2話

 ふたりはそのまま同じ布団の中。加波子は左、亮は右。ふたりは天井を見ている。息はすっかり落ち着いていた。加波子は問い出す。


「どうして面会、拒否したの?」


 亮は答えない。


「手紙、ちゃんと見てくれてた?」


 亮は答えない。加波子は最後の質問をする。


「どうして今日、ここに来たの?」


 やはり亮は何も言わない。加波子は目を閉じ、ため息をする。すると亮は起き上がり、自分のジャケットを手繰り寄せた。加波子も起き上がる。亮はポケットの中に手を入れ、何かごそごそしている。そして何かをテーブルの上に置いた。それは小さな小さな何か。亮がやっと口を開く。


「所持品。残ってて安心した。」


 亮が何のことを言っているのかわからない加波子。とりあえずテーブルの上に置かれた小さなものをそっと手に取る。それは固く黒ずんでいて、それ以上のことは何もわからなかった。亮は説明する。背中から伝わる、亮のやるせなさ。


「あの夜…、お前が作ったおにぎりを包んでたラップ。食べ終わった後、なぜかポケットにしまったんだ。」


 ぶっきらぼうな亮が言う。ぶっきらぼうに。


「それが俺の気持ちの証明に、ならないか…?」


 凝視し固まる加波子。口も体も全く動かない。


「…やっぱりだめか。」

「違う…だめなんかじゃ…。」


 亮は体を少しずつ加波子に向ける。そんな亮に加波子は必死に訴える。


「本当は、すごく嬉しいの!すごくすごく嬉しいの!泣きたいくらい嬉しいのに…!なのに…、涙が…出ないの…。」


 加波子から勢いが消える。意識は白く薄く、目線は迷子になる。


「あのニュースを見た時から、ずっと泣かないように我慢してきたから…。泣き方忘れちゃった…。こんな時、どうしたらいいんだっけ…。」


 悲しい目をした加波子は体も呼吸も震え出す。亮は加波子の腕を掴む。


「おい。しっかりしろ。」


 加波子には聞こえない。震え続けている。


「ねぇ、どうしたらいい?どうしたら伝わる?私どうしたらいいの…?ねぇ…。」


 加波子は亮の胸元に手を当てる。その手も震えていた。


 亮は加波子を抱きしめる。震える手も、小さな体も、大きな想いも。加波子を丸ごと抱きしめた。震えが止まるように強く、強く。加波子の瞳は涙で潤んでいた。


「もういい。充分だ。もう何も我慢しなくていい。悪かった。」


 その瞬間、加波子の瞳から大粒の涙がこぼれた。


 加波子は泣き始める。大きな声を出す。まるで子供のように。その間、亮はずっと加波子を抱きしめていた。強く、やさしく。


「お前、体冷えてきた。入ろう。」


 亮は加波子に布団をかける。ふたりで布団に入る。向かい合い、見つめ合う。加波子は呼ぶ。


「亮…?」

「なんだ?」

「久しぶりに言った、『亮』って…。ずっと言わなかったの、会いたくなるから…。」


 亮は天井を向く。


「俺は、何も信じてねぇけど祈ったよ。11月21日。月が見えた。祈りなんてよくわかんねぇけど、祈ったんだ。」


 亮は加波子のために祈っていた。ふたり同じ時に同じ月を見ていた。


「だから今まで私、持ちこたえられたんだ…。」


 亮がいなくなった日から今日までの日々、加波子の頭に走馬灯のように浮かんだ。


「亮、こっち見て。」


 再びふたりは見つめ合う。


「…亮…。」


 加波子は亮で満ち溢れていた。そして亮を欲する目。


 ふたりは愛し合う。これ以上ないほど愛し合った。離れていた時間、それ以上を埋めるかのように。



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