第9話 猫

「おい、あの防具見てみろよ」



「やばいな、真っ黒の鎧なんて見た事無いぞ」



様々な装備の冒険者達が集うギルドの中でもアルセリスの姿はを異質だった。



真っ黒の鎧姿は冒険者と呼ぶにはあまりにも禍々しい風貌だった。



「妙に注目されますね」



周りの視線に威嚇するマールを他所にギルドの受付へと足を進める、そして受付嬢の前に立つとスッと手を伸ばした。



「な、なんの御用でしょうか?」



アルセリスがただ手を伸ばすという行為に怯える受付嬢、だがアルセリスは気にせずに口を開いた。



「冒険者申請をしたい」



「ぼ、冒険者申請ですか……」



その言葉にポカンとする受付嬢、この見た目で冒険者申請なのだから無理は無かった。



ゲーム時代はダイヤモンド級冒険者だったのだが、この世界に来たと同時に何故かタグが消失していたのだった。



理由は分からない……ただワールドウェポンや消費アイテムは残っているが王宮の鍵などのキーアイテムは消えていたのだった。



「そ、それではこの書類に名前と職業をお書き下さい」



そう言って一枚の紙を渡す受付嬢、ゲーム時代は自動的に冒険者登録されていた故に少し新鮮だった。



名前と職業だけの記入欄、生まれも育ちも関係無いのが冒険者の良いところだった。



アルセリスはセリスと言う偽名を名前の記入欄に書くと職業は戦士とだけ書き受付嬢に手渡す、すると恐怖も和らいだのか受付嬢は普通の対応に戻っていた。



「セリス様で冒険者登録致します、こちらが初級冒険者の証、白タグです」



そう言いアルセリスにタグを手渡す受付嬢、その時ある違和感を感じた。



カフェのマスターに言われた試験と言うものが無かった。



向こうから何か言ってくる様子もなく、マールの手続きに移り始める、見た目のお陰で無かったのか……終わった今となっては知る由も無かった。



「しかしダイヤが白か……」



冒険者見習いと見るや周りの冒険者達も恐怖していたのが今や嘲笑へと変わっている、元ダイヤが今じゃ白タグ冒険者……少し病みそうだった。



アダマストは設定上の称号ゆえに実質ダイヤが最上位の階級だった、そこまで辿り着くのに一年も掛かったと言うのに……あの頃の苦労を考えると溜息が止まらなかった。



(ほんと勘弁してくれよ)



「セリスさん、終わりましたよ」



落ち込んでいるアルセリスの肩を叩きマールは事が終わった事を伝える、白色のタグを握りしめるマールは何処か嬉しそうだった。



ふとギルド内を見回し酒場付近に設置されたクエストボードを発見する、サクッとクエストをクリアして階級を上げ、国の上部に取り入らなければならなかった。



時間が無いわけでは無いのだがこの世界の事をもっと詳しく知る必要がある……それには各国に存在する書庫へ行かなくてはならなかった。



書庫には歴史的書物が沢山ある……正直読書は苦手だがこればかりは致し方なかった。



「マール、これから俺とお前は対等な冒険者だ、いわば相棒……敬語は禁止だぞ」



「分かりまし……じゃなくて、分かった」



慣れない口調でそう頷くマール、アルセリスはそれに頷くとクエストボードへと近づいた。



ボードに貼り付けられている紙を眺める、ゲーム時代は自身の階級より上のクエストは行けなかったが今の世界では自由に行ける様子だった。



「しかし依頼がしけてるな」



あるのはゴブリンの群れ討伐や山賊の討伐と細々したものばかり、ブロンズやシルバーでもクリア出来そうな依頼ばかりだった。



「ねぇアル……じゃなくてセリスさん、この依頼は?」



ふとマールが視界の隅っこの方に入った少し年季の入って居るシミが入った紙をボードの端から取りアルセリスに見せる、オーガグランの討伐……聞いたことも無い名前のモンスターだった。



