第2章ジャルヌ教編
第22話 ジャルヌ教
「くそっ!!」
まだ完全に日が昇り切らない帝都オーリエスの王宮中庭にある演習場の木製人形を木刀で雑に殴りアダムスは叫ぶ、その叫び声は静かな王宮内に響き渡った。
片腕を失ってから一ヶ月間ずっと稽古を続けた……だが何も変わらない、今の自分にアルスセンテを名乗る資格は無かった。
「荒れてるな、アダムス」
木刀を叩きつけ息を荒げるアダムスの後ろから不意に男の声が聞こえる、その声にアダムスは振り向くとそこには白い鎧を身に纏った赤髪の大柄な男が立っていた。
「ジル団長……」
ジル・モルガレッド、アルスセンテの団長にしてセルナルド王国のライノルドと肩を並べる程の実力を持った帝都最強の騎士……別の名を赤獅子のジルと呼ばれていた。
普段は温厚で仲間を大切にする良い団長、だが一度戦場に立てばどう猛な獅子の如く敵を切り裂いて行く、それ故に赤獅子のジルと呼ばれていた。
「一ヶ月前……この国に居てやれ無くてすまないな」
そうアダムスの腕を見て罪悪感を抱きながら言うジル、だがアダムスは首を横に振った。
「いいえ、この腕は……己の未熟さが仇となって失いました、団長が謝る必要はありません」
そう言って木刀を拾い上げるアダムス、それを見るとジルは籠から無造作に木刀を一本取り出すと構えた。
「何をして居るのですか……?」
ジルの行動にアダムスは首を傾げた、彼から剣術の教えを受けれる……それは奇跡に近いものだった。
ジルはアルスセンテの団長故常に忙しい、それに昔自身が部下に教えて居る途中不慮の事故とは言え部下を大怪我させてしまったと言う、その後悔からなのか彼は人に教えるのを辞めたと聞いていた。
それ故にこの状況はアダムスにとって理解し難いものだった。
「構えろ、稽古をつけてやる」
その言葉に慌ててアダムスは木刀を構えた。
「行くぞ」
そう言うとジルは一瞬にして距離を詰め目の前まで迫る、190はあろう巨体であのスピード、流石団長だった。
アダムスは攻撃を受け止めようと木刀を持って居る手を上げようとする、だがジルはその手を片手で押さえ動かない様にして居た。
「くっ……!」
アダムスは咄嗟に後ろへ飛ぼうとする、だが足を踏まれ後ろに飛ぶことも出来なかった。
次の判断に迷って居るとジルの拳が目の前に迫る、そして鼻先でとまるとジルは踏んで居た足を退かし手を離した。
「両手は流石に大人げ無かったな、次は対等に片腕だ」
そう言って左腕を体の後ろに回し右手で木刀を持つジル、強さの余韻に浸って居る暇は無い様子だった。
「次はこちらから行きます!!」
そう言いアダムスは先手を取る、先程のスピードで仕掛けて来る訳でも無くジルはその場で受けの体勢だった。
アダムスは木刀を構え振りかざす振りをして至近距離で視界を塞ぐように投げる、そして頭上に飛び上がり頭目掛け足を振り下ろす、だがジルは木刀で軽々と木刀を弾きアダムスの足を受け止めるとそのまま片腕でアダムスを吹き飛ばした。
吹き飛んだアダムスは木刀入れに当たり木刀を撒き散らす、桁外れの力に予測能力……何もかもが自分の数倍上だった。
「団長は強いですね……」
「まぁアダムス、お前より長く生きその分鍛錬してるからな」
鍛錬……果たしてそれで到達する域なのか怪しいレベルだった。
「だが話しに聞くとお前クリミナティの重要手配人の一人ミリアと対峙して引かずに戦い続けたんだろ?」
「はい、ですが結果的に腕を奪われこの始末です」
あの戦いは誇れたものでは無い……圧倒的実力差、殺されなかったのも相手が遊んで居たからだった。
「お前があそこで食い止めて居たお陰で街の人々の被害が減った、あのままだったら恐らく今の倍はあいつらに殺されて居たぞ?」
「ですが俺がもっと強ければ仲間も死なずに……」
そう言い俯くアダムス、それを見てジルは背中を叩いた。
「望みすぎるな、それに何事にも犠牲は付き物、全てを救える訳では無い……」
そう言って少し表情を曇らせるジル、その表情にアダムスは疑問を抱きながらも頷いた。
「とにかくだ、お前はアルスセンテの中で1番弱いかもしれない、だが勇気と言う面ではお前が1番だ……誇れ」
「俺が……1番……」
そう言ってジルは拳を胸に当てる、団長からの1番と言う言葉は特別嬉しかった。
「それよりも例の事でアルスセンテに集合を掛けてある、早く来いよ」
そう言ってジルは中庭から王宮の中へと入って行く、例の事……恐らく最近になって活発的に動き出したジャルヌ教と言う宗教団体の事だった。
一ヶ月前、ジャルヌと呼ばれる聖天使がこの国……いや、この世界にある奇跡をもたらした。
それは死んだ者の蘇生、ジャルヌは街に現れては大切な人を蘇生してくれる聖天使として突如この世界に現れた、やがてその行いは大陸に広まり、人々はジャルヌの事を信仰しだした。
『信仰ある所にジャルヌあり』
その言葉通りジャルヌを信仰する者にはジャルヌの加護が与えられ、そして死者を蘇らせてもらって居た……此処で終わりならば良い話で終わる、だがこれで終わりでは無かった。
ジャルヌに正直問題は無い、だがジャルヌを信仰する者達が彼女への供物と称して子供を捧げて居るのだった。
