっす〜」
鼻を抑え嫌そうな表情を浮かべるユーリ、だがアルセリスは全く何の匂いも感じなかった。
人間の数十倍も鼻の良い獣人族にはこの場所は少々キツイのだろうか、ユーリは少し気分が悪そうだった。
松明が一定間隔に並ぶ一本道の通路を暫く歩くと開けた場所に出た。
「予想はしてたけど……螺旋階段か」
上を見上げると螺旋階段が果てしなく続いていた。
何故傭兵の居住区を屋上にしたのか……少し気になる所だが今は登るしか無さそうだった。
「どうしたユーリ、まだ臭うか?」
階段を登り始めて5分、ユーリの表情がずっと曇ったままだった。
「それもあるっす……でもシェリルがなんで裏切ったのか……」
悲しげな表情をするユーリ、確かに不可解な点が少し多かった。
ウルスが裏切ったのは分かる、彼は正直底の見えない奴だった……だが何故他のメンバーまで裏切ったのか、フェンディルやアウデラスまで裏切っていたのは正直、信じられなかった。
彼らの忠誠心はかなり強かった……不満もあるようには見えなかった、何が原因なのか正直さっぱりだった。
だが裏切ったという事はアルセリスに不満があるという事……二度と前の様な王国に戻らない可能性もあった。
シェリルを殺さなければならない可能性もある……だがそれをユーリに伝えるのはあまりにも酷だった。
彼女達に親は居ない、ユーリ達の住んでいた獣人族の村は人間によって焼き払われたのだから。
シェリルは唯一の家族……ユーリの悲しみは痛い程伝わって来た。
「大丈夫だ、俺にとってお前達も含め王国メンバーは家族……必ず連れ戻すさ」
心配そうな表情をするユーリの頭を撫でるとアルセリスは一歩前に出る、まだまだ上は遠そうだった。
何故手形認証はあるのにエレベーターが無いのか……変な所はハイテクな異世界だった。
特にユーリと話す事も無く登り続けること約1時間、漸く居住区へと続く扉の前に辿り着いた。
「ふぃー、疲れたっすアルセリス様ー」
グッと伸びをしてため息を吐くユーリ、疲れたのは同感だった。
少し開けた空間に扉だけ、取っ手の様な物は見当たらなかった。
「おーい、開けてくれ」
一先ず呼びかけて見るが反応は無い、少しおかしかった。
「おかしいっすね」
誰も出てこない事にユーリは首を傾げ扉に手を触れようとする、すると扉がボロボロと刀で斬られた様に崩れ落ちた。
「な、なんっすかこれ……」
扉の向こう側には民家が立ち並びまるで街のような街並みが広がる、だがユーリの視線の先には別の物があった。
「どうしたユーリ?」
崩れ落ちた扉の残骸からアルセリスは目線を街に移す、だがアルセリスには数百メートル先に噴水のような物がある事しか分からなかった。
「……」
アルセリスの問い掛けに答えず先へと歩いて行くユーリ、一体何が見えたのだろうか。
彼女の後ろに付いて歩く様に先へと進んで行く、すると距離が近付くにつれてユーリが驚きを見せた理由がハッキリと分かってきた。
噴水の前に積まれた人の、傭兵の死体……ふと天井を見ると四角の穴が開いて居たを
「ユーリ、周りに人の気配はあるか?」
アルセリスの言葉に耳をピクピクと動かし辺りを見回すユーリ、だが直ぐに首を振った。
「このフロアは感じないっす」
「このフロアはって事は下は感じるのか?」
その言葉に頷いた。
恐らく下に感じる気配は囚人だろう……だがそれよりもこの死体の山、ざっと30人は居る……これを殺したとなるとかなりの手練れだった。
ここは大陸から国には手の負えない囚人を集めた監獄、そうなると自動的に看守も手練れ揃いになる筈、それを30人も殺したのだ、単独犯じゃ無いにしろ強いのは確かだった。
アルセリスは死体に近づくと死体の状態を確認する、血はまだ乾いて居ない……最近殺されたばかりの様だった。
だが犯人が既に逃げた可能性もある、天井には穴……逃げるのはいつでも可能だった。
「まぁ取り敢えず何者かが居る程度に考えるか、俺たちの目的は最下層、さっさと行くぞユーリ」
「うぅ……はいっす……」
血生臭さにやられたのかユーリの返事には覇気が無かった。
だが仕方ないだろう、人間の自分でもかなりこの血生臭さには耐えられない物がある、獣人族ともなれば息が出来ないレベルもあり得た。
ユーリの体調を心配しつつもアルセリスは腰に携えて居た剣を構えると地面に向けて振りかざす、だが地面は割れずに不思議な力によって攻撃が掻き消された。
「……」
無言で地面を見つめる、恐らくゲーム時代には無かった魔法の類だろう。
「大人しく階段を探すか」
ゆっくりと剣を鞘に収めるとアルセリスは面倒くさそうに街の奥へと歩いて行った。
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