発明家拓と怪盗マリア~美術館へのインベイション~

日下奈緒

第1章 怪盗出没

好きこそものの上手なれ。


そんな言葉にぴったりな少年少女は、いつの世にもいる。



「やったね。これで完成だ。」


風車の羽を回し、満足そうにしている少年が一人。


彼の名前は、尾崎拓。


まだ11歳の小学生だ。


変な発明をしては、両親に怒られている少年だ。



「ねえ、お母さん。これ見て。」


「なあに?今度は何を作ったの?」


拓は、今完成したばかりの風車付きの自家発電機を見せた。


「これで我が家の電気は、一切かからない。」


「へえ。」


一見、家の役に立っていると思われる拓の発明品だが……



「それで、どのくらいのW数が稼げるの?」


「これでね。10KWは発電するよ。」


拓は、自慢げに答えた。


「それはすごいわね。」


「でしょう?」


鼻高々の拓。


「でもね、拓。普通の家の電気は、一日18KWも必要なのよ。」


「ええー!!」


「残念だったわね。まあ、電気の足しにはなるけどね。」


母親は、決して怒らないが、拓の発明には期待を持っていない。


だが11歳の小学生で、発明をするのはとてもすごい事だと自覚している。


だから、誉める部分は誉める。


だが、拓の発明品はどこか足りないのだ。



「もう少し、計画を練ったら?そうすれば、もう少しW数も稼げるんじゃないの?」


「うん……」


そうなると拓は、一晩中その事を考え、眠る暇もなくなるくらいに、考えるようになるのだった。


その日の夜も、遅くまで拓の部屋に、電気が付いている。


母親は、心配になって部屋を訪れた。


「拓。まだ寝ないの?」


「うん。今、どうすればW数を上げられるか、考えているんだ。」


母親は、ふぁーっと欠伸をした。


時計を見ると、時間は11時を回っている。


「小学生は、寝る時間よ。明日にしなさい。」


「待って。もう少し……」


「拓!」


母親の怒り声に、拓は一旦ベッドの中に入った。


「もう。発明はいいけれど、寝る事も発明を生む一つの過程ですからね。」


「はーい。」


そう返事して、拓は眠りについた。



夢の中でも、拓は発明の夢を見る。


『尾崎教授、今度の自家発電は、稀に見る発明ですね。』


『ははは。そうだろう。』


拓は、今作り終わった作品が、史上最良の発明品だと思って、手を挙げる。


「んー……これは……最高……」


寝言までそんな事を言って、拓は夜を過ごすのだった。


そんな夢を見るものだから、拓の朝は早い。


両親が起きる時間には、既に発明に夢中になっていた。


「よし、ここを接着すれば……」


拓はコテを用意し、部品を融接しようとした。


だがコテの一部が滑って、拓の指に当たった。


「熱い!」


コテを投げだしたら、ちょうど床にあった紙に落ちた。


見る見るうちに、その紙が焦げていく。


終いには、火が着いた。


「うわっ!どうしよう!」


周りには設計図が散らかっているので、火はどんどん燃え盛った。


「わわわっ!」


拓は腰が抜けて、何もできない。



そして、その焦げ臭い匂いに気づいたのは、拓の母親だった。


「ねえ、あなた。焦げ臭くない?」


「また何か、鍋で焦がしているんじゃないか?」


「いやね。ちゃんと火は消してあるわよ。」


「まさか!」


母親と父親は顔を合わせると、急いで2階に昇った。


案の定、拓の部屋から煙が出ている。


「何だ、これは!」


父親がドアを開けると、茫然とした拓の目の前で、紙がぼうぼうと燃えている。


「おい、消火器だ。」


「はい!」


母親が持ってきた消火器で、父親が火を消した。


間一髪、壁には燃え広がらなかった。



「うわーん!」


泣きだす拓は、母親に抱き着いた。


「もう!危ない事はしないでって、いつも言ってるでしょ!」


「ごめんなさーい。」


もうこうなると、父親も怒る気にもなれない。



そして、今度は近所の人が集まって来た。


「なに?小火でもあったの?」


両親は2階を降り、玄関を出て、集まった近所の人に謝り続ける。


「また拓君?」


「すみません。きつく言っておきますので?」



拓の発明品での騒ぎは、近所でも有名になっていた。


