一表

エリー.ファー

一表

 黒く淀んでしまいたいとそう言う者が多すぎて、私はいつの間にかこの町を出ていた。

 町に住む人間たちのその口から掃きだめのような言葉が出るのを聞きたくなくて、外に出ることにした。何の意味もない。ただただ現状を変えたいという、自分の人生に変化をもたらしたいという、考えが突き動かしてくれた。

 私の住んでいた村はおかしかったのだ。

 ネガティブというか、思考が後ろ向きである、というか、そのように生きていくことが人間にとっての美徳であると信じて疑わない人間が多かったのである。確かに、それは人として自分の生き方を選んでいるという事であり、私がそこに口を挟む権利はないだろう。

 間違いはない。

 間違いはないのだ。

 それは、そうだと思う。

 しかし。

 私は確かに、その町を出た。

 自己評価を下げることと、どことなく意味もないへり下りの繰り返しによって住みやすい世界を作るというその哲学に嫌気がさした。

 何故なのだろう。

 ほんの少しまで、私はあの中にいたのだ。

 それこそ、その集団のことを気持ち悪いと言っていた、誰かのことをむしろ変人だとすら思っていた。

 今になってみれば、私は今日からそちら側だ。

 あの集団の異分子であり、少数派となった。

 村から外に出ると、急に、夜が追いかけてきた。

 先ほどまで太陽が昇っていた中の表面は、黒く影らしい影も見えなくなるほどのただの純粋なる闇の中に取り込まれてしまった。

 嘘だ。

 嘘だ。

 私は前に向かって歩いている。決してあの集団から逃げたわけではい。あの集団に未練もない。しかし。しかしである。何故、私の周りの環境はそうやってそれ自体を間違いであるという風に表現するのだろう。判断を間違えた、方向性を誤った、力の出力に何か大きな判断の間違いがあった。

 誰もが、そう思っていた。

 そう思っている。

 私が間違えているのだと。

 私は。

 私のことが好きだ。

 おそらく。

 私は誰よりも、本当に心の底から私のことが好きだ。

 私はいずれ、自分を捨ててしまうだろう。

 私は私の知らない人間へと変化していき、最後にはもしかしたら自分が嫌いだと思っていた人間になっているかもしれない。それこそ、自分の中の哲学が変容し、自分を見失い、気が付けば、自分の今立っている場所さえ分からなくなるかもしれない。

 私は、そういう。

 そういう場所を歩こうとしている。

 しかし。

 間違いなく、この方向に道があるのだと分かっている。

 不思議な気分だった。

 あの村から遠ざかり、光は少なくなったはずなのに、闇に慣れ始めた私の瞳は少しずつ、世界がよく見える様になっていた。

 それは。

 自分の足がどこに向かっていて、それが正しい道なのだと確信するための証拠として機能しているようだった。

 闇の溢れる森の中を抜けることはできなかった。

 しかし、同じように森の中を歩いていく仲間に出会った。

 おそらく、この森の中を歩くのだろう。

 しかし、気が付けば、その森の中を誰よりもよく知り、過去に自分がいたあの集団が尊敬のまなざしを与えてくれるほどの能力を得ていた。

 あの町の人々が面白半分で来ては、恐れをなして逃げていくその森を、私も仲間もまるで自分の家のように歩き回るようになった。

 その内、その森でしかとれないキノコや薬草、木の実にとても素晴らしい効果があると分かる。

 私も仲間たちも当然のようにその作物の恩恵を手に入れたが。

 森の外では誰もが高値を出してそれを奪い合っている。

「この森は深いな。」

「全くだ。しかし、この森を住処にしている奴らもいるらしい。」

「化け物ばかりのこの森によく住めるものだ。」

「違うよ。その森に住む化け物がやつらなのさ。」

 私たちはいつのまにか化け物と呼ばれるようになった。

 しかし、その言葉の裏に羨望と嫉妬があることを知っているので。

 ついつい。森の化け物たちは笑ってしまう。

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