「オーガグラン……少し興味あるな」



名前から察するにオーガの中でも長く生きた部類なのだろうか。



ふと紙に集中して居ると背後に気配を感じた。



ゆっくりと背後を振り向くとそこには赤に所々金色の装飾が施されたそこそこに良い防具を身に付けた赤い髪色をした青年の冒険者が立って居た。



「あんたらオーガグランに挑むのか?」



「あんたっておま……」



アルカド王国では考えられない言葉遣いをする青年に向かって無礼を働いたと感じ取ったマールが何かを言おうとする、だがアルセリスは即座に手で口を押さえた。



「あんたオーガグランの事知ってるのか?」



「ああ、このギルドにその依頼が持ち込まれて50年間、誰も達成した事が無いプラチナ級のクエスト……500年生きたとされるオーガの事だよ」



その言葉に軽くアルセリスは驚きを見せた。



500年などと言う年月をオーガ族が生きれるとはゲーム時代には無かった……やはり所々違うところがあるようだった。



「どんな特徴なんだ?」



「特徴か、オーガ族は基本5メートル程の赤か緑の体に鋭い牙と圧倒的な筋力を持って居るのは知ってるよな?」



青年の言葉に頷く、オーガ族とはまだゴールドだった頃に死ぬ程戦った、いやでもその特徴は知っていた。



「だがオーガグランの体長は10メートル、体の色も黒く鋼の様な肉体で剣も通らないんだ」



「黒いオーガか……」



興味深い話だった、黒に変色した鋼鉄の体……少し引っ掛かるが突然変異なのだろう。



「それに加えて知性も高くてな、基本群れを為さないオーガ族を統率し一つの集落を作ってるんだ」



「オーガを統率か、面白いな」



知性のないオーガが一つの集落を……少し気持ちが昂ぶって居た。



「悪い事は言わない、強さに自身があるとは言えオーガグランには挑むな」



真剣な表情でそう告げる青年、だがこんなにも面白いクエストを逃すわけには行かなかった。



「忠告感謝する、だが俺は大丈夫だ……良い知らせを持ち帰るよ」



「なっ!?」



その言葉を告げてクエストの紙を受付に提出したクエスト受注をするアルセリスに驚く青年、アルセリスは受注が完了するとそのままギルドを出た。



「初クエストだマール、気合い入れるぞ」



仮想が現実となったこの世界での初めてのクエストに少し興奮気味のアルセリス、だがマールの返事が無いことに気が付き隣を見るとそこにはマールの姿は無かった。



「おいマール?どこ行ったんだ?」



辺りを見回して見るがマールの姿は無い、あの白い髪の女が来たのか……いや、気配を感じなかったのを考えるとマールが1人で何処かへ行ったとしか考えられなかった。



だが初めての街で何処へ……アルセリスはマールを探しに行こうとしたその時、路地裏からマールの声が聞こえて来た。



「わわっ!!」



何かに驚く様な声、アルセリスは少し早足で路地裏へ向かうとそこには猫と戯れるマールの姿があった。



「あ!セリスさん見てこの子!」



そう言って猫の脇を掴んでアルセリスの前に出すマール、その顔は何とも言えない憎たらしい表情をして居た。



「な、何だこいつ」



「路地裏に入るのが見えたから追っかけて捕まえたの、名前はもちょろけって言うんだよ!」



「も、もちょろけ?」



ネーミングセンスも気になるが見つけたばかりの猫に名前を付けるのは流石に早い気がした。



だがマールの性格設定を考えると無理も無いのかも知れなかった。



彼は可愛いものには目が無い、と言う設定……それ故に猫を追い掛けたのだろうが……



「ぶにっ」



変な声で鳴く猫、これは可愛い……とは言えなかった。



でっぷりとした体型の憎たらしい猫……だが不思議と憎たらしいのに憎めなかった。



「ぶなっ」



(鳴き声変わった?!)



ぶにっからぶなっへの変化に思わず心の中で突っ込む、オーガグランの緊張も何処かに消えてしまって居た。



「それでそのもんじゃら?はどうする気だ?」



「もちょろけだよセリスさん」



「あ、あぁ……それでそいつはどうするんだ?」



依然として憎たらしいもちょろけを指差し尋ねた。



「私のペットにする!」



「ぶぬっ!」



勢い良くそう言ったマールに続いて鳴くもちょろけ、意外と相性は良さそうだった。



「ペットかぁ……」



そう言いもちょろけに視線を移すアルセリス、別に飼ってはいけない理由も無い……マールも楽しそうだし問題は無さそうだった。



「まぁ……大切にしてやれよ」



「はいアルセリス様!!」



「ぶにゃー!!」



2人して同時に喜ぶ、その光景は微笑ましいものがあった。



「それじゃあオーガグラン倒しに行くぞ」



「はい!」



「ぶねっ」



緊張感の欠けるもちょろけを連れ、アルセリスは心の中で気合を入れ直すとクエストの紙に書いてあるマゾヌ森林と言う場所へ向かった。

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