一方、この街には、古くからこの街を治める貴族が存在していた。


歴代の当主は、この街の領主を務めるなど、この街では知らぬ者がいない存在だった。



そして、その娘に生まれた川村利亜奈。20歳。


父は、この街の領主で、贅沢な日々を送っていた。



「あーあ、つまらない。何か面白い事はないかな。」


利亜奈がそう言うのは、毎日の事だった。


「お嬢様。また宝石の間を、ご覧になりますか?」


お付きの執事は、利亜奈が宝石を見れば、退屈が凌げる事を理解していた。


「そうね。見に行きましょう。」


利亜奈はウキウキしながら、自分の部屋を出た。



この家の宝石の間は、廊下の一番奥にあった。


「さあ、どうぞ。お嬢様。」


執事が扉を開くと、金銀財宝が利亜奈の目に飛び込んできた。


「あー、いつ見ても素敵ね。」


利亜奈の胸の内は華やぐ。


「でも、毎日毎日同じ物を見ていても、つまらないわ。」


ついに、この日がやってきた。


「では、ご両親に新たな宝石を買って頂くよう、お願いをしてみては如何でしょう。」


「そうね。」


利亜奈は、唇をペロッと舐めた。



翌日の朝だった。


忙しい両親の元、朝食は皆で食べようと言う取り決めを、家族でかわしていた。


朝食中、利亜奈はチラッと、父親の顔を覗く。


「どうした?利亜奈。」


名前を呼ばれた利亜奈は、背中を真っすぐにした。


「あのね。お父様に、お願いがあるの。」


利亜奈は、ドキドキワクワク。


「何だい?利亜奈。」


大抵の事は、両親が願いを聞いてくれる。


今回もそうだと、利亜奈は確信していた。


「あのね。新しい宝石を、買って欲しいの。」


利亜奈は、目をキラキラさせながら伝えた。


「おっと、それはいけないよ。」


いつもは、YESと言うはずの父親が、NOを言い出した。


「最近、宝石の価値が高くてね。」


「だとしても、お父様の財力だったら、買えるんじゃなくて?」


父親は、はぁーとため息をついた。


「利亜奈。我々の生活費は、人々の税金で賄われているんだ。」


息が止まる利亜奈。


「君の言う、欲に任せてお金を使ってはいけない。」


「じゃあ、あの宝石の間にある物は?」


「万が一の為、お金に換金できるようにあるんだよ。一定以上の宝石があるからね。これ以上、宝石はいらない。」


利亜奈は、頬を膨らませた。


「君ももう二十歳なのだから、領主の娘に相応しい考えをするのだよ。」


願いを聞いてくれなかった利亜奈は、不機嫌極まりない。


「車を出して頂戴。」


「かしこまりました。」


鬱憤は、大学に行って晴らすしかない。


利亜奈は、街の中にある領主が建てた、お嬢様大学に通っていた。



「あっ、利亜奈様!」


街を車で走ると、人々が手を振ってくれる。


「ごきげんよう、皆さん。」


領主の娘である利亜奈は、街の人気者だ。


「本当にお美しい。」


「あの金髪が、何とも言えないんだよな。」


利亜奈の行く先々で、人々が列をなす。


「街の人々はこうして、私を受け入れてくれると言うのに、お父様はどうして、宝石を買う事を反対されるのかしら。」


利亜奈は、不思議で仕方ない。


その不思議な気持ちは、やがて良からぬ方向へと向かう。


「そうだわ。宝石を買えないのならば、盗めばいいんだわ。」


利亜奈の胸は、いつになく躍った。



大学へ着くと、利亜奈を慕って、生徒達が大勢集まる。


「おはようございます、利亜奈様。」


「おはよう。」


返ってきた返事に、皆キャーキャー言い出す。


「そう言えば利亜奈様、今日はいつになく、ご機嫌がよろしいように、お見受けするわ。」


「そうなの。とても面白い事を考えついたの。」


「面白い事?」


「そうよ。ドキドキワクワクする事。」


利亜奈は、ニヤッと笑った。



それからだった。


「そう言えば奧さん、聞いた?」


「何を?」


「最近、宝石店へ泥棒が入っているんですって。」


「ええ?」


「それが、置き手紙には”怪盗マリア”と書いてあったそうよ。」


「怪盗?しかも女?」


町中の人は、噂を広げて行った。

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