本の蟲
村雨廣一
side -A-
序
アニはもともと、小さな診療所を営む母親と二人で街に住んでいた。
父親はいるらしいが、アニは一度も会った記憶はない。
唯一の接点といえば、母親宛てに送られてくる生活費が入った封筒のみ。
数枚程度の手紙も同封されていたようだったが、小さなアニにはその内容を知ることはできなかった。母親もアニに読み聞かせようとすることはなかったものの、「パパは元気にしているって」と困ったような顔で笑うのだった。父親がいなくて寂しいと思ったことはないし、そういうものなのだと感じていた。街から離れた森の奥で数人の助手とともに暮らして、理由は分からないが家族には会えない仕事をしている……ということだけはアニでも理解できた。
アニには優しくて賢明な母親がいた。
それだけで、十分だった。
だがある日突然、母親がなんの前触れもなく失踪してしまったのだ。
誰も彼女の行方を知らず、何日寝て起きてを繰り返しても、とうとう母親は帰ってこなかった。
5日が過ぎたころ、突然現れた父親によって形ばかりの葬儀が執り行われた。
「アニ、お前は何も知らなくていい」
それが、アニの父親――ニコラウスが、アニに対して初めて口にした言葉だった。
そして戸惑うアニを強引に馬車に乗せ、森の奥の古屋敷へと連れ帰った。
アニは世界のすべてだった母親を失い、まるで目隠しをされたような、この世界から切り離されてしまったような、言いようのない孤独感に怯えていた。しかし急に生活環境が変わってしまったアニに助けの手を差し伸べる者は、父親を含め一人としていなかった。ほとんど会うこともなかった父親と、古屋敷の無愛想な使用人たちの態度は、アニの孤独感をより一層深いものへと変えていった。
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