8話
蒸し暑い日が続く。出社してすぐ友江は加波子に言う。
「今日、古都。付き合って。」
終業、古都。その日の友江は雰囲気が違う。とても落ち着いていた。友江はビールと枝豆。加波子はジンジャエールと焼き鳥。
「どうしました?古都に誘うなんて、珍しいじゃないですか。」
友江は持っていたビールジョッキを静かに置く。
「昨日会ってきた、マッチングした人と。」
「え?それって結婚相談所の?ほんとですか?デートですか?」
「んーデートっていうより、お試し?みたいな。」
友江はビールを静かに飲む。
「で…どうだったんですか?」
「悪くなかった。でも特別いい訳でもなかった。」
「そうですか…。」
少し残念になる加波子。昨日のことを友江は話す。それを加波子はじっくり聞いた。
「名前は
「わぁ、素敵。」
「それでね、感性が似てるっていうのかしら。私と彼の好きな画や画家が似ててね、彼が丁寧に説明して教えてくれるのよ。」
「いい感じじゃないですか。」
どんどん笑顔になる加波子。
「それで夜になって、どんなレストランに連れてってくれるのかしらって思ってたら。」
友江はビールと枝豆を持つ。
「居酒屋よ!居酒屋!しかも狭くて古くて!そこまでけっこう歩いたから、ビールがぶ飲みしたわよ!」
友江は枝豆を喰らう。加波子は焼き鳥を片手に考える。
「どうしてその居酒屋だったんだろう…。」
「知らないわよ。『よく来るんです、ひとりで』なんて言ってたけど。」
加波子は色々と考えたいのに友江は止まらない。
「その後よ。昨日雨降ってきたじゃない?夜。」
「はい。」
「傘はないしタクシーは捉まらないしで最悪だったわー。でもまぁ、私は濡れない場所にいさせてもらって、彼が必死にタクシー捉まえようとしてたんだけど。」
友江がビールを飲んだついでに、加波子は自分もジンジャエールを飲む。
「雨は弱かったんだけど全然タクシーが捉まらないから、彼の服がどんどん濡れてって。やっと捉まったと思ったら『じゃあ、気を付けて』その一言だけ。…彼、あの後どうしたのかしら?」
加波子は持っていた焼き鳥を皿に置く。
「先輩、思ったこと言っていいですか?」
「何よ、何か文句でも?」
「いえ、そうじゃなくて。どうしても居酒屋ってとこが気になったんです。なんでそこを選んだのか…。ひとりでよく来るって言ったんですよね。ってことは、誰かと一緒に行くのは初めてだった、ってことですよね?」
友江は呑気に枝豆を食べている。
「言われてみれば、そういうことになるわねぇ。」
「自分しか知らない秘密のような場所に、先輩を連れて行きたかったんじゃないですか?一緒に行きたかったんですよ、先輩と。」
友江は加波子の話を真剣に聞き始める。
「それから美術館。いくら感性が似ていたって、つまらないうんちくだと思ったら、聞いていてつらくなりません?それと、お別れの時。ちゃんとお礼を言って、ちゃんとお別れしたかったんじゃないですか?でもタクシーがなかなか捉まらくて先輩を待たせてしまって焦っちゃって。だから先輩のこと、早く安心させてあげたかったんじゃないですか?雨に降られたら、誰だって焦るし落ち着きませんよ。」
加波子は言いたいことを一通り言った後、焼き鳥を食べ始める。友江は昨日のひとつひとつ思い返していた。加波子はまた考える。
「悪くはなかった、でも特別いい訳でもなかった…。そう感じたのは仕方ないですよね…。別の人とは会えないんですか?」
「会えなくはないけど…。」
「別の人と会ったら、また別のことが起きますよ、きっと。」
小さくにこっとした加波子はジンジャエールを飲む。
「そしたら…、あんたまた話聞いてくれる…?」
「もちろんです!じゃあ飲みましょう!」
一歩前進した友江。加波子は嬉しかった。
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