17話

 年末。街は年を明ける準備をしている。そんな時。突然と。


「カナ!今週末、空けといて!」


 休日。加波子は友江と会った。


 長年同じ職場にいたが、平日以外、会うのは初めてだった。少し緊張し、少し照れくさい加波子と、いつも通りの友江。そんな友江は、左手の薬指に一際輝く指輪をしていた。


 向かったのは銀座。寒かったこともあり、ほぼデパート巡りだった。友江は店に入り、物色するだけ物色し、結局何も買わずに店を出る。それに付き合う加波子。ずっと笑い、とても楽しかった。そして二人は話す、今まで行った友江の合コンの話、会社の愚痴、野田の話。話は尽きなかった。


 そして二人はビヤレストランに行く。ビールが好きな友江らしいチョイスだ。天井が高く、柱にぶらさがる丸い電球が印象的だった。


「歩いたししゃべったし、ビールが美味しいわー!」

「歩きましたねー。で、決まったんですか?入籍日。」

「4月の私の誕生日にしようかって。時期的にもちょうどいいだろうし、彼の希望でもあってね。」

「うわー!いいですねー!素敵じゃないですか!」


 興奮する加波子。そんな加波子を、親友のように姉のように見る友江。


「あんたはどうなの?」

「え?何がですか?」

「あんたのほうはどうなってるのかって聞いてるの。」

「私は何もないですよー。」


 いつものように軽く流す加波子。


「嘘。」


 友江はいつもと違った。隙がない。緊張感が走る加波子。


「嘘じゃないですよ?」

「カナ、今までそうやって私に何度嘘ついた?」

「だから嘘なんてついてませんってば。」


 いつものように流してほしいと思う加波子。その時ばかりは流さない友江。


「カナ、嘘をつくのはもう止めなさい。あんたが今までついてきた嘘、全部嘘だってわかってたから。」

「…先輩…。」

「あんたがそれでいいなら、それでいいもんなんだって思ってきたの、今までずっと。でもねカナ。あんた、楽しそうだった、手繋いで。」

「え…?」


 動きが止まる加波子。耳を疑った。まさか友江が知っていたとは。


「あんたんちの近くに用があった時。暗いし遠いし後ろからしか見えなかったけど。でもあんたの笑顔ははっきり見えた。楽しそうだった、すっごく楽しそうだった。」

「先輩、いつから知ってたんですか…。」

「えっと…暑くて半袖着てた覚えがあるから…、夏くらいかしら。」

「そんな前から…。」


 そんな前から友江は加波子を見守り続けていたのだ。嘘も聞き流し、冗談も言ってきた。


「どうしてもっと早く言ってくれなかったんですか?」

「言ったら、あんた何か変わった?」


 また加波子の動きが止まる。ひどく痛く突き刺さる言葉。


「…あんたのことだから、きっと白を切ってたはずよ。それにねぇ、人に嘘をつくってことは自分にも嘘をついてるってことよ。」

「じゃあ…なんで今になって言うんですか?」

「私、会社辞めることにしたのよ。今年度末で。」

「…え…?」

「だから今日、こうやって会ったの。でもまさか、本当に自分が寿退社するなんて思ってなかったわー。」

「そんな…。」

「初めは辞めるつもりなんてなかったんだけど、結婚を機に、一度家庭に入ろうかなってね。」


 ショックが重なり、目を閉じうつむく加波子。その加波子の腕を、友江は掴む。指輪の光る手で。加波子は友江を見る。


「私は、あんたのおかげで幸せになれたの!幸せ掴めたの!いつもあんたに励まされて、救われてきたのよ!だからあんたにも幸せになって欲しいの!あんたには本当に感謝してるわ!必ず幸せになるのよ!わかったわね?!」


 加波子は涙をこらえていた。そして小さく返事をする。


「…はい。」

「はい、は大きく!」

「はい…!」

「よろしい!」


 料理が運ばれてくる。再び会話が弾み出す。しかし友江は、加波子と手を繋いでいた相手、亮のことは一切何も聞いてこなかった。きっと友江は心配していたはずだ。聞きたいことは山程あったに違いない。しかし、友江の思いやり。加波子はありがたいと思った。


「あんたとこうして話していられるのも、どんどん少なくなるわねぇ。」

「そうですね…。でも大丈夫です、先輩。私は一人には慣れてますし、お局もしっかり引き継ぎますし。だから先輩は安心して幸せになってください。」

「あんたのそういうところも心配なのよ。」

「え?」

「あんたは何でも一人で抱え込む。でも…もう、大丈夫よね?」


 加波子は下を向く。そして声を少し震わす。


「…なんか先輩、私より私のことわかってるみたい…。」

「当たり前じゃない。どれだけ一緒にいたと思ってるのよ。それに私だってそんなにバカじゃないわ。」

「…そんな人、今までいませんでした…。絶対…幸せになってくださいね…。」


 下を向く加波子から涙が一粒落ちた。それを見た友江も涙腺が緩む。


「あんたに、いいとこ教えてあげる。」


 店を出た後少し歩き、歩道の途中で友江が止まる。


「?どうしたんですか?」

「見て。」


 友江は指をさす。歩道にひっそりと、神社の名前が彫られた石の柱がある。


「神社?どこにあるんですか??」

「ここを進めばわかるわ。あんたもお願いしてきなさい。」


 そう友江が言うと、加波子の背中を押した。そこはただの、ビルとビルの狭い隙間。長年溜まった分厚い埃。暗く、少し怖いくらいだった。加波子は意味のわからないまま友江の言われた通り、その狭く細い道を進む。まるで迷路のようだった。そこで目にしたのは、それはそれは小さな神社だった。


「ほんとにあった…。」


 加波子は関心と驚き。


 しかし今その時の加波子に願い事などなかった。昨日でも明日でもない『今』を、亮と一緒にいることができれば、それだけでいいと思っていた。亮の笑顔が浮かぶ。加波子は何も願うことなく、感謝だけをし、友江のもとに戻った。


「行ってきました!」

「よくできました!」


 加波子と友江のデートは続く。



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