信長転生 ~異世界行ったら魔王になる‼

トムキャット

第1話 甦る信長

四方を囲む火炎の海。障子の紙を黒炭くろずみがじわじわと侵食していく。


 懐から扇子を取り出し、敦盛あつもりを舞う。

 幾度となく演じた馴染みの動き。


「人間五十年、下天げてんのうちを比ぶれば……」

 

 駆け抜けるように過ぎ去っていった月日を思い出す。

 これがいわゆる走馬灯というやつか。

 もとを制した後は、大陸に目を向けるつもりだった。

 それがまさか、こんな途上で裏切られようとは。


「……これを菩提ぼだいの種と思ひ定めざらんは、口惜しき次第ぞ」


 天井が焼け落ちてくる。

 

 もはやここまでか。

 我が野望、潰えたり。



*



 ……おのれ光秀

 このままでは死ねん……

 このままで終われるか‼



* 



 わしの右手が虚空こくうをつかむ。


「……」


 どこだここは?

 

 わしは確かに死んだはずだ。救援が間に合ったのか? いや、あの状況で助かるはずがない。ゆうに万は超える軍勢に囲われていたのだ。だとすればわしはなぜ生きている? そも本当に生きているのか?

 次から次へと疑問が浮かんでは消えていく。


 恐る恐る左胸に手を当てる。

 とくとくと脈打つ心の臓。


 生きている……

 このたけりに間違いはない。

 ……わしは生きている‼

 

 ふははははっ‼

 ざまあみろ、あの金柑頭きんかんあたまめが‼


 ひとしきり笑った後、ふとあたりを見回す。わしはどうやら寝かされているようだった。四方を木の柵で囲われていることがわかる。


 まさか怪我でもして寝たきりになったのか?

 四肢を欠損し、二度と起き上がれない体になった自分を想像する。そんなのは最悪だ。わしの野望が、天下統一が遠のいてしまう。

 

 不吉な考えを振り払い、全身の感覚を確認する。手は問題ない。足もしっかりと動く。しかし体を起き上がらせることができない。どうやっても立ち上がることができないのだ。


 わしが困惑していると、一人の若い女がやってきた。着物とは似ても似つかない、珍妙な格好をしている。しいて言えばバレテンのそれに似ているか。


 巨大な女だった。


「******」


 その女は聞いたこともない言葉で話しかけると、柵の中に腕を伸ばし、軽々とわしの体を持ち上げて見せた。

 

 そのまま柵からわしを抱き上げ椅子に座る。そして何を思ったか、乳房を出してわしの顔に押し付けてきた。

 

 飲め、ということらしい。


 この時になってようやくわしは、事態を飲み込み始めた。

 女に首を支えられながら、小さくなった自分の体を見下ろし、確信する。


 わしは助かったのではない。

 生まれ変わったのだ。


 昔聞いた坊主どもの話を思い出す。

 曰く、『死んだ魂は輪廻の輪をめぐり、解脱するまで転生を繰り返す』


 おそらくこの女が新たな生みの親といったところか。

 いや、身なりは悪くなさそうだ。

 乳を直接与えているところから見ると乳母という可能性もありうる。

 

 するとそれなりに裕福な家に転生したことか。

 金があるのはいいことだ。金は選択肢を増やす。

 兵を雇ってもいい。

 武器を作ってもいい。

 産業に投資してもいい。


 金は金を生み、さらなる富と力をもたらす。


 光秀には天下統一まであと一歩というところで裏切られた。


 だがしかし、我が覇道、未だついえず。

 いつの日か築き上げて見せよう、アレクサンドロスのマケドニアにも勝る強国を‼ チンギスハンのモンゴルにも勝る大帝国を‼


 わしは乳を飲みながら莞爾かんじと笑った。

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