5 ルームメイト

 リコが目覚めたときはまだ暗かった。自分が眠ったのは数時間だと思ってタブレットで時刻を確かめ、時間が巻き戻っていることに気がついた。リコはハイになると過去に戻るなんてヒッピーですら鼻で笑うようなことが本当にあるのだろうかと真剣に考え込んだが、日付が変わっていることに気がつき、自分は丸一日ほど眠っていて週末の土曜日はまるまる吹っ飛んだのだと悟った。ひどい頭痛がして自己嫌悪感があった。とても喉が渇いていたのでキッチンに飲み物を取りに立ち上がろうとして、立てなかった。足はぐにゃりとして力が入りきらず、リコは体勢を崩して転がった。リコは四つん這いで冷蔵庫まで辿り着き、飲みかけの炭酸の抜けたコーラのボトルを取り出し、そのままラッパ飲みした。コーラは幾多の戦争を生き抜いた、というより最前線まで優先的に届けられるアルコール以外の唯一の清涼飲料水であったし、そのシナモンとバニラをベースにしたフレーバーは今日なお創業者一族のもとで国家機密以上の存在として秘匿されていた。初期キリスト教エッセネ派の説く隠された神性のごとく神聖なレシピは、リコのようなジャンクフードをこよなく愛する人々によって崇拝されていた。砂糖懐疑論者がどう理論を練ろうと、カロリーとカフェインによって白く輝く鎧を着た聖騎士を宗派替えさせるのは不可能であったし、今後も無理だろう。聖騎士のもとにはいつも赤い旗が閃くだろう。

 コーラを飲み干すとリコは口を押さえて軽くげっぷをした。そしてハイになっていたときのことを思い出そうとして頭痛に阻まれた。そして視界に何か繊維のようなゴミがたくさんあることに気がついた。リコはこれもマリファナの影響なのかと焦ったが、なんとか数字のひとつは時刻だと判明した。しかしそのほかの表示については何もわからず、しまいに視界が明るくなったり暗くなったりしはじめ、リコはさらに混乱した。

「うわーん、何これ」

 リコは半べそだった。

「落ち着け。回路の復元があと少しで完了する」

「ふぇ?」

 リコは声を頭の中で聞いた。性別のない感じの不思議な音声だった。

「なになに、わたしの頭の中に誰かいるの?」

 リコは耳を押さえた。

「わたしは共生者だ。きみが望んだだろう?」

「えっ、わたし?」

「そうだ」

 リコに突然ハイになったあとの記憶が甦った。調子に乗って小瓶の液体を試し、気味の悪い生物が現れ、そして性的な恍惚感が……

「ウワーッ! わたしに何したの! えっちなことなんか経験なかったのに!」

「必要なプロセスなのだからしかたない」

「はじめてがあんな気持ち悪い経験なんて最悪……」

 リコはぐすぐすと泣き出した。

「現実のことではない。あくまできみの脳内でのできごとだ。それにそんなに嫌がられるとわたしとしても心外なのだが」

「ぐすっ」

「運の良さに感謝してほしいものだ。このように言語野を使ってコミュニケーションが取れるケースは希少なのだ。それに……」

「それに?」

「きみの本来の機能は急速に回復できている。目の機能は完全になった」

「えっ」

 混乱した視界が突然クリアになり、リコは自分の拡張された視覚機能を直感で把握した。時刻、気温、赤外線、紫外線、暗視。リコはかつてのナノテク種族が持っていた能力のごく一部を得ただけなのだが、惨めな気分が吹き飛び自信が湧いてくるのを感じた。

「肉体の可変機能も一部復元している。わたしを出現させることも可能なはずだ」

 リコは言われた通りにやってみた。リコの指先が黒く変色し、するすると伸びて小さな古の種族の形になった。

「なんか見たときと違わない?」

「若干デフォルメさせてもらった。きみたちにわたしの姿はいささかショッキングだろう?」

 どことなく丸い感じになった小さな古の種族を見て、リコはふふふと笑った。

「あなた、名前はあるの?」

「われわれに名前はない」

「じゃあフルタ。古い種族だからフルタ」

「安直だな」

「いいじゃん、かわいくて」

 リコははじめてのルームメイトを受け入れた。リコにはこれがはじまりに過ぎないことはわかっていたし、この先にどういう運命が待っているのか不安でもあったが、あらゆる困難に打ち勝つつもりでいた。

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