9話

 向かえた誕生日。少し早いと思ったが、加波子はコートを出し着ることにした。ちょっと奮発した、あのコート。


 その日は、ねこ姉と庄子の都合が合い、3人で会うことになっていた。場所は新宿。向かったのは小さいビル。4階のフロアの店。木を基調としたカジュアルな店だった。


「かんぱーい!」


 仲良く乾杯をした後、いつものように話が弾む。時間が過ぎる。


 しばらくすると照明が少し落ち、クレスツのシックスティーン・キャンドルズが店内に流れる。そしてキラキラする大きなお皿が加波子たちのテーブルに運ばれてきた。店員が加波子にお皿を渡す。


「おめでとうございます。」


 驚く加波子。花火がパチパチ光っている。お皿にはケーキと様々なフルーツ、アイスクリーム。そしてチョコレートで書かれた「Happy Birthday KANAKO!」の文字。


「おめでとーカナちゃん!」

「おめでとー!!」


 2人からのサプライズだった。


「…ありがとう2人とも!うれしい!」


 さらにサプライズは続く。


「はい!これ。私たちからのバースディプレゼント!」

「え?ほんと??」


 大きなブラックのリボンで結ばれたブラックとピンクのストライプ柄の袋をねこ姉に渡された。


「開けてみて!」


 庄子が言う。加波子はウキウキしながら開ける。中身を取り出すと、それはシンプルで上品な、パステルピンクのニットだった。ニットを広げる加波子。


「うわぁ…可愛い…。」

「カナちゃん、鎖骨とネックレスがきれいだから、それが引き立つように無地で胸元の開いたニットにしたの。」

「ねこちゃんと迷ったんだけど、やっぱり恋愛運アップのためにってピンクを選んだのよ。」


 加波子の頬もピンクに染まる。


「2人ともありがとう!!すぐ着る!明日着る!絶対着る!ありがとー!」


 2人に抱き着く加波子。さらに盛り上がる3人だった。


 また時間は進み、加波子はトイレに行こうと席を立つ。狭い細い廊下を進む。向かう先には人がいた。加波子は気にしない。しかし声を掛けられる。先にいたのは、なんと健だった。


「…加波子ちゃん?」


 加波子を呼ぶ健。突然で相手が健。動揺する加波子。どんな顔をしたらいいのかわからず、一度は目を合わせたが返事もしないまま足を進めようとした。健も足を進める。2人がすれ違おうとした瞬間、健は加波子の腕を掴んだ。加波子は少し怖くなる。


「次いつ会えるかわからないから今言っておく。」


 不思議に思う加波子。


「好きだ。」


 この時ばかりはうつむかず、ずっと健の目を強く見る加波子。後ろから人が来る。


「じゃあ…。」


 健は手を放し去っていった。加波子は急いでトイレに駆け込む。個室に入り鍵を閉め、そしてうずくまる。一瞬のことだったが、加波子にだって理解できた。理解できたからこそ苦しくなった。


 亮の名も涙も色んなものを我慢しながら、加波子は少しの間うずくまっていた。その時の感情を全て押し殺していた。


 そして加波子はテーブルに戻る。


「どうしたの?カナちゃん。顔赤いよ?お酒飲んだ?」

「ううん、大丈夫。なんでもない。」

「じゃあ、そろそろ帰ろっかー。明日も仕事かー。行きたくなーい。」

「ねー。」


 帰ろうとしている3人のもとに店員が花束を持ってきた。


「え?これもねこ姉たち??ありがとう!」

「…それは…私たちじゃないわ…。」


 気まずそうに言うねこ姉。疑問に思う3人。ねこ姉が店員に聞いてみる。


「これはお店からのサービスですか??」

「いえ、他のテーブルのお客様からです。」

「え??まじ??そんなことしてくれる人っているの?!」

「えー素敵ー!どこどこー??」


 騒ぐ2人。加波子はすぐにわかった。健だ。健が買って店員に預けた、加波子はそう思った。かすみ草だけの花束。花は小さいがとても可愛い花。


 3人は解散する。加波子は2人からのプレゼントと花束を持ってアパートに帰る。ニットをベッドに広げる。花を花瓶に入れテーブルに置く。


 外から見れば最高の誕生日、最高のプレゼントだ。しかし加波子は素直にそう思えなかった。素直に喜べなかった。どこか虚しい。なぜか切ない。


 ベッドの上。小さく座る加波子。かすみ草を見ながら加波子は気づいた、やっと気づいたのだ。自分は亮の存在を隠している。そしてそれによって苦しくなる。亮の存在はそれほど大きかった。自分の気持ちを隠すのはもう限界なのだと加波子は思った。


「嘘も隠すのも、もうやめよう…。」



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