252 過保護な男たち




 プルピがまた続けた。


「精霊はこちらの世界であまり力を振るうわけにはいかぬ。世界の均衡が崩れるからだ。魔物に感じる気持ち悪さは、それに似ている。あれらは通常の生き物が変異したもの、周りを異常にさせるものだ。均衡を崩す存在であろう。世界にとっての異物と言えるか」

「うん」

「かといって我等が倒す理由にはならん。精霊界にまで野放図に広がったためしはなく、人間界での問題だからだ。この感覚が分かるか?」

「たぶん」


 魔物は人間界におけるウイルスのようなものだろうか。巡り巡って精霊界に影響が出るのかもしれないが、よほどでなければ精霊は人間界に介入しない。うかつに介入するのは危険だからだ。上位精霊の力が強すぎるのはクリスにもなんとなく分かる。

 プルピが物づくりに特化した精霊だから普段は忘れているが、彼の作った品は前世を知るクリスにとっては「高品質」でも、こちらの世界なら「神話級品質」になる。

 ハパもそうだが、この上位精霊ふたりは随分と力を抑えて付き合ってくれているのだろう。またそれができるほどに「強い」精霊なのかもしれない。



 プルピとの会話がふと止まった。その瞬間、同じ部屋にいたクラフトの声が耳に入る。


「――それは構わないが、クリスを一人で行かせるのは反対です」

「クリスにはイサが付く。ククリもいるんだ」

「ですが、精霊や妖精だけでは危険でしょう?」

「わたしが行こうか?」


 イフェが名乗りを上げる。クリスはビックリして顔をそちらに向けた。プルピもだ。イサは「ピッ」と鳴いて固まった。ククリはクリスの手の中にいる。握った直後は喜んでいたが、五分と経たずに大人しくなった。早々と寝てしまったらしい。クリスは力を入れないよう気を付けて、そうっとイフェの様子を窺った。


「わたしには迷宮へ潜るのに最適な探査士スキルはない。だが、『飛行』『戦士』『強化』スキルがある。クリスを守るのには十分だと思うが?」


 イフェは、あくまでも「ただの提案だ」といった風に説明している。


「それとも、カッシーを付けるかい?」

「いや。あいつはスキル上げをしたいと話していたからな。スキルに関係する依頼を受けた方がいいだろう」

「ならばなおさら、各自が得意分野で稼いだ方がいいのでは? わたしは迷宮にも潜れるが、遺跡調査の方が経験はある。地道に調査する仕事が性に合っていてね」

「……そうか」


 納得させられそうになっているエイフに、クリスは内心で頑張れと応援した。が、自分の話題である。彼に任せるのは筋違いだ。立ち上がり、プルピとイサを促して一緒に向かう。彼等もクリスのチームだからだ。


「あのー。心配してくれるのは嬉しいんだけど、当人を無視して決めないでほしいな」


 エイフはばつが悪そうな顔だ。クラフトとイフェは笑顔である。この二人に悪気はない。本当にただ心配しているのだろう。


「二人はエイフと迷宮に行くのはOKなんだよね? 遠回しに断っているわけでは――」

「それはない。エイフさんは強い。迷宮の踏破経験もある。あのピュリニー迷宮の最下層更新にも貢献したそうだから、一緒に潜れるならこれほど嬉しいことはない」

「イフェさんの方はどうなんですか?」

「もちろん嫌ではないよ」

「んー。じゃあ、こっちに合流するって話はお断りします」


 イフェがショックを受けた顔で固まった。クラフトは断ったクリスを不思議そうに見る。


「わたしがエイフの同行を断ったのは、一人でできる仕事だと分かったからだよ。それに半金級になったの。どうして守られなきゃいけないのかな?」

「あ、いや」

「危険な場所じゃなかったし、『女の子が狙われている』なんて話も全く聞かない。ちゃんと下調べしたんだよ。わたしだって冒険者なんだから」

「それは、そうかもしれないが」

「二人の親切は嬉しい。心配してくれるのも。でもちょっと悲しいかな。もうちょっと信頼してくれてもいいのにって思っちゃう」


 クラフトとイフェが完全に動きを止めた。エイフが溜息を漏らす。


「俺もクリスをついつい甘やかしたくなるから気持ちは分かる。小さいし、まあ女でもあるからな。だけど、こいつの領分は侵さないようにしたいとも思う。守りすぎるってのは、可能性や機会を奪うってことだ。俺はクリスから、成長できる機会を奪いたくない」


 今日も遺跡がどんな様子であったか、エイフは細かく確認していた。その観察があったからこそ、クリス一人でも「大丈夫」だと思えたのだろう。

 もっともエイフだとて心配性なのは変わらない。なにしろプルピたち精霊を連れていけと言い張った。だからクラフトやイフェの言い分を客観的に見聞きすることで、自分がどれだけ過保護だったかに気付いたのだ。エイフは困惑したように、どこか気恥ずかしそうな様子で頭を掻いた。


「とにかく、あれだ。クリスには紋様紙という武器もある。なによりドワーフの血を引いているから力もある。そのへんの人間相手にゃ負けんよ。強力な魔物がいれば心配だが、なんたって転移のできる精霊がいるんだ」

「待ってくれ、今、なんと言った?」


 イフェが驚いた様子で問いかける。


「ククリが転移できる話は以前したろう?」

「そうじゃない、その前だ。クリスがドワーフの――」

「ああ、ドワーフの血を引いているんじゃないかって話だ。そうだよな、クリス」

「たぶんね。プルピがそうだって言ってるし」

「だよな。で、それがどうかしたのか?」

「あ、いや……。見た目だけでは分からないものだと思ってね」

「父親が人族だからかも。母も純粋なドワーフじゃなかったみたい」


 クリスは相変わらず十三歳に見られないぐらい、人族と比べて成長が遅い。その代わり同年代の少女より力はある。これは冒険者として強みだ。


「でもおかげで、いいとこ取りができてるかな。握力だけで砂鼠を倒せるんだもん。頭突きも得意だし」

「お前、そういやアカバを頭突きで倒してたよなぁ」

「チンピラも頭突きでやっつけたことがあるよ。わたし、頭も頑丈なの。足腰も丈夫だしね」

「子供三人を荷車に乗せて運んだのを見てるんだ、それは知ってるさ。まあだから、逆に心配なんだ。いいか、無茶はするなよ?」

「分かってるってば」

「お前は他人のために平気で無茶をするからな」

「なにそれ。わたし、そんなに優しい人間じゃないよ。利己的なんだからね!」

「照れるなって」

「さ、さっきはエイフが照れてたじゃん!」

「俺は違う」

「違わないよ、さっき顔が赤かったもん!」

「覚えがない」


 しれっと言い切るエイフを叩こうとしたら、プルピがクリスの目の前に移動した。


「ククリが潰れるのではないか?」


 クリスは慌てて手を広げた。


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