第97話 元凶の正体

屋上へと続く階段を前に息を整える、扉越しでも分かるほどの魔力……息が詰まりそうだった。



セリスから貰ったとっておきの魔紙があるとは言え扉の向こう側には数万近い兵士を操る程の力を持った者がいる……正直怖かった。



死ぬのでは無いか……死ぬのは怖い、死んだ後何が待っているのかも分からない、アーネストやサレシュ、アイリスに会えなくなる、それにライノルドにも……そんなのは嫌だった。



逃げ出そうと思えば逃げる事は出来る、恐らくセリスが倒してくれるだろう、彼は自分の何十倍も強い……だがそれをして仕舞えば例え生き残ったとしても……自分に誇りを持てなくなってしまう様な気がした。



自分は街を守る為に、恩返しのために冒険者へとなった、ダイヤモンドまで上り詰めたのはこの街に降り注ぐ脅威を払ったから……そして再び脅威が街を襲っている……逃げる訳には行かなかった。



昔はただのシャリエル・ブラッシエルだった、だが今の自分はダイヤモンド級冒険者、その威厳に掛けて逃げ出す訳には行かなかった。



「私なら……やれる」



階段を一段ずつ確実に上がると扉に手を掛ける、そして大きく深呼吸をすると勢い良く扉を開けた。



「やっと……来たな」



雨が降りしきる屋上に傘もささず立ち尽くす一人の男、私は彼を知っていた。



嫌という程に……見た瞬間、吐き気が止まらなかった。



「なんで……あんたが」



昔と全く変わらない姿……父だった。



「なんで……なんであんたが生きてるんだ!!」



アルフォード・ブラッシエル、数年前に死んだ筈の父を前にシャリエルは正気を保てなかった。



何故彼が此処に……死んだ筈では無かったのか、いや……そんな事はどうでも良い、今は妹を、シェルドを殺した彼を許せなかった。



雷装を纏った拳がアルフォードの顔面を捉える、勢い良く地面へめり込む彼の顔は一回転していた。



首は捻れとてもでは無いが生きているとは思え無い……だが拳を再度振り上げる、そして生き絶えた筈のアルフォードに打ち込み続けた。



数年間彼にされた仕打ちを忘れない……何の罪もない妹も殺された……シェルドさんも私達を助けようと話し合いをしに行っただけなのに、許せない……許せなかった。



何度も、何度も拳を打ち続ける、血が滲み出ても御構い無しだった。



そして白いコートが赤く返り血に染まった頃、漸くシャリエルは正気を取り戻した。



原型も無くズタズタになった顔……だが気持ちは晴れなかった。



こんな事をしたところで妹やシェルドさんは戻って来ないと知っているからだった。



だが元凶が父とは思いもしなかった、魔法の名家ブラッシエル家だがこれ程に魔力が桁外れで優秀な家系とは思えない……少し不自然だった。



「気は……済んだかシャリエル」



確実に死んだ筈の父がゆっくりと立ち上がる、その姿に後退りするが足を地面の出っ張りに取られ尻餅をついてしまった。



「な、何で生きてるの」



「生きてなど無いさ、君がさっき殺したからね」



「私が……殺した?」



その言葉に疑問符を浮かべる、自分が殺したのならば今喋っている人物は誰なのか……心なしか父と少し声のトーンが違うような気がした。



「私は此処さ」



その言葉にシャリエルは自分の背にある扉の方に視線を移す、薄暗く見えにくいが階段の下に誰かが立っていた。



かなり背の高いガッチリとした体系の男という事だけがシルエットでわかった。



「誰……?」



「酷いなシャリエル……君は俺の事を良く知っている筈だ」



良く知っている……だが心当たりなど全くなかった。



闇の中から姿を現わす男、その姿にシャリエルの思考回路は停止した。



「大きくなったな……シャリエル」



暗闇から姿を現したのは忘れもしない、顔に大きな傷の付いたシェルドだった。



あの優しい笑みを浮かべ近づいて来る……夢、なのだろうか。



シェルドは確かにあの時死んでいた、噂で死んだと聞いた父とは違いこの目でしっかりと確認した……自分の目がまだ信じられなかった。



「大丈夫、心配するな」



そう言い差し伸べる手、だがシャリエルは後ろに下がった。



分からない……屋上に何故シェルドがきたのか……このタイミング、彼がこの騒動の元凶と言っているようなものだった。



あれ程優しかったシェルドが元凶の筈がない……自分の脳が現実を受け入れようとしなかった。



「シェルド……さん、貴方がこの国を?」



「まぁ言い逃れ出来ないよな……因みに言うと父は俺がずっと操って居たよ、一回あっただろ、涙を流して謝ってた時が」



シェルドの言葉で父の『すまない』と涙を流して言っていた昔を思い出す、見たこともない姿……あれが父の本心、そう理解したその時、シャリエルは頭を抱えた。



「じゃ、じゃあ……私が父を?」



「そうさ、お前は何の罪もない父を殺した、死ぬ間際心の中で言っていたぞ、シャリエル……愛してるとな」



「うるさい!!黙れ!!!」



信じたくなかった、あの父が操られ……私は唯一の肉親を殺したと言う事実を、父は操られながらもずっと私達を愛していた事を……そんな事を知って仕舞えば自分のした行為に耐えられなくなってしまうから。



「お前は父を殺した、ずっとお前の事を愛していた父をな」



「聞きたくない!!やめろ!!」



何も聞きたくなかった……原型の無い父の死体、頭が割れるように痛かった。



「私は……私は……」



「もう悩まなくていい……シャリエル、お前は今日から俺の人形だ」



頭を抱え蹲るシャリエルにシェルドは不敵な笑みを浮かべ語り掛けた。

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