第93話 守ると言う誓い

何が倒れる物音にシャリエルは目を覚ました。



ベットの上から降りると小屋を見回すがシェルドが帰って来たのでは無い様子、時計の針は深夜の1時を指していた。



フクロウの鳴き声が聞こえ風で木々の葉が揺れる音すら鮮明に聞こえる程の静けさ、12歳のシャリエルにとっては恐怖と不安でいっぱいだった。



「誰か居るの?」



近くにあったシェルドの剣を重さに耐え構えると扉の方へとにじり寄って行く、そして勢い良く扉を蹴飛ばすと辺りを見回す、だが月の光も差し込まない森は暗過ぎて何も見えなかった。



ランタンの道に誰かいた様子もない……気の所為、そう思ったその時、背後から何か鈍器の様なもので殴られた鈍い痛みを感じた。



「いつの……間に」



一瞬で意識が飛びそうになる、だが攻めて顔だけでもと意識を保ち背後を振り返る、だが目の焦点が合わず視界はボヤけていた。



身長の高さ的に男は無言で二撃目をシャリエルの頭部に与える、倒れまいと男の腕を爪が食い込む程に強く握り締めるが耐え切れずその場に倒れた。



「一体……誰」



シャリエルの問い掛けに男は何も言わない、そして三発目の攻撃を喰らいシャリエルの意識は完全に飛んだ。



ーーーどれだけ意識を失ったか分からない、鈍い頭の痛みと手足を締め付けられる様な感覚に目を覚ました。



「一体何が……」



状況に理解が追いつかない……一先ず起き上がろうと手足を動かそうとするがビクともしない、ジャラジャラと言う音で鎖に繋がれて居る事を理解した。



辺りは何も見えない程に暗い、物音も何一つしない……不気味な場所だった。



「誰か、誰か居ないの!?」



大声で叫んで見るが自分の声が反響するだけ、その時身体に違和感を感じた。



何も身につけて居る感じがしない……暗闇で確認する事が出来ないが背中に当たる地面の感触が何も着ていない事を証明していた。



先程から声を出し色々と呼び掛けて居るが一向に反応が無い、ユエルが居る様子もなく犯人が来る様子も無い……一体何の目的で閉じ込められて居るのか分からなかった。



「一体いつ出られるのよ……」



持久戦を覚悟しシャリエルは目を閉じる、少し動くたびに背中と擦れる地面が苦痛だった。



ーーーーーあれからどれだけ時間が過ぎたのだろうか。



数時間、数日、数週間……暗闇でずっと放置され時間の感覚が狂って居た。



喉の渇きも限界を訪れた、空腹もかなり来ている、このままでは死ぬのも時間の問題だった。



「誰か……居ないの?!」



最後の力を振り絞り声を出すがやはり無反応、このまま死ぬのは嫌だった。



シェルドが話してくれた冒険をして見たい、書物庫で見た様々な国や街を回りたい……昔母にして貰ったオシャレをもう一度したい、やりたい事はまだまだいっぱいあった。



狭い世界で短い人生を終える……そんなのは嫌だった。



「誰か……助けて!!」



限界を超えその場で身をよじらせ暴れる、するとまるで願いが叶ったかの様に手と足に付けられて居た鉄の枷が外れた。



「枷が……外れた?!」



シャリエルは急いで部屋を出ようと扉にタックルする、幸いにも鍵は掛かって居らず扉は普通に開いた。



勢い余って壁に激突するシャリエル、周りを見回すが見覚えのある場所だった。



「ここって……お仕置き部屋?」



昔、父と地獄の特訓が始まったばかりの頃、あまりのキツさに逃げ出そうとした時父に連れられ閉じ込められた記憶がある……あの頃はランタンで最低限の光があったがまさか閉じ込められて居た場所がお仕置き部屋とは想像もして居なかった。



