9話
加波子も新しいことをしたい、そう考えていた矢先。公園でコーヒーを飲む加波子と亮。
「俺、毎週土曜、出勤になった。いつまで続くかはまだわからない。」
「え?毎週?」
「急に大量の注文が入って、週一休みがあるだけでありがたいくらいだ。」
「17日も?」
「17日?何かあるのか?」
「足立の花火…。」
加波子は持っているカンカンを見る。
「行けないな、悪い。」
「仕事が終わった後は?」
「たぶん間に合わない。…そんなに行きたいのか?」
加波子の表情は、曇りのち晴れ。
「ううん、仕事なら仕方ないよね。」
「花火大会ならいくらでもあるだろ。」
「うん。」
少し寂しそうに笑う加波子に亮は言う。
「浴衣とか着るのか?」
「あ、どうしようかな。」
「着ても意味ないぞ。」
「どうして?」
「すぐ脱がすから。」
見つめ合う、少しの沈黙。
「お前、何想像してんだよ。やらしー女だな。」
「何も想像してないし!亮のほうがやらしい!」
亮は加波子をアパートまで送る。手をつなぎながら。帰り際。
「仕事…無理しないでね…?私とも無理して会わなくていいから、体休めて…。」
「…お前は俺と会わなくて平気なのかよ。」
加波子は亮を見る。駄々をこねる子供のような目で言う。
「…平気じゃない…。」
「だろ?関係ねぇよ。」
亮の目はやさしかった。亮は加波子にキスをする。
「決めとけ。」
「?何を?」
「花火。どこに行くか。」
「あ…うん。ありがとう。」
加波子は笑った。
足立の花火に、本当は行きたかった加波子。東京で一番早い花火大会。加波子の住む、亮の住む、ここ足立の花火を、亮と一緒に見たかった。
そして迎えた17日。加波子はねこ姉と庄子と会うことになった。丁度良く3人都合が合ったのだ。その夜ひとりで過ごすのが嫌だった加波子。ねこ姉達と都合が合ったのはラッキーだった。
花火大会。その日ばかりは、どこからこんなに人が集まるのだろうと思うほど、人で賑わう。駅が賑わう。街が賑わう。区が賑わう。お祭り騒ぎだ。その人々の流れに逆流しながら、加波子はねこ姉たちに会うため渋谷へ向かった。
終電より少し前の電車。加波子の降りる駅の一駅前で、いつものように庄子と別れる。
駅に着く。駅にはまだ、花火大会の後の人、浴衣を着た人もちほらいた。加波子は少しうらやましく思いながらアパートに帰る。街はすっかり静かになっていた。
鍵を開け、サンダルを脱ぎ部屋に入る。バッグを置こうと思ったその時、スマホが鳴る。亮からの着信だった。加波子は驚くよりも、ただ間違えて電話をしてしまったのではないかと思った。
「もしもし、亮?」
「降りてこい。下で待ってる。」
それだけ言って電話が切れた。ぶっきらぼうに、それだけを。加波子は慌てて階段を降りる。そこには、壁にもたれた亮がいた。
「亮!どうしたの?」
「行くぞ。お前これ持て。」
手渡されたのは、手持ち花火のセットだった。亮は小さなバケツを持っている。加波子は亮について行く。
向かった先は加波子のアパートの近くの公園。亮はバケツに水を入れ、しゃがんで花火を袋から出す。加波子は亮の横にしゃがみ、顔を覗き込む。
「亮どうしてここに?」
「お前どこか行ってたのか?」
「あ、今日友達と会ってたの、久し振りに。私友達少ないから、都合が合う時に会っておかないと。それがどうかしたの?」
亮の目線が花火から加波子へと移る。
「いつもと違う。」
「そお?」
亮は黙る。花火へ目線を戻す。加波子は聞いてみた。
「もしかして、やいてる?」
亮はずっと黙っている。加波子はにやける。
「あー…やきもちだー…。女友達にやいてどうするの?」
加波子は笑って亮をからかう。
「やいてない。」
「やいてる。」
「やいてない!」
「やいてる!」
「お前なぁ…。」
亮は加波子の髪をくしゃっくしゃっとする。加波子は笑う。
その後、亮はいきなり花火に火をつけ、加波子にそっと火を向ける。
「お前もつけろ。」
加波子も花火を持ち、亮の花火の火をもらう。
「うわー!きれい!」
ふたりはふたりきりの花火を楽しんだ。ふたりきりの花火大会。近所迷惑にならないよう、こっそりと。こっそりながら思い切り楽しんだ。色とりどりの花火。とてもきれいだった。花火の光りがふたりの笑顔を照らした。
しかし小さな花火セット。楽しい時間はあっという間。花火はやはり儚かった。しかしふたりは続く。線香花火。
「きれい…。」
手持ち花火とは違う美しさが、線香花火にはあった。小さく咲く花。
亮は線香花火に火をつけず、加波子を見ていた。すると加波子が言ってきた。
「ねぇ亮、競争しよ!どっちが長く火を落とさずにいられるか。」
「おお。負けねーぞ。」
「せーの…。」
ふたりは線香花火の花を見る。か細い小さな花。先に火が落ちたのは加波子だった。
「あ…。」
「俺の勝ちだ。」
悔しい加波子。
「じゃあもう1回!」
「だめだ。勝負は1回だ。」
「…そうだね。」
加波子はそのまま亮に話しかける。
「いつも、終わるの遅いの?仕事。」
「今日は特別遅かっただけで、普段は大したことない。今日はすげー疲れた。」
「…お疲れ様…。」
加波子はできるだけやさしく声を出した。亮が少しでも休まるように。
いくら足立の花火の日だったといっても、特別疲れた日に、わざわざ花火をするために来てくれた。やさしさで包んでくれたのは亮のほうだった。
「決めたのか?どこの花火大会に行くか。」
「…いい、行かなくていい。」
「?あんなに行きたがってたじゃねぇか。」
「今日が、私の花火大会。お腹いっぱい、もう充分。だから…ありがとう、亮。」
微笑む加波子。その加波子と加波子らしさを、亮は愛おしく想った。亮も加波子のやさしさに包まれる。
ふたりは後片付けをして公園を出る。加波子のアパートに着く。ドアの外には終わった花火の入ったバケツ。鍵を開け玄関に入る。加波子がサンダルを脱ぐ前に、後ろから亮が抱きつく。電気はついていない。
「あー癒される。」
いきなりのことで加波子は慌てる。でも疲れているであろう亮にとって、自分が癒しになるのであれば何でもしたい、そう思った。恥ずかしながら言ってみる。
「…もっと、癒されたい?」
加波子にうずくまりながら亮は言う。
「癒されたい。」
「じゃあ靴脱いで。」
亮はスニーカーを脱ぐ。亮の手をとる加波子。亮を布団に座らせる。加波子は膝で立ち、亮をやさしく抱きしめる。亮も加波子を抱きしめる。
「あー癒される。」
加波子は亮を横にさせ、ゆっくりと顔を近づけキスをする。
「もっと癒されたい?」
「癒されたい。」
珍しく亮の目が甘い。それを見た加波子の目も甘くなる。
「じゃあ服脱いで。」
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