第20話 愛を知った日
「此処が私の家、貴方の職場ね」
ジーニャに連れられ街から少し離れた場所にある豪邸を見てフェンディルは思わず息を飲んだ。
今までに見た事のない豪邸、庭には噴水があり鮮やかな花が活けられている、周りの美しい花々が大きな豪邸をより一層引き立てて居た。
街中にあった貴族たちの住む家よりも一回りジーニャの家は大きかった。
「凄い家だな……お前の独断で採用して良いのか?」
「お前じゃなくてジーニャ様、嫌ならジーニャでも良いけどね、まぁこの家には私しか住んでないの、両親と兄弟は向こう」
そう言って指を指すジーニャ、その指は城を指して居た。
「何で一緒に住まないんだ?」
「向こうが嫌なんだって、私のこの目が忌まわしいらしい……」
悲しげな表情で何処かを見つめ言うジーニャ、一人……その境遇は何処か自分と似ていると感じた。
「でも貴方が助けてくれて嬉しかった、私はこの街でも忌まわしき目を持つ子として有名なの、目の色が違うだけで魔物とのハーフと疑われる……他種族共存を掲げている国なのに笑えるよね」
見た目から察するに凡そ16歳ほど……その年でそれ程辛い思いをして居るとは思いもしなかった。
自分もサイクロプスとして生まれた、だが見た目が人間に近いお陰でサイクロプス以外から嫌われる事はあまり無かった……だがジーニャは同種族に嫌われれと言う点では同じだが数が圧倒的に違う、人間は数千万人と居る、それに比べてサイクロプスは数万体居るかどうか……心にかかる負担は桁違いだった。
出会う人全てに嫌な顔をされるジーニャを想像すると何故かフェンディルも少し心が痛くなった。
「辛い……思いをして来たんだな、だが安心しろ、俺が側に居てやる」
「雇ったからねー」
暗い表情から一瞬にして明るい表情へと変わる、そう言って家の方へと歩いて行くジーニャ、何故か彼女の側に居てあげなくてはならない……自然とそんな気持ちになって居た。
扉を開け中に入って行くジーニャの後ろを付いて歩く、豪邸の中は外見とは違い物があまり置かれて居ない殺風景な内装だった。
床に赤い絨毯が引かれて居るものの、絵画や壺など豪邸に大抵置いてありそうな物は何一つ無かった。
「何も無いんだな」
「掃除が面倒だからね」
そう言って進んで行くジーニャ、入り口入って直ぐにある大きな階段を上がり右に曲がって直ぐにある部屋の扉を開けるとジーニャは中へと入って行った。
閉まりかける扉に手を伸ばし扉を開ける、ジーニャが住んでいる部屋もベットに机があるだけの殺風景な部屋だった。
とても十代の少女が住んでいる様な部屋とは思えなかった。
「雇うとは言ったけど何させよう」
ベットに腰を下ろしポンポンと跳ねながら腕を組むジーニャ、耳を澄ますが彼女以外に人は居ない……恐らく食事も全て自分でやっている筈だった。
「何の為に雇ったんだ?見た感じジーニャは家事全般出来そうだが」
此処に来るまで埃が溜まっている場所が無かった、毎日掃除されている証拠だった。
「まぁね、此処に金目の物は無いから盗賊も滅多に来ないし……まぁ守ってなんて言ったけど仕事と言えば私の話し相手になる事くらいね」
そう笑って言うジーニャ、この先の生活が思いやられそうだった。
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ジーニャに雇われてから2年、何の出来事も無く日々が過ぎた。
朝起きてジーニャが作った食事を食べる、そして街に出て話しをしながら買い物をする、そして家に帰り夜ご飯を食べてまた話をする……一見退屈に見える生活、だがずっと一人だったフェンディルにとっては楽しい日々だった。
だがそんな日々もジーニャが18の誕生日を迎える朝に崩れ去った。
「今日も中々良く育ってくれているな」
ジーニャ邸の裏にある畑の野菜を見て満足そうに頷く、自給自足も大切だろうと2年前に始めた家庭菜園、今となっては本格的な野菜畑だった。
一通り水やりや雑草を抜き終えるとグッとフェンディルは伸びをする、空を見上げると雲一つ無い快晴だった。
「今日もいい天気だ」
