第94話 絶対硬度の檻
大きく深呼吸をすると治癒魔法を自身へと掛ける、折れた腕は治り内臓も完治する、名称も無いこの禁忌の魔法の真髄は身体能力を大幅に上げることでは無かった。
この魔法は自分が今後生きるであろう寿命と引き換えに莫大な魔力と魔法知識を一時的に得る魔法、一見強そうに見えるが1分で一年の寿命が消費される……対価が大きすぎる禁忌の魔法だった。
だが自分を育ててくれたライノルドを助ける為ならばこの命……捨てても構わなかった。
「時間は無い……素早く済ませる」
ゆっくり息を吐くと背後に数百を超える炎の槍を精製する、そしてその全てを射出するとライノルドの視界は炎で埋め尽くされる、その隙を突き街を覆い尽くす程の雷雲を頭上に生成するとライノルド目掛け一点集中の雷撃を落とす、普段のライノルドならば死んでしまうが今の彼には最上級魔法を二つ併用しても拘束できるか怪しかった。
「お願い……」
雷撃が辺りを吹き飛ばし業火が包む、その様子をシャリエルは祈りながら見ていた。
身体を向上させる洗脳魔法……今の状態でも上書き出来ない程に強力となるともう実力行使しか手段は残って居なかった。
これでライノルドが気絶して居なければ……少し厳しかった。
やがて砂埃は晴れライノルドの姿を映す、其処には多少火傷はしているものの、大した傷は負っていないライノルドの姿があった。
「嘘……でしょ」
信じられない……いや、信じたく無い光景、あれ程魔法を当ててあの程度のダメージ、絶望的だった。
隙だらけのシャリエルに雷を纏ったライノルドの拳が顔面を捉える、咄嗟に衝撃を逃しつつもシャリエルの身体は再び吹き飛んで行った。
「首が折れなかったのは奇跡ね……」
天を仰ぐ、首が少し痛いが折れては居ない……以前の自分ならば絶望し、嘆き諦めただろう……だが今の自分は昔とは違った。
守れないものばかり……たまには、一人ぐらい守って見せたかった。
右腕に刻まれた数字は5を示す、5年分の寿命を使った様だった。
「大丈夫……貴方は私が絶対に救う」
ゆっくりと立ち上がるとシャリエルは毅然とした態度でライノルドを見つめる、そして両足に雷を纏わせるとグッと踏み込んだ。
もう……この一撃に賭けるしか無かった。
両手に冷気を纏い一瞬でライノルドの背後を取る、そして両手に纏った冷気の魔法を発動した。
『金剛氷牢』
美しい輝きを放つ牢がライノルドを取り囲む、最上級拘束魔法の一つ、龍をも閉じ込められると言うダイヤモンド並みの強度を持った氷の牢を作り出す魔法だった。
「ど、どう……?」
7年分の寿命を使い切った瞬間魔法を解き膝から崩れ落ちる、ライノルドは檻から出ようと剣を振り回し檻を殴る、だが檻は幸いにも傷一つ付いて居なかった。
どうやら……魔法は成功した様子だった。
「しゃ、シャリエル?!」
暴れるライノルドを閉じ込めた檻の前で生きているのかすら怪しい程の怪我を負い倒れ込むシャリエルをアーネストが発見する、息こそ荒いものの、シャリエルの意識はハッキリしていた。
「い、今治癒魔法掛けるから」
出血が止まらないシャリエルにアーネストは動揺を隠せずに居るものの、治癒魔法を掛けて行く、綺麗な金髪が少し黒く染まっていた。
一体どんな戦いをすればこんなにもボロボロになるのか……魔剣が無いと何も出来ない自分が情けなかった。
「ごめん……シャリエル、私リーダーなのに守れなくて」
頬にアーネストの涙が当たる……何故泣いて居るのだろうか。
「なに……泣いてるのよ、戦いはまだ終わってないわよ」
震えた手でアーネストの涙を拭う、彼女が無事でよかった。
他のメンバーも気になるが魔法の影響もあり尋常では無い痛みが身体全体を襲う、立ち上がる事すら出来ない程にボロボロだった。
「一先ず何処に……」
シャリエルを抱き抱え立ち上がるアーネスト、辺りはまだ洗脳された兵士達が暴れ回る戦場、安全とは言えなかった。
「そうだ、サレシュ達が街の外れにある教会で取り残され人達を避難させてるの、そこなら取り敢えずの処置も出来るはず……」
「悪いわね……」
懐から魔紙を取り出すアーネストに礼を言う、その言葉に彼女は何も言わず微笑んだ。
ライノルドを操って居る元凶が何処に居るかの情報は掴んで居るがアーネストに話す訳には行かなかった。
彼女では絶対に敵う相手では無いはず、怪我をして居る今ではさっきの対価魔法を使う事も出来ない……悔しいが今は傷を癒すしか出来ることは無かった。
魔紙をアーネストは破り捨てると辺りは光に包まれる、シャリエルの瞳には無数の糸が束になる王宮が写っていた。
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