282 皆で作り上げる




 翌日、クリスは心配するカロリンを説得して宿の部屋を出た。

 エルウィークは面白そうな顔をして部屋の前で待っていた。クリスを見ると「今日もやるのかい?」と聞く。


「もちろん。スパイに邪魔されたくないし。それに、エイフが十階層に着いて、ニホン組も背後に迫ってる。いつ呼び出されるか分からないでしょう。こっちの依頼をできるだけ早く上げておきたいの」


 ニホン組との話し合いの結果次第では戦闘になるかもしれないのだ。

 彼等は世界樹へ行くつもりだろうが、なにしろ人間界のどこにあるのか分かっていない。場合によっては精霊界を通って移動を短縮する可能性だってあった。世界樹は人間界にも跨がって存在するらしいが、その場所が危険な場所なら有り得る。


 人間界にある世界樹に辿り着いたとしても、そこは精霊界にもっとも近い場所だ。世界樹を通して入ろうと思えば入れてしまう。特にニホン組は上級スキル持ちばかりだ。思想も危険である。何をするか分からない。

 プルピもそれを心配していた。だからハパとも相談し、夜のうちに精霊界へ行って風の精霊に連絡係を頼んだ。

 ――世界樹に近付こうとする人間がいる。もしかしたら精霊界に影響があるかもしれない。

 その噂は風によって広まるだろう。世界樹はこの世界を守る礎だ。守らねばならない。


「優先順位はあっち。世界単位だから。でもこっちも大事。都市単位だけど、人の命がかかってる」

「そうだね。君はやはり、こちら側の人間なのかな」


 クリスはふと、立ち止まった。ペルに乗る前にエルウィークを振り返って見つめる。


「どこの人間だとかは関係ない。そんな区別が必要?」


 ニホン組をなんとかしたいと思っている彼や仲間たちこそが一番「ニホン」にこだわっているのかもしれない。

 エルウィークはハッとして、しかしすぐにいつもの笑顔を取り戻した。彼にとって笑顔は本心を隠すための盾であり、また武器なのだろう。

 責めたつもりはないけれど、クリスはなんとなく居心地の悪さを感じながらペルに乗った。



 現場に到着すると人が増えていた。職人が多い。クリスの姿を見付けると皆が集まってくる。職人ギルドのマスターが代表して告げた。


「俺たちにもできる仕事をくれ。あんたの仕事を手伝えるとは思えん。だけど、あんたの仕事がもっと楽になる方法があるんじゃないか? なんでもいい、割り振ってくれや」

「じゃあ、お願いします」


 皆がワーッと声を上げた。

 クリスの家つくりスキルがすぐさま脳内に作業別工程表を出す。そのうちの、手伝ってもらいたい部分、また新たに生まれた案をまとめる。

 すかさず、エルウィークがクリスにメモ帳を渡してくれた。クリスは無言で受け取った。今は話す時間が惜しかった。猛然と書き進め、エルウィークに返す。彼は内容をザッと読み進めると、すぐに手配を始めた。彼はクリスの秘書として動いてくれるようだ。


「皆さん、城はこのままクリス嬢が作ります。しかし、その周辺については手つかずになる予定でした。ここを整備しましょう。石工ギルドと林業ギルドは彼女が指定した資材をすぐに運んでください。織工ギルドは城の内装の手助けを。魔法ギルドは砦の外側に幻惑魔法を掛けるように。魔道具の設置も頼みます」