なぜ子供なのかは分からない……ただ大陸中に広まったジャルヌ教、被害は甚大なものだった。
それ故にアルスセンテはジャルヌ教のイカれた教徒、通称ジャルヌ狂を叩き、間違った知識を正す為の作戦を今から開くのだった。
「死者の蘇生か……信じられないな」
散らばった木刀を治しながらボソッと呟く、死者を蘇らせる……そんなのはこの世の理に反して居る気がした。
人には寿命がある、その寿命に背く事は禁忌……そう教わって来た、その教え通り父も母も少し早い寿命でこの世を去った……蘇生して欲しいと思いはしなかった。
アダムスは演習場のベンチに置かれた鎧を着ると剣を腰に携えて集まりへと向かう、長い廊下を数回曲がり少し大きめな扉を開けて中に入るとそこには丸い机を囲むようにアルスセンテのメンバーが座っていた。
「これで全員揃ったな、それじゃあ始めるか」
アダムスが来たのを確認すると会議を始めるジル、あまり物音を立てないように椅子を引いて座ると剣を机に置いた。
「アダムスさん、腕災難でしたね」
隣に座って居た青髪の少女が心配そうに話し掛けて来る、彼女はフィルディア、アルスセンテで唯一同年代の子だった。
ただ同年代と言っても実力は天と地の差、生まれながらにしてアルスセンテ入りを約束された剣術の天才だった。
「心配ありがとうございます、でも案外大丈夫ですよ」
「そう……ですか?あれでしたら義手でも作らせましょうか?」
「義手……ですか、この会議が終わったらお話し聞いても良いですか?」
「ええ、是非」
そう言って微笑むフィルディア、義手は考えた事も無かった。
「あー、お前達ジャルヌ教が最近出来たのは知ってるな?」
「知ってるぜ、この街にも教会が三つくらい出来てるしな、全く街を再興せずに何作ってんだか」
そう言って呆れる短い金髪の少し目つきが悪い青年、彼はアルドス、ジルの次にアルスセンテの部隊に長く居る人物だった。
経験した戦争は数知れず、まだジルが団長では無い頃から彼を知って居るジルの友人でもあった。
「街の再興に関しては我々も協力するつもりだ、それよりもジャルヌ教が供物として捧げて居る子供についてだ」
「子供を供物に……物騒な話だね」
ジルの言葉に体を震わせて反応する片目が隠れた赤い目をした金髪の少女、彼女はシュリル、アルスセンテ唯一の冒険者上がりのメンバーだった。
実践経験値がジルやアルドスと変わらず、モンスターに対してなら彼ら以上の実力を持つ元プラチナタグの少女だった。
「ジャルヌ教で掴んで居る事は子供を供物にする際、自身の子でも無くて良いという事、クリミナティのメンバーが多少関与して居る事、主な活動拠点は恐らく教会という事位だ」
「教会が活動拠点と分かって居るのであれば直ぐに叩く事が可能なのでは?」
フィルディアがジルの言葉に手を上げて答える、だがジルは首を横に振った。
「そう簡単には行かん、ジャルヌ教も他の宗教と同じく表向きはちゃんとした宗教だ、そこに行きなり軍人が介入するのは正直な所得策では無い」
「それじゃあどうするんだよ」
「解決策はある、我々もジャルヌ教徒になれば良いのだ」
「ジャルヌ教徒?」
ジルの言葉に彼以外のメンバーは声に出し疑問符を浮かべた。
「そうだ、軍人だからと宗教をしては行けない決まりは無い、それに幸い此処に居るメンバーは無宗教……だから我々がジャルヌ教徒を演じ、内部から探ると言う訳だ」
「しかしアルスセンテのメンバーが急にジャルヌ教徒になると怪しまれませんか?」
アダムスの言葉にジルは待ってましたと言わんばかりの表情をした。
「そこでだ、先日の襲撃で母を亡くしたフィルディアとアダムス、お前達が潜入してくれ、決定的な証拠を掴め次第俺たちは叩きに行くからな」
「俺とフィルディアですか……フィルディアは分かりますが何故俺が?」
天才のフィルディアとは違い自分はまだまだ未熟、それに片腕も失った……ジルの真意が分からなかった。
「この作戦はなるべく若い奴が良くてな、俺とアルドスは言うほど若く無い、それにシュリルには別の仕事があるからな」
「分かりました」
ジルの言葉にアダムスは頷いた。
「よし、それじゃあ解散するか、後の事は二人に任せる……ただ決定的な証拠を掴むまでは手出しをするな、隠蔽される可能性もある、物を掴め」
「はい!」
ジルの言葉にアダムスとフィルディアは頷くと会議は解散された。
戦争とはまた違った作戦……少しだけ緊張して居た。
今までやった事の無い潜入任務……だがここでしくじれば子供達はこれからも生贄にされる、それだけは避けたかった。
「これからよろしくお願いしますね」
続々とアルスセンテのメンバーが部屋を出て行く中残ったフィルディアはアダムスの前に手を差し出しそう言う、その言葉にアダムスも手を握った。
「よろしく、それと義手の話しを聞いても?」
「あ、そうでしたね!」
忘れて居たのかそう言って笑うフィルディア、その反応に自然とアダムスも笑って居た。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます