わたしの物語は......。

第1話

 七月のある日、警察署から出てきたのはポニーテールでセーラー服を着た少女である。

元々鋭い目つきと、ひと昔の不良を彷彿とさせる明るい赤みがかった茶髪。

それが腰に縛り付けてある淡いピンクのカーディガンの可愛さとはミスマッチだ。

そして、そのカーディガンのポケットに手を突っ込み、俯いているガラの悪い少女こそがキョウカである。


 何故キョウカが警察署にいたかというと、"白馬の王子様"の家の扉にピッキングしているところを通報されたのだ。

警察署に連行されはしたが、警官たちの計らいで厳重注意だけで済まされた。

ストーカーやピッキングなんてやめて、真っ当に生きてほしいという意図での厳重注意である。

しかし警官の意図もキョウカには伝わっていなかった。

キョウカは次で"白馬の王子様"を引き当てればいいと思っていた。

"白馬の王子様"とは少女マンガに出てくるようなイケメンである。

つまりは、キョウカはストーキングや不法侵入を止める気なんて一切なかったのだ。

だが、それを口に出すわけでもなく俯くだけのキョウカを警官は反省したと考えるしかない。


「送りはいる?」


「いや、別にいいです......。」


キョウカは俯き、視線を合わせずに返答をする。


「次はないからね。わかったね?」


「うっす......。」


 午後九時を過ぎたぐらいの住宅街の通りである。

街灯の心もとない光が点々とあるだけで薄暗い。

三度目になり、見慣れてきた帰り路ともなれば迷うことはない。

この時間になると、とても静かで足音だけが響く。

サスペンスドラマなら被害者が倒れてそうなぐらい人気ひとけのない所だ。

だがしかし、キョウカの進行方向を塞ぐように立つ人物。

道のど真ん中で仁王立ちをしているのは一人の少女であった。


 その少女は白を基調としたセーラー服に黒髪ロング。

前髪はマンガの登場人物の様に真ん中に束に固まっており鎖骨のあたりまで伸びている。

長い後ろ髪も不自然に毛先が跳ねており全体的に髪型をセットしているのがわかる。

そして何よりも異質なのが冬用と思われる長袖のセーラー服。

なのにも関わらず、7月に入り、日が沈んでも気温が20度を下回ることのない中で一滴も汗をかいていない。

マンガから飛び出してきたかの様な、不自然な格好が馴染んで見えるのも少女の整った童顔があっての物である。

そして、待っていたぜと言わんばかりのキメ顔はマンガの一コマを切り抜いたようだった。


「やっと見つけた。私はこの時を一億年待ったわ。」


その少女はそう言い放ちながら人差し指をキョウカに向ける。

少女に見覚えもなければ、待たれる心当たりもキョウカにはない。

何を言っているんだと一瞬顔をしかめる。

だが関わるだけ面倒だと思い、見なかったことにして素通りを試みる。


「私から逃れられるとでも思っているのかい。」


呼び止められるのは想定していた。

そのうえで無視するつもりであった。

だが、キョウカの肩を少女は掴んで制止する。


「ファッ!?」


不意の接触に驚き、飛び上がる。

普通なら驚きはしても飛び上がる程ではないだろう。

キョウカは長い間、友人関係が皆無である。

"白馬の王子様"とぶつかるときも一呼吸おいてからであり、他者から触られる機会はほとんどない。

つまり他者が直接的に接触してくるのは想定外であり、キョウカの脳は大混乱だ。


「そんなに怯えた目をしなくたっていいじゃない。取って食ったりはしないわよ。」


そういいながら少女は腕を首に回し、肩を組もうとした。

しかし、少女はキョウカより十センチ近く身長が低く、軽いヘッドロックのような形になる。

警戒しているキョウカとって悪意がある行動。


「ヒェッ......。」


キョウカは咄嗟に少女を突き飛ばす。

突き飛ばされた少女は、表情一つ変えることはない。

常にニコニコと微笑んでいながらも、まっすぐとキョウカを視界に収め続ける。

それは、まるで獲物を見つけた蛇のようだ。


「なっなめてんじゃねーぞ......!!」


キョウカがどうにか発したのは、小学生の口喧嘩のような挑発。

口では威勢のいいことを言っているが、冷や汗をかき、視線も泳ぐ。

考えが纏まらず、おどおどとその場で立ち尽くすことしかできない。


「あら、なめてなんかいないわよ。

私はあなたに興味があるの。

だからわざわざ警察署の近くで待ち伏せしてあなたが出てくるのを待っていた。

日が沈む前からずっと待っていたのよ、労いの言葉でも欲しいくらいだわ。」


 決して褒められたことではないはずの事を嬉々として語り、労いまで要求する。

それ以上に、居場所を突き止められ、何時間も待ち伏せされていた事実にキョウカは背筋が凍る。

キョウカが今まで繰り返してきた"白馬の王子様"へのストーキングに比べればマシなのだが、それに気づく余裕もない。

少女は腕を広げ、受け入れる準備は出来ているわとでも言いたげな顔でキョウカに歩み寄った。


「夜道で立ち話ってのも悪くはないけど味気ないでしょ。

お茶でもしましょうよ。

ね、当たり屋ちゃん。」


「当たり屋ってワタシ!?」


「そうよ、あなた。

私の学園では噂になっているのだけれど、知らないのね。

一体どこまでが"虚実"で、どこからが"真実"なのかしら。

まぁ、いいわ。

それも、どれも、これも、お茶しながらゆっくり聞くとしましょうか。」


そういいながら少女はキョウカの両腕を掴む。

少女はキョウカの袖を掴み、確認したかった物が裾の中にあるかを確かめる。


「これは本当みたいね。」


「ふぇっ!?」


「ほら、いきましょ。」


自分が関係しているはずなのに、自分の意思と関係なく彼女が決めてしまう。

どう反抗していのかもわからないまま、なすすべなく手を引かれ、されるがままに連れていかれる。

キョウカは今起こっていることを頭で整理しながら、自分の手を引く謎の少女の背中を眺めていた。

動きも発言も、全てが何かから引用したかの様に薄っぺらい少女。

謎多き少女は新しい玩具を買ってもらった子供の様に、とても楽しそうであった。

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