「よしきた! 行くぞ、お前ら」

「乾燥待ちの木材でもいいのか。これなら森に備蓄が山ほどあるぜ」

「内装なら任せな。あたしらに掛かれば領主様の屋敷よりも豪華にしてみせるよ」

「豪華にするのはダメなんじゃないか? おっと、俺たちは砦だな。さっさと行くか」


 それぞれが持ち場に向かう。エルウィークの近くでは複写できるスキル持ちがいて手伝っていた。クリスのメモを数人ずつに渡していく。誰も彼もが自分に出来る仕事を始める。

 炊き出し班には昨日いなかった女性たちもいた。夫から話を聞いて、子供を地下シェルターに預けてから来たようだ。若い女性らが子供や老人の面倒を見ているらしい。

 その光景が、まるでヴィヴリオテカと重なる。魔物の氾濫に備えて皆が一致団結した。


 人は、こうやって助け合える。


「わたしは家を作ります!」


 家つくりスキルが発動した。

 クリスが作るのは人が住む城だ。中にいる人たちを守ってくれる家。みんなを守って助ける家だ。クリスは頬を叩いて気合いを入れた。



 城の基礎は出来上がっている。杭打ちはもちろん、地下を流れる魔力素から動力を引き上げるための魔鋼も打ち込んでいた。この時は見学者がエルウィークの他に数人だったから驚く人も少なかった。が、大きなトンカチで魔鋼杭を打つ姿は異様だったろう。


 今回は見学者に離れていてもらった。城という大きな上物を作り上げるからだ。万が一にも巻き込んではいけない。人間ではエルウィークだけが傍についている。

 イサとプルピは今日も一緒だ。ククリだけエイフの下にいる。今日から数日はエイフと一緒にいてほしい、そう頼んだ。皆がお願いしまくったので「くく、えらい、ちゅごい」と自信満々に転移していった。

 クリスはククリが呼ぶまで、城の建造に集中する。


 まずは土台を仕上げていく。石を運ぶのはもはや慣れたもの。ふわりと浮かせて移動させ、設置していくだけだ。元々、近くに資材を積み上げてもらっている。あちこちに資材の山があり、順番通り、必要な塊ごとにまとめていた。

 徐々に形を成していく土台は、俯瞰で見られる人がいたら不思議に思うだろう。入り組んだ、不思議な形をしているからだ。

 クリスはこの城に迷路を組み込んだ。もしも砦を突破された場合、そのまま易々とトップのいる中心部まで攻め込まれないよう「時間稼ぎ」として作った。

 避難するのはトップであるマルヴィナや上層部の人たちだけではない。城砦で働く人たちや、避難してきた市民も同じように逃げる。殿しんがりを務めるであろう兵士も含めると、大勢が移動することになる。その時間稼ぎだ。


「この城門から続く本道を内側から落とせば、完全に道が塞がる。そうなれば敵は他の入り口を探すよね。大丈夫、いける」


 食材を運ぶ裏口や、騎士らが詰める検問所、馬などの生き物を運び入れる門もあった。そこから城の内部へ続く部分を迷路とする。

 俯瞰で見ると中心部に主塔があって、その周りを関係各所の建物で囲む。通路は迷路風にするため木々を配置して曲線にする。これらを城壁で取り囲むのだが、ここに厚みを持たせて迷路とした。

 城壁内の通路の天井には隠し部屋を作った。侵入者が通れば、その頭上から攻めることも可能だ。この隠し部屋の上にも空間を作り、兵士の寝床にも待機場所にもできる部屋とした。といっても、ただの石造りだ。本当に休める場所ではない。


 そもそも、この城はあくまでも敵が攻めてきたときに迎え撃つ場所だ。人が住み続けるものではない。だから本来の「城」としては考えていない。


「からくり部屋に隠し通路、水攻めや岩落としのような罠も作ろうっと」


 地上にあるが、仕組みは地下迷宮のようなものだ。

 これらはハパの家の設計図から引用している。ハパには許可を取った。大変乗り気で、むしろこれが自分の家でもいいとすら言う。

 クリスにとって家は「自分だけのもの」という強い思いがあったけれど、ハパは違う。元々精霊に家の概念はなかったからか、楽しそうなら何でもいいようだ。


 とはいえ、クリスはちゃんとハパのために別で作るつもりだった。

 そう言うと、今度はハパと仲良くなったアサルの精霊たちがやってきて「地上に作る迷宮城」に住みたいと言い始めた。ようは彼等もこの城を楽しみたいのだろう。

 クリスはもちろん、マルヴィナに許可を取った上で了承した。彼等はこの迷路の上の小さな死角に住み着くのだろう。あるいは勝手に主塔に入り込んで楽しむかもしれない。


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