だが見知った場所ならば帰り道は分かる……シャリエルは上へと続く階段をフラついた足で蹌踉めきながらも上がると屋敷の裏庭にある小屋へと出た。



「久し振りの……外」



まるで何年振りかの地上……だが今はユエルやシェルドの事が心配だった。



素足のまま庭を抜け裏口から屋敷の食堂へと入る、そして冷蔵庫を開けると一心不乱に食べ物に食いついた。



服を着て居ない事など忘れ獣の様に貪り飲み食いをする、生き返る……久し振りの食事がこれ程に美味しいとは思わなかった。



ある程度満腹感を得ると落ち着き辺りを見回す、暫くシャリエルが居なかった故に厨房を管理する者が居らず厨房には埃がたまって居た。



ふと我に返り食材の賞味期限を気にする、だがさっきは生きるか死ぬか……それよりも今は服が欲しかった。



誰が何の為に脱がせたのかは分からないが幾ら我が家とは言え全裸はヤバイ、それに屋敷の雰囲気がいつもと違った。



不穏な雰囲気が漂って居る……厨房を出て真っ直ぐ自室へ向かうと取り敢えずシャツとズボンを履く、そして母から譲り受けた真剣を壁から取り外すと父の書斎へと向かった。



理由は明白、家の裏庭にあるお仕置き部屋に監禁されて居たと知った時から犯人は父しか居なかった。



あの場所を知る人は家の者しか居ない、そして家にはユエルと私、父が住んで居る……ユエルがこの行為をする意味は無い、そうなると消去法で父と言うことになった。



何故監禁したのかは分からない……だがユエルの居場所は父が知って居る筈だった。



いつもと雰囲気の違う廊下を抜け書斎の前に辿り着く、気の所為なのかも知れないが不気味な雰囲気が漂って居た。



いつ降り出したのか強く屋敷を打ち付ける雨の音がうるさい程聞こえて来る……今は二人の無事を祈るばかりだった。



「神さま、私達をお護り下さい……」



天に祈りを捧げると扉を開ける、だが中は薄暗く、うっすら何か人らしきものが居ると言う事しか分からなかった。



「父様……何故あんな事を」



シャリエルは問い掛けるが何も答えない、近付こうと足を一歩踏み出したその時、何か柔らかいものを踏みつけた。



「何?」



よく目を凝らすと床に二つ、何かが転がって居る……だが明かりがないと確認できなかった。



踏みつけた何かから足を退け違う所を踏み歩こうとする、だが何か液体の様な物に足を取られたシャリエルはその場に転倒した。



「痛っつ……水漏れ?」



天井を見上げるが当然暗くて分からない、手を近づけ液体の正体を確認したその時、血の気が引いた。



薄っすらだが確認出来る赤い液体……これは血だった。



「ーーーーーーっ!?!!」



声にならない悲鳴をあげる、そしてシャリエルが取り乱すのを見計らったかの様に部屋に明かりが灯された。



「い、いや……嫌ぁぁ!!」



シャリエルの瞳に映る光景、それは心臓に剣を突き立てられたユエルとシェルドの姿だった。



赤く染まった床、生き絶えた愛する二人の姿……シャリエルには耐えられなかった。



こちらを見つめる父の瞳は何故か悲しげ……だがそんな事はどうでも良かった。



シャリエルは怖かった、二人の様に殺されるのが……復讐など行って居る場合ではない、己の身が危険だと……そして気が付けばシャリエルは逃げて居た。



屋敷を飛び出しセルナルドの西国まで雨に打たれ裸足で走って居た、足の裏は血塗れ……だが父から逃げ切るまでは安心出来なかった。



必死に逃げ続け、そして裏路地でシャリエルは力尽きた……次に目を覚ました時には王宮に居た。



見回り中のライノルドがふと立ち入った路地裏でたまたま発見し、連れて帰ったのだった。



その後は王宮で18歳ほどまでライノルドに育てられ冒険者になった……父が死んだと言う知らせを聞いたのはその頃だった。



妹を守れず、シェルドさんにまで迷惑を掛け……挙句の果てには育ててくれたライノルドまで守れない……そんなのは嫌だった。



「絶対……助けてみせる」



瓦礫を払いシャリエルは立ち上がると血を吐き拳を構えた。



もう誰も失わせない……その為の力なのだから。

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