281 城の基礎と砦を作る




 ククリ便によると、エイフたち迷宮組はそろそろ十階層に入れるという。迷宮核を守る魔物がどれぐらいいるのか予想は付かない。

 クリスが呼ばれるのは明日か明後日か。エルウィークもギルドの仕事を休んで、クリスに付き合うようになった。いつ呼ばれてもいいようにだ。

 ニコラが一度やってきて「手伝ってください」と頼んでいたけれど、すげなく断っていた。


 クリスの方もいよいよだ。

 地下遺跡の再利用は可能な限り取り込んだつもりである。この遺跡にも、プルピが以前感じたのと同じ魔力の流れが残っていた。よくよく調べてみると、魔力素を取り入れた防衛や生活システムだった。クリスが地下シェルターで作った、魔力を流して利用する「冷暖房」や「防御機能」と同じだ。その大都市版が、大昔に存在していた。

 このシステムを再利用するため、途切れた箇所を探しては修復して回った。



 そうこうするうちに資材が集まった。足りない分はアシュトンの屋敷からもいただいた。使っていない離れがあるというので見てみたら、家つくりスキルが「いける」と教えてくれたのだ。その場にいたマルヴィナに「これが欲しい」と言えば、即断で「全部どうぞ」と返ってきた。

 事後報告で駆け付けたアシュトンは、突然消えた離れの屋敷跡を見て固まった。でも怒りはしない。マルヴィナが「お父様、クリスさんの家つくりスキルってすごいですよね」と微笑んだら「う、うん、そうだね」と了承するしかなかったようだ。

 クリスのスキルで屋敷はあっという間に解体され、資材ごとにまとまった塊をイサが収納してくれる。あとは現場まで運べばいい。



 城砦建設は多くの人が見守る中で始まった。


「始めます!」


 気合いを入れて声を上げる。マルヴィナの「頑張って!」という声を背に、クリスは家つくりスキルを発動させた。

 まずは砦部分を作る。敵を迎え撃つ場所が先だ。というのも、城も含めると、さすがに一日で終わる仕事ではない。城部分については、地下遺跡へ抜ける道や基礎部分はすでに出来上がっている。簡易ではあるがそれらを守る建物も作っていた。鉄筋入りの基礎杭が剥き出しの状態で、それを守るためもあった。また、スパイにできるだけ避難経路を知られないよう隠す意味もあった。


 この基礎部分に関しては、削孔からコンクリート打設までの一本に一時間もかかってしまった。しかし「一度作れば残りは簡単に作れる」の法則が発動し、残り全部を一日で終わらせた。他にも城建設のための仕込みはしてある。

 ちょうど終わった頃に砦の資材が集まったというわけだ。



 元々建設中だった南側を第一の砦とし、そこも人数を減らしてはいるがまだ建造中である。ダミーとしてだ。城を守る砦の方を第二と呼び、これをクリスが作る。形自体は普遍的なものだ。奇をてらう必要はない。まずは一辺を作る。


「この区画にある資材は、うん、これで足りるね」


 石工ギルドが気を回したのだろう、石を運ぶ大型のコロやソリといった機材まで資材置き場にはある。職人ギルドも各種道具類を、魔法ギルドは魔道具を集めてくれていた。

 ただ、家つくりスキルはそれらを必要としなかった。石が勝手に動くのだ。魔女様が、手を振っただけで物を浮かしたような、そんなスムーズさだった。風スキル持ちなら大勢で協力しないと難しい、それだけの物体が地面を滑るように移動する。

 ソリもロープも、各種揃った道具類さえ必要ない。基礎石の一つが所定の位置に付く。そのまま土にめり込んだ。土が硬くなり、固定する。位置を揃えるために仕込んであった魔鋼が深く突き刺さった。鉄筋タイプの軽魔鋼が土台となる石を掴む。



 基礎が流れるように出来上がっていくと、石を持ち上げるための三叉を移動させた。さすがに持ち上げるのに三叉は必要だろうと作っていたのだ。足にタイヤを付けて運びやすくした。その分、安定性に欠けるため地面に固定しておくアウトリガーもある。

 石を近くまで移動させたらワイヤロープに引っかけ、滑車を利用して石を持ち上げる。その早さもさることながら、一人で動かして設置するまでがあっという間だ。クリスの背後にいた職人ギルドのマスターが驚く。

 エルウィークはクリスの世話係として近くにいたが、他にいるのは数名だけだった。彼等はクリスが「砦を一人で作る」とは思っていなかったようだ。大丈夫だと答えるクリスに「何か手伝いを」と申し出てきたため「では数人だけ補助に」と返した。

 今のところ彼等の出番はない。彼等の出番は「資材を集めて所定の場所に置く」までだ。



 石がどんどん積み上がる。位置の直しなどない。無造作に積み上げられたような石の砦は、けれど何の問題もなく噛み合っている。石工ギルドのマスターが邪魔にならないよう端まで歩き、出来上がった箇所を見た。そっと手を触れ、感心している。


「これほど完璧に積めるものなのか……」

「手際も良すぎる」

「それより、あの石の動かし方ですよ。あれで魔法系のスキルがないなんて信じられない」


 魔法ギルドのマスターもやってきて騒いだ。

 エルウィークがギルドマスターらに「お静かに」と注意する。クリスの口元が緩んだ。


 ――別にいいのに。周りが煩くたって関係ない。わたしはわたしの仕事に集中するだけ。


 誰にも邪魔されないとクリスは分かっている。誰も邪魔などできない。今ここにいるクリスと、この場所はどこよりも安全だ。それが分かる。

 だから、時折遠くで何かを弾く感触があっても気にしなかった。あれはスパイだろう。でも誰も入らせない。クリスはとにかく楽しくて、笑顔のまま砦を作り続けた。

 この日、クリスは一キロメートルの長さの砦を作った。





 夜、篝火の中でエルウィークに抱えられながら、クリスは多幸感に酔っていた。まだ砦が出来ただけなのにどうかと思うが、とにかく楽しかったのだ。


「あれは一体なんなのです? クリスさんは大魔法使いだったのですか?」

「ヴィーナ、気になるのは分かるけれど静かにね。クリスは全力を出し切って疲れているのよ」

「そ、そうでした。ごめんなさい」

「いやぁ、マルヴィナ様の仰るとおりでさ。俺ぁ、あんな仕事を見たことがねぇ」

「僕だってそうですよ。あれは上級スキルってものじゃない」

「皆さん、騒ぎすぎですよ。さあさあ、どいてくださいな。料理を運んできましたからね」

「ニコラさん、あんたんところのマスターはどこにいるんだ。こんな大偉業を見に来ないなんてよぉ」

「冒険者ギルドは迷宮の状況を把握するのに必死なんです! 帝国と関係のあるニホン組が潜っている以上、うちの冒険者たちに危険が及ぶかもしれないの。だから迷宮前で貼り付いていますよ」

「そ、そうだったのか。悪い」

「うちの魔法使いたちだって他の迷宮活動を抑えようと頑張っていますよ」

「それなのにトップ自ら、ここに来られたんですか?」


 ワイワイ騒ぐ声すら、楽しい。

 クリスは心配そうに顔を覗き込むイサとプルピ、それからエルウィークを見上げた。大丈夫、そう伝えたのに声が出ない。パワー切れだ。

 クリスはニコラの持参した料理が口に入るのを待つことにした。


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