希望の短尺

朝梅雨

第1話

薄暗い檻の中で歪んだゴミの上にシナは寝そべっていた。

朝日はなく、小鳥の囀りなんてものも此処には存在しない。人の言うの生活というものを与えられることはないのだろう。

此処は塵の檻トラッシュボックス。いらないモノだけが捨てられる。持ち主が中身を消去するまで、怯えながら生かされる地獄。

「朝・・・」

目蓋を薄く開いて、譫言のように呟く。

シナにとって目が覚めたその時が朝になる。一日中朝日も月光もなく、言葉を交わす相手もなく外の情報も遮断されている静かな場所。

「・・・あの人怒ってるかな」

は、白い白衣を身に纏った不思議で無口な人。いつも檻の前まで来て、シナが願いを叶える所を見守る監視官。

此処から出たいという願いは、その人のせいで叶えられたことがない。

シナが願いを叶える為には、条件がある。

一つ目は紙の切れ端や布の切れ端に願いを書く。二つ目は、その紙や布をゴミ山の上に置くこと。

紙や布、書き物の道具などはゴミの中から書き出して見つけたものの、上まで持っていくのは一苦労だ。まして年端のいかない娘にそれほど期待できる体力はない。ただでさえ、檻に入ってから運動をろくに出来ていないのに。

「あ、やっぱりいる。おはようございます」

不機嫌なのかはわからないが、いつも無表情なので今はまだ怒っていないだろう。ピクリとも動かない。挨拶しても、返してくれない。

・・・挨拶は大事だって教わらなかったのだろうか?

まぁ、別にいいのだけれど。いちいち気にしていたら、生きていけないし。

「・・・ょぅし、できた」

彼に背を向けて紙に今日の願いを書く。

“此処から出たい”

何かを書いたことは、もう彼も知っているだろうから、もう一枚の紙に別の願いを書く。

檻の外から、ちょいちょいと手を振る彼の言いたいことはすぐわかった。

願いを教えろ、報告しろ、そういうことなのだろう。

簡潔に書いた内容を察知されないように、偽物の方を彼に見せる。

「そんなに心配しなくても書いてないよ。美味しいご飯が食べたいって書いただけ」

彼は目が良い。十分見えた筈だ。

_____なんで、こっちに来ようとするの。

檻の鍵を開けて入ってくる。檻の隙間に手を入れて、外側から内側に鍵をかけて。

「だ、大丈夫だって。わざわざそこまで確認しようとしなくても」

言葉を返す気配はなく、ただ此方を睨みながらスタスタと足早に近づいてきて。

「やばっ・・・」

捕まる。

足場が不安定なゴミの上。慣れているので躓かないし、ふらつかない。少なくとも、逃げるスピードはシナの方が上だ。塵の山を走って走って走って・・・。

「やったっ!!」

やっと願いが叶う場所まで到達した。

手を伸ばして紙を置くだけ、の筈だった。

シナよりまだ下にいる監視官が絶妙なバランスで保っている足場を思いっきり蹴り飛ばし、山を崩してしまった。

シナは体勢を崩し、真っ逆さまに落ちる。

_____今日も失敗しちゃった。

ゴミの上とはいっても痛い。たまたま袋の上に落ちたけれど、瓦礫やコンクリートにぶつかっていたらどうなっていたことか。

あぁ良かったと安心する暇もなく、監視官は近寄ってきて。

「返してよ!ねぇ!」

あっという間にシナの手から短尺を二枚抜き取っていく。

出たいと書いた短尺を破いて、“美味しいご飯が食べたい”と書かれた短尺を渡してきた。

「・・・わかったよ」

こっちの願いを叶えろ。そういうこと。

崩れてもなお高さを誇る山に登り、短尺を置く。これで今日の配布食は美味しいものが提供されることだろう。

明日こそ、叶えてやる。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る