14話
加波子は満天の星空を見ていた。体を温めながら。嬉しさに浸りながら。その時、小さな星が流れた。加波子は興奮する。
「ねえ、見た?今の流れ星だよね?ねえ!」
加波子が亮を見ると、亮も加波子を見ていた。
「ねえ、今見た?流れ星!」
「見てねぇ。お前のこと見てた。」
どきっとする加波子。亮の顔が近づいてくる。
「待って。」
亮は加波子をじっと見る。
「ねえ、亮…。」
加波子は呼び掛けておいて黙り込む。
「なんだ?のぼせたか?」
加波子は考えていた。ずっと心に秘めていた、本当の自分の気持ち。言うか言わざるべきか。言うなら今か。この街、この状況、湯の熱さが、加波子を後押しした。
「私、亮のこと知りたい。」
「何言ってんだよ、知ってるだろ。お前のぼせたんじゃないか?」
「そうじゃなくて、もっと亮のこと知りたいの。」
亮は少し考える。
「俺は何も隠してねぇよ。…ただそういう話にならなかっただけだ。」
その時、亮は気づいた。まさかと。
「…そういう話にならにように、お前がしむけてたのか…?」
困惑した表情で何も言わない加波子。
「そうなのか?答えろよ!」
加波子は動かない。亮は加波子の両肩を掴む。
「答えろって言ってるだろ!」
やっと加波子は動く。ゆっくり頷いた。亮はさらに聞く。
「ずっとか?今までずっとか?!」
加波子はまたゆっくり頷く。亮は加波子の肩を掴んだままうなだれる。
「お前…。」
亮は思いっ切り加波子を抱きしめた。湯が飛び、波が立つ。
加波子は自分の本当の気持ちを伝えられたことに満足していた。心のしこりがなくなっていくように感じる加波子。たとえ亮に何をどう言われても、それを全て受け止めようと思った。
亮は加波子に今までずっと気を遣わせていたことにショックを受けた。気づかなかった自分を責め、嘆かわしく胸が張り裂けそうになる。そしてそんな加波子が今以上に愛おしくなった。
ふたり、色んな感情が頭の中で熱くなる。
「…お前に…そんなこと…。」
亮は何も言えなかった。どんな言葉もいい訳でしかないと思った。加波子は亮の腕をそっとほどく。亮の目を見る。亮を想う、心の深い目で。
「全部だなんて言わない!そんなこと言わない!…ただ、少しずつでいいから、亮…蓮美亮って人のこと、もっと知っていきたいって…。」
亮はまた、加波子の両肩を強く掴む。さっきより強く。湯が波立つほど加波子を揺らす。
「それならそう早く言えよ!なんでもっと早く言わねぇんだよ!」
亮の頬をつたうのは、汗なのか、涙なのか。
「亮…ごめんなさ…。」
「バカ!謝るんじぇねぇよ!」
ふたりはのぼせる寸前。しかし感情は抑えられない。亮は加波子を激しく抱く。そうすることでしか感情は抑えられなかった。加波子は亮の感情を全て吸収した。狭くて小さな露天風呂の中。ぶつかり合った感情は、弾けることなくひとつになり、ゆっくり湯へと溶けていった。
ふたりはのぼせながら部屋に入る。浴衣を着る。加波子は電気を消し、布団に入る。亮も同じ布団に入る。ふたりは向き合う。手を顔の前で握り合う。
「…さっきは…悪かった…。」
「ううん、嬉しかった。」
「もう俺に言いたいことはないか?」
「ある。」
「何だ、何でも言え。もう隠すな。」
「亮、ありがとう。最高の誕生日プレゼント。」
「気に入ってくれたか?」
「うん。すごく。」
加波子は微笑む。暗い部屋の中。微笑んだ加波子の目が涙で潤んでいるのがわかった。
「ありがとう、亮…。」
亮は加波子をやさしく包む。狭い布団の中、しばらく亮は加波子の頭をなでていた。加波子は目を閉じ、そのやさしさを感じていた。
そしてふたりは目を合わせ、キスをした。亮が加波子の浴衣を肩の下まで降ろすと、その肩は冷たかった。
「お前、寒いのか?」
「すぐ冷えちゃうの、ちゃんと暖まってもすぐ…。」
亮は思い出していた。これまでの加波子の冷えた体を。亮は慌ててエアコンの温度を上げようとしたが、加波子は止める。
「いいの、このままで。」
「何でだよ、お前…。」
「亮の…熱だけでいい…。」
亮は加波子に応える。
「寒くなったらすぐに言え。すぐあっためてやる…。」
そう言った後、亮は加波子から少し目をそらす。そして改めて加波子を見つめる。
「亮…?」
「加波子…。」
「なに…?」
「もう俺に、何も隠すな…。」
露天風呂の時とは違う、しなやかなやさしい愛で包み包まれる。加波子の体に、亮の熱が伝わる。
亮の熱が、加波子にとって一番の誕生日プレゼント。
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