15話

 年の瀬。街は賑わって大騒ぎしている。


 終業、古都。友江から。今日はどんな話だろうと加波子は思っていた。


「カナ。」

「なんですか?」

「私、結婚する。野田さんと。」


 加波子は気が動転する。あれから友江は、何度か野田とデートを重ねていた話は聞いていたが、結婚の話題は出ていなかった。


「え?!結婚?!ほんとですか??」


 冷静な友江。


「この前、正式にプロポーズされた。」

「プロポーズって、いつの間にそんな関係に??」


 友江は淡々と話す。


「んーいつかしら。会う毎にって感じかしらねー。自然と…そう彼とはいつも自然だった。デートの日時や場所を決めるのも、デート中の会話、料理の注文、移動、次のデートへの約束も…全部自然だった。ラインや電話なんかのタイミングや内容もそう。だから結婚の話も自然とね。」


 加波子からも自然と笑みが出る。


「そうだったんですか!」

「一度言ったことがあるの、野田さんに。」

「何をですか?」

「彼、私にいちいち優しいのよ。だから、そんなに私に気を遣わないでって言ったの。そしたら彼、『友江さんを想うとつい…』だなんて言うのよ?」


 ビールを飲む友江。野田の気持ちがなんとなくわかる加波子。


「…そういうのは、素直に受け取ってほしいものだと思いますよ?」

「そうかしら?」

「そうですよ。それで先輩が甘えてくれたりしたら、野田さんすごく嬉しいんじゃないですかね。」


 友江は加波子をじっと見る。


「あんた、なんでそんなに野田さんの気持ちがわかるの?」

「なんとなくですよ!なんとなく!」


 慌ててジンジャエールを飲む加波子。


「…今思うと、その言葉が決め手だったかもしれないわね…。それと、彼の持つ安心感。今までそんな人いなかったわ。」

「先輩。今、すごくいい顔してますよ?…やっと出会えたんですね、先輩の魅力がわかる人…。嬉しいな…。」


 目に涙をじんわりさせる加波子。加波子は友江の隣の席に座り、友江に抱きつく。


「先輩!おめでとうございます!」

「やだ、ちょっと、恥ずかしいからやめてよ!」

「やめません!嬉しいからやめません!あ、先輩!乾杯しましょ!」


 友江の結婚報告を受けた後、街はクリスマスムードに包まれていた。


 その年の加波子のクリスマスは暖かかった。加波子の初めての暖かいクリスマス。


 クリスマス・イヴ。加波子は亮を部屋に招き、ふたりきりのクリスマスパーティを開いた。


 加波子は、亮の誕生日には作れなかったケーキを作った。デコレーションがキラキラしている。


「なんだか、やたら派手なケーキだな。」

「豪華って言ってよ!」


 加波子はシャンメリーと事前に用意しておいたシャンパングラスをふたつ持ってきて、ふたりで乾杯をした。


 そしてキラキラしたケーキをふたりで食べる。


「おいしい?」

「うん、うまい。」

「よかった!」

「見た目が派手だったから味が心配だったけど、うまい。」

「亮ひどい!」


 ふたりきりのパーティは続く。


「亮にね、プレゼントがあるの。」

「プレゼント?」

「うん。亮のネックレスを買いに行った時、同じデパートの違うお店で買ったの。亮に似合うかなーって。」


 加波子はクローゼットから、フェイクだがレザーの袋を持ってきた。


「ネックレスって、随分前じゃねぇか。」

「誕生日にはネックレスだけ渡したかったから、これは別の機会にって思ってたら、今になっちゃった。はい、受け取って。」


 亮はゆっくり受け取る。その時もまた、少し笑みを浮かべながら。


「ありがとう。」

「いいえ。」

「…中、見てもいいか?」

「うん。どうぞ。」


 中にはニットが入っていた。亮は広げる。表はボーダー、裏は無地。上質なニットだった。加波子はそのニットを亮に当ててみる。


「サイズ、大丈夫そうだね。よかった。」

「工場に着ていくにはもったいねぇな…。」

「やだ!いっぱい着て!」

「お前と会う時に着るよ。」


 加波子はドキッとする。その言葉が嬉しかった。亮の想いやり、亮のらしさ。大切にする、そう思ってくれたのだとわかったからだ。


「俺は…プレゼントなんて用意してねぇよ。」

「私がそんなもの必要だと思ってるの?」


 きょとんとする加波子に、亮は加波子の頭をポンポンとたたいた。ふたりは笑う。


 パーティは続く。ふたりで笑い、その笑顔が部屋を明るくし、暖かくしていた。


「そういえば俺、手作りのケーキなんて食うの初めてかも。」

「そうなの?」

「ああ。」

「…嬉しい?」

「嬉しくなきゃ食わねぇよ。」

「…じゃあ、また作るね。」

「次は地味なケーキでいいからな。」

「今日はクリスマスケーキだったからちょっと派手にしただけ!豪華だって言ってよね!」


 日付が変わり、25日。クリスマスになった。


「亮、12時になった。クリスマスだよ。」

「あー、そっか。」

「亮?」

「ん?」

「メリークリスマス。」


 亮は『メリークリスマス』という言葉を口にするのは恥ずかしく、その代わり加波子のおでこにキスをした。加波子は嬉しそうに笑う。


 加波子は亮の、亮は加波子の、それぞれのネックレスに触れ、目を見つめ、愛し合ったクリスマス。


 そんなふたりのクリスマス。



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る