8話

 蒸し暑い日が続く。出社してすぐ友江は加波子に言う。


「今日、古都。付き合って。」


 終業、古都。その日の友江は雰囲気が違う。とても落ち着いていた。友江はビールと枝豆。加波子はジンジャエールと焼き鳥。


「どうしました?古都に誘うなんて、珍しいじゃないですか。」


 友江は持っていたビールジョッキを静かに置く。


「昨日会ってきた、マッチングした人と。」

「え?それって結婚相談所の?ほんとですか?デートですか?」

「んーデートっていうより、お試し?みたいな。」


 友江はビールを静かに飲む。


「で…どうだったんですか?」

「悪くなかった。でも特別いい訳でもなかった。」

「そうですか…。」


 少し残念になる加波子。昨日のことを友江は話す。それを加波子はじっくり聞いた。


「名前は野田浩司のだこうじ。33歳。台東区在住。離婚歴なし。顔は…写真より地味だったけど、特に気にならなかった。初めは…自己紹介も何もないんだけど、ある程度お互い情報はわかってるんだから。その後、美術館に行ったの。」

「わぁ、素敵。」

「それでね、感性が似てるっていうのかしら。私と彼の好きな画や画家が似ててね、彼が丁寧に説明して教えてくれるのよ。」

「いい感じじゃないですか。」


 どんどん笑顔になる加波子。


「それで夜になって、どんなレストランに連れてってくれるのかしらって思ってたら。」


 友江はビールと枝豆を持つ。


「居酒屋よ!居酒屋!しかも狭くて古くて!そこまでけっこう歩いたから、ビールがぶ飲みしたわよ!」


 友江は枝豆を喰らう。加波子は焼き鳥を片手に考える。


「どうしてその居酒屋だったんだろう…。」

「知らないわよ。『よく来るんです、ひとりで』なんて言ってたけど。」


 加波子は色々と考えたいのに友江は止まらない。


「その後よ。昨日雨降ってきたじゃない?夜。」

「はい。」

「傘はないしタクシーは捉まらないしで最悪だったわー。でもまぁ、私は濡れない場所にいさせてもらって、彼が必死にタクシー捉まえようとしてたんだけど。」


 友江がビールを飲んだついでに、加波子は自分もジンジャエールを飲む。


「雨は弱かったんだけど全然タクシーが捉まらないから、彼の服がどんどん濡れてって。やっと捉まったと思ったら『じゃあ、気を付けて』その一言だけ。…彼、あの後どうしたのかしら?」


 加波子は持っていた焼き鳥を皿に置く。


「先輩、思ったこと言っていいですか?」

「何よ、何か文句でも?」

「いえ、そうじゃなくて。どうしても居酒屋ってとこが気になったんです。なんでそこを選んだのか…。ひとりでよく来るって言ったんですよね。ってことは、誰かと一緒に行くのは初めてだった、ってことですよね?」


 友江は呑気に枝豆を食べている。


「言われてみれば、そういうことになるわねぇ。」

「自分しか知らない秘密のような場所に、先輩を連れて行きたかったんじゃないですか?一緒に行きたかったんですよ、先輩と。」


 友江は加波子の話を真剣に聞き始める。


「それから美術館。いくら感性が似ていたって、つまらないうんちくだと思ったら、聞いていてつらくなりません?それと、お別れの時。ちゃんとお礼を言って、ちゃんとお別れしたかったんじゃないですか?でもタクシーがなかなか捉まらくて先輩を待たせてしまって焦っちゃって。だから先輩のこと、早く安心させてあげたかったんじゃないですか?雨に降られたら、誰だって焦るし落ち着きませんよ。」


 加波子は言いたいことを一通り言った後、焼き鳥を食べ始める。友江は昨日のひとつひとつ思い返していた。加波子はまた考える。


「悪くはなかった、でも特別いい訳でもなかった…。そう感じたのは仕方ないですよね…。別の人とは会えないんですか?」

「会えなくはないけど…。」

「別の人と会ったら、また別のことが起きますよ、きっと。」


 小さくにこっとした加波子はジンジャエールを飲む。


「そしたら…、あんたまた話聞いてくれる…?」

「もちろんです!じゃあ飲みましょう!」


 一歩前進した友江。加波子は嬉しかった。


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