心地の良い朝、いつも通りの朝、だがそんな朝に一つの悲鳴が聞こえた。
館から聞こえた悲鳴、その声にフェンディルは慌てて駆け出した。
ジーニャの身に何か起きた……フェンディルは裏から表に回る、するとそこには一人の少し肥えた男と数人の兵士がジーニャを連れ去ろうとして居た。
その光景にフェンディルは拳を握り締めた。
「ジーニャに何をしている!!」
不思議な気分だった。
守って……そう言われたから仕方なく居た訳では無い、側に居たいと思ったから彼女の側にずっと居た……
何故彼女の側に居たいと思ったのか……好奇心?興味本位?それは分からない。
だが連れ去られ様として居るのを見てフェンディルは今まで感じた事のない怒りを感じた。
「彼女から手を離せ!!」
兵士の一人の鳩尾目掛けて拳を撃つ、鎧は砕け散り兵士は窓ガラスを割って家の中へと吹き飛んで行った。
「な、何者だ貴様!?」
小太りの男はいきなりの出現に驚き声を裏返して居た。
「俺はジーニャ専門の傭兵だ、攫うと言うなら……覚悟は出来ているな」
「お、お前達!!」
男を守る様に立ちはだかる兵士達を軽くあしらう、ただの兵士はフェンディルにとって蟻程の脅威も感じなかった。
握り締めて居た拳を男の顔面めがけ振りかざそうとする、だがジーニャの声が聞こえた。
「待ってフェンディル!」
その言葉に拳は鼻先で止まった。
「命拾いしたな」
そう言って拳を引く、すると男は腰を抜かしながらも必死に街の方へと逃げ帰って行った。
その光景にフェンディルは嘲笑すると倒れこむジーニャをそっと起こす、心なしか辛そうな表情をして居た。
「どうしたんだジーニャ?何処か打ったのか?」
「ううん、大丈夫」
首を振りそう言うジーニャ、だが大丈夫そうには見えなかった。
「そうか……それよりさっきの奴らは?兵士の様だったが」
気絶している兵士の鎧に掘られた紋章を確認する、しっかりとセルナルド王国の物だった。
「さっきの人、私の父親なの」
「ジーニャの父親?」
暗く低いトーンで喋るジーニャの言葉にフェンディルは驚く、何故娘を攫う必要があるのか……そして何故今日に限ってジーニャの体調が優れないのか、不自然な事ばかりだった。
「あのねフェンディル……私言わないといけない事があるの」
「どうした?」
「私……今日死んじゃうんだ」
ジーニャから聞こえた言葉は余りにも現実感の無い言葉だった。
「え?冗談だろ?」
フェンディルはそう言って笑うがジーニャは真剣な表情で首を振った。
「何で……なんだ?」
「私の目のことは話したよね」
「あぁ」
常に魔法が発動されていると言って居た目、だがそれと今日訪れる死の関連性が分からなかった。
「この目ね、魔力で発動している訳じゃ無いんだ」
「魔法じゃない……のか?」
「魔法って二種類あるの知ってる?魔力を使って発動する魔法と寿命を削って発動する魔法……」
その言葉にフェンディルは全てを察した。
「父がさっき言ってたの、私は戦争の道具として使われる筈だったって」
「戦争……?」
「そう、特殊な魔法を子供に掛けて魔法を寿命と引き換えに継続して発動させ続ける、最初の数年は訓練、そして残りの寿命を戦争の道具として使う……でも私のサーチは戦闘では役立たずだったからこうして捨てられたの」
その言葉にフェンディルは驚愕した。
やっている事は人体実験と何ら変わりない……外道のする事だった。
「魔法なら解除は?」
「無い」
無情にもジーニャはそう答える、だがフェンディルは諦め切れなかった。
ジーニャをどうにかして助けたい……彼女を守ると誓ったのだから。
だがその時一つの違和感に気がついた。
「何故あいつらはジーニャを連れて行こうとした?」
今日で死ぬジーニャ、できる事など何も無いはず……今更家族と会うなんて事もない、その時後ろから声が聞こえた。
「ライノルド様、あいつです!私の娘を攫いずっと此処で監禁して居たのは!」
声の主はジーニャの父親だった、彼の隣には王国最強と名高い赤い鎧を身に纏ったライノルドが立って居た。
「その子から離れろ」
そう言って剣を抜くライノルド、誤解を解く……そんな事はもうフェンディルはしなかった。
そっとジーニャの頭を撫で剣を抜く、さっさと倒して魔法の解除法を父親に聞き出す……それしか方法は無かった。
ジーニャはなす術がないと言った……だがフェンディルはどうしても諦め切れなかった。
ライノルドは自身の背丈に近い重々しい剣を抜くと重さを感じさせない程のスピードで斬り掛かって来る、それを剣で受け止めると辺りには凄まじい風圧が生じた。
フェンディルはライノルドごと剣を弾く、一度剣を交えただけで分かる……彼はかなり強かった。
「中々強いな」
そう言いライノルドは嬉しそうに笑う、彼の一撃を受け止めた人物は久方振りだった。
もう一度同じ方法で突っ込もうと剣を握る手が強くなる、そして足をグッと踏み込んだその時、ジーニャが吐血した。
「ジーニャ!!」
フェンディルはライノルドと対峙しているにも関わらず剣を捨て背を向けた。
その隙をライノルドは逃さなかった。
「本気のお前とやって見たかった」
その言葉と共に激しい痛みが背中に走る、だがフェンディルは顔色一つ変えず笑顔でジーニャを抱き抱えて居た。
「ジーニャ……大丈夫、俺が守る」
フェンディルの行為にライノルドは違和感を感じた。
攫ったと言う割にはジーニャの表情が嬉しそう、とてもフェンディルが悪人とは思えなかった。
「後で……説明してもらいますよ」
ライノルドはジーニャの父を睨みつける、その圧にジーニャの父は再び腰を抜かした。
「ねぇフェンディル……」
「どうしたんジーニャ?」
「私ね……何で貴方を雇ったかやっと分かったの」
「話し相手が欲しかったんじゃないのか?」
「それもある……でもね、私夢があったんだ」
「夢?」
「うん……人間もエルフもケットシーもオーガもゴブリンも皆んな……幸せで争わず暮らせるそんな世の中を作りたいって」
その夢は不可能に近い……そう分かって居ながらもフェンディルはその夢を否定しなかった。
「それが俺と何の関係が?」
「関係無いよ」
そう言って笑うジーニャ、こんな状態になっても笑わせようとしてくれる彼女にフェンディルは溢れそうになる涙を必死に堪えた。
彼女の前では笑顔で居たいと何故か思うから泣きはしなかった。
「貴方を雇ったのは好奇心……でも一緒に暮らして居ていつの間にか好きになってた、一人退屈だった日々が貴方と出会って凄く楽しくなったの」
「す……き?」
好き、その言葉の意味がフェンディルには分からなかった。
「そう、この人とずっと一緒に居たい、離れたく無いって思う事……私はフェンディルにそう思っちゃったんだ」
その言葉を聞きようやくフェンディルは理解した。
自分はジーニャの事が好きだったのだと。
彼女から離れたく無い、ずっと永遠に一緒に居たい、好きと言うのはこう言う事なのかと……ジーニャが死ぬ間際になって知った事を後悔した。
「あーあ……私が普通の女の子だったらフェンディルに告白して結婚したのになぁ」
「ははっ……俺はおっさんだぞ?」
「好きに年齢なんて関係無いよ」
そう言って笑うジーニャ、咳込むたびに血が辺りに飛び散って居た。
「最後に……言わせて?」
「最後なんて言うな……」
「ごめんね……でも言いたいの、フェンディル、愛してる……大好きだよ」
「俺もだ……愛してる、ジーニャ」
フェンディルの口から『愛している』と言う言葉を聞きジーニャは凄く嬉しそうに微笑む、そして彼女はそっと瞳を閉じた。
何故もっと早くこの感情に気が付かなかったのか……何故彼女をもっと早く愛せなかったのか……フェンディルは生き絶えたジーニャを見つめながら自分の無知さを後悔した。
何度も何度も……だが後悔してもしたり無かった。
我慢して居た涙は溢れ出る、動かなくなったジーニャを抱きしめフェンディルは初めて声を出し泣いた。
これがフェンディル・ワーグストが初めて愛を知り、それと同時に人を最後に愛した日だった。
それから数年、フェンディルは森の奥で一人ずっと自身を磨い、そしてある日アルセリスに召喚されたのだった。
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