250 エイフの収納袋の中身は




 でも、落ち着いて考えると、エイフは金勘定が得意でないだけで他は頼りになる。

 クリスだって得意な分野もあれば不得手なこともある。完璧な人などない。だからあまりガミガミ言わず、過去は過去として「まあ終わったことだもんね」で済まそうとした。


「ああ、だけど、竜の鱗なら持ってるぞ」

「は?」

「前に俺の収納袋の中身を整理してくれただろ。なかったか?」

「え、そんなもの、なかったよ?」


 地図を放り出して詰め寄る。エイフは慌てて両手を挙げた。ホールドアップだ。それを見てクリスは冷静になった。ゴホンと咳払いして、姿勢を正す。


「とにかく。その、竜の鱗なんてなかったよ。あ、そのまま入れた?」

「いや、どうだったか。覚えてない。……待て、怒るな、クリス」

「怒ってません!」


 結局、その場で早めの休憩を取ろうとシートを敷いて座った。

 気になって手に付かなくなるのが嫌だから、さっさと確認する。エイフも収納袋の中を覗いて「うーん、どれだったかなー」とゴソゴソし始めた。


 収納袋の中は外から「視」ようと思えば見えるし、整理もできる。全部出す必要はないけれど確認するにはある程度の慣れが必要だ。エイフはこれが苦手らしい。

 クリスが得意なのは、前世でスマホを使用していたからだと思っている。会社ではパソコンも使っていた。小さな画面をスライドさせて目的のアイコンを捜す。あるいはデータがどのフォルダに入っているのか、視覚的にも感覚的にも理解していた。

 収納袋の管理はこれに近い。


「貸して、わたしがチェックするよ」

「頼む」

「なんでもまとめて放り込むから、こんなことになるんだよ?」

「分かった分かった。確か、邪魔にならないように袋か箱に入れたんだろう。それを、中身が分からずに別の容れ物と交ぜた可能性もあるな」

「んもう。あ! もしかしたら『なんでもコーナー』に放置してるかも。あそこ、訳の分からないのを置いたからなー」


 どこに置いたのか場所を特定さえすれば後は早い。さっさと怪しい容れ物を取り出しては確認していく。そしてエイフの証言通り、マトリョーシカみたいになった箱が出てきた。剥いていくと、竜の鱗が出てくる。


「うわー」

「な、だから損はしてない」

「発端を思い出した! そういう話をしてたね。あ、でも、献上しなくて良かったの? 勝手に持ってきちゃったら怒られない?」


 迷宮制覇がどういうものか分かっていないクリスは、心配性を発揮して確認した。ところが、さすがはエイフだ。「確認してあるから問題ない」と断言する。


「良かった。契約によっては一旦全部渡さないとダメだもんね?」

「そういう依頼もあるな。だが、そもそも迷宮に潜るのは冒険者の仕事だ。援助があったならともかく、俺たちは『迷宮活動を止めてくれ』という依頼しか受けてない。まあ、全部をオークションに掛ければ、そりゃもっと金は入っただろうが」

「あ、そっか。エイフ、面倒だったんでしょ?」

「そうだ。よく分かったな。手続きが煩雑なんだよ。一つ一つに書類がいる。やってられないから、まとめて献上したんだ。褒美ももらえるし、そこそこの値打ちモンはこうして抜いたしな」

「その『そこそこの値打ち』がある竜の鱗を収納袋の肥やしにしてたんだよね?」


 魔法を使うスキル持ちからすれば怒られそうな話だ。


「俺だって何かに使いたかったんだ。でも、竜の鱗を加工できるようなドワーフに知り合いはいないからな」

「えっ、ドワーフじゃないとダメなの?」

「鍛冶レベルが高い奴となると、大抵ドワーフだ。錬金術で作るものには用がないしな。防具や武器なら鍛冶だろ。加工するには必要な設備や素材もあるというから諦めた」

「そうなんだ、勿体ないねえ」

「……待てよ。クリスなら使えるんじゃないのか?」

「わたし、鍛冶はやらないよ。それならプルピの方がいいんじゃないかな」

「プルピにもやるが、クリスだって何かに使えるだろう。物づくりの加護もあるんだ。ドワーフ特有の力もあるだろうしな」

「ドワーフの鍛冶って、そんな、物理レベルの話だったんだ?」

「種族的に向いてるって聞いたぞ。だから鍛冶のレベルも上がりやすい。奴等、スキルがなくても鍛冶屋で働くそうだからな。元々が好きなんだろうさ」


 中級の鍛冶スキルがあれば親方になれるし、上級の鍛冶士スキルだと「伝説の」なんとかにまでなれるそうだ。でも、スキルがなくても鍛冶屋にはなれるという。クリスは嬉しくなった。


「なんか、そういうのいいね」

「そうだな。で、せっかく出したんだ。今のうちに分けておこう。いや、俺はどうせ使わないんだ。全部そっちに――」

「ちゃんと専用の防具と武器、作ろうね?」

「お、おう」

「でも有り難いお話なので一枚ずつください。何かに使いたい」

「おう」


 なんだかんだでやっぱり使ってみたい。クリスは誘惑に負けた。代わりとなるものを差し出せないのが申し訳ない。けれど、エイフは全く気にしていないようだった。だから心の中で溜息を漏らして、口にしたのは感謝の言葉だ。


「ありがとう。大事に使います」

「気にするな。失敗してもまだあるからな。あと、すごいものもらったみたいな態度だけど、クリスの持つ精霊金や精霊銀の方が価値はあるからな?」

「竜の鱗よりも?」

「当たり前だろ。普通は手に入らないんだから」

「あー」

「竜はそのへん飛んでるしな」

「いや、そのへんには飛んでないよ。飛んでたら困る」


 ちなみに竜馬の祖先とされるドラゴンは伝説に近い。ただの「竜」もいるが、これも元々はドラゴンの系統種だ。飛行する大