第18話 泉の守護者
「醜いなぁフェンディルよ」
名を名乗っても居ないのにフェンディルの名を呼ぶ魔神、見た目は普通の人間、だが魔の者たちから見ればサイクロプスにも関わらず人間に近い見た目をしているフェンディルの存在は忌まわしくて仕方が無かった。
「うるさい!!」
フェンディルはグッと踏み込む、踏み込んだ地面にヒビが入った。
「怖い怖い、だが我も女神に仕える身、此処を通す訳には行かない!」
そう言い魔神も拳を構える、その姿を見てフェンディルは違和感を感じた。
何故魔法を使わないのか。
魔神族は基本魔法を主体に戦う、肉弾戦はあまり得意では無い種族の筈……だが目の前の魔神は確かに拳を構えている……不自然だった。
「ボサッとしていると死ぬぞ?」
そう言い魔神はとてつもない速さで突っ込んで来る、フェンディルは魔神の皮膚を掴みグッと引き寄せるとそのまま地面に押さえつける、そして空いている手に魔法を纏わせたその時、魔神の体から煙が上がった。
「やめてよフェンディル……私を忘れたの?」
その声にフェンディルは思わず手を離した。
「そ、その声は……いや、あり得ん……これは幻術だ」
聞き覚えのある懐かしい少女の声……だが彼女は此処にいる筈が無い、フェンディルは頬を叩き気合を入れると前を向き斧を構える、だが煙から姿を現した人物を見て手から斧が落ちた。
静かになった洞窟には斧が地面に落ちる音だけが響き渡る、フェンディルの目の前には赤く綺麗な髪色をした右と左で目の色が違う少女が立って居た。
「久しぶりだね……フェンディル」
「ジ、ジーニャ……」
フェンディルの目の前に立って居る少女はジーニャ、フェンディルがアルセリスと出会う前共に居た少女だった。
だが彼女はもうこの世に居ない……その事を思い出しフェンディルは斧を拾い上げた。
「偽物め……そんな事で俺の心を揺るがそうとしても無駄だ」
そう言い斧に光の属性を付与する、その行為を見てジーニャは悲しげな表情をした。
「フェンディル……私は本物よ、魂憑依……魔神の体に私の魂を憑依させてるの、今は攻撃も効かない……実体が無いからね」
そう言って自分自身を触ろうとするが透けるジーニャ、その姿を見てフェンディル斧を再び落としそうになるが握り締めた。
「そうか……だがジーニャ、俺にもう未練は無い、アルセリス様と言う尊敬出来る主人を見つけた、魔物や魔獣、人間と言った種族の違い関係なく接してくれる……素敵な人だ」
「そう……私達の言っていた夢が現実になるのも遠く無いのかもね」
そう言って笑うジーニャ、すると体が光に包まれ始めた。
「遅いと思ったらこんな所で道草を食べて居たか、全く浄化魔法を覚えたらどうだい?」
「すまないな」
後ろから優雅に歩いて来たリリィにそう言って斧をしまうフェンディル、彼女が洞窟に入る気配を察知しフェンディルは時間稼ぎをして居たのだった。
『かっこよくなったね……フェンディル』
その言葉を残しジーニャは姿を消した。
「くっ……思い出から大切な人を引き出し無抵抗で殺そうと言う作戦が台無しだ!!」
ジーニャが消え魔神が姿を現わす、だがリリィは彼の話を聞こうともせず足元に魔法陣を出現させた。
「魔神族は珍しいけど君は醜い、せめて散る時は美しく……ね?」
「ま、待ってくれ!や、やめ……」
魔神が手を前に出し命乞いをする、だがリリィは微笑むと魔神は光に包まれた。
魔神は言葉には表せない程の悲鳴を上げ光に包まれた灰になって行く、浄化魔法の上位、昇華魔法……綺麗な魔法だった。
「うーん、中々綺麗だったね……それじゃあ女神に会いに行こうか」
「そうだな」
肩に付いた埃を払って言うリリィの言葉に頷くフェンディル、魔神の魔法とは言え久しぶりに懐かしい人物に出会えた……悪い気分では無かった。
フェンディルは扉を開けると中へと入る、すると目の前には泉のど真ん中にポツンと小さな木が生え、それを照らす様に陽の光が当たる不思議な空間が広がって居た。
「うん、中々美しい空間だね」
リリィは辺りを見回しながら頷き泉を覗き込む、泉にはリリィの美しい顔が浮かんで居た。
「いつ見ても私は美しいなぁ」
泉に映る自分に見惚れているリリィを他所にフェンディルは浅い泉を渡り中央の木まで歩く、そして木の目の前で止まるとしゃがみ込んだ。
「こんな所に一つだけ植物は不自然だな」
辺りに苔は生えているものの木なんてものは存在しない、誰かが植えた……それ以外には考えられなかった。
だが誰が植えたのか……フェンディルが頭を悩ませているとリリィの叫び声が聞こえた。
「ひぃやぁ!?」
美しくカッコいいリリィのからは想像も出来ない乙女な叫び声にフェンディルはすぐ様視線をリリィに移す、するとそこには真っ白なワンピースの様な服を着用し、羽を生やし頭上に輪っかを浮かばせた如何にも女神と行った風貌の女性が浮いて居た。
「門番を倒すなんて中々強いですね貴方達」
恐らく突然現れたであろう女神は座り込むリリィに手を差し伸べる、リリィは手を掴み立ち上がると埃を払った。
「女神さん、名前を教えてもらおうか」
礼も言わずに尋ねるリリィ、彼女の表情はとても険しいものだった。
「私の名はセレスティア、使役を司る女神です」
「セレスティア……フェルティアでは無いか」
ボソッと呟くリリィ、そして安堵の溜息を吐くといつもの表情に戻った。
「貴方達はこの泉に何用ですか?」
「何用ってそれは……」
リリィは問いに答えようとする、だが良く良く考えると何故泉の探索に向かわされたのか、詳しい理由を聞いて居なかった。
リリィはフェンディルの方を見る、その視線の意図を察したフェンディルは耳元に手を当てた。
『アルセリス様、泉を発見致しました、泉の主は使役です』
『良くやった!俺も後から向かう、お前達は帰還していいぞ!』
そう嬉しげに言い通信を切るアルセリス、その様子にフェンディルは少し驚きながらもリリィの方を向いた。
「リリィ、帰還するぞ」
「え?見つけるだけで良かったの?」
「みたいだな」
アルセリスの意図が見えない二人はモヤモヤとしたものを抱えその場を去る、誰も居なくなった泉には一人セレスティアがポツンと取り残されて居た。
「私は何のために……?」
首を傾げそう呟くセレスティアの声は静かな洞窟で微かに響いて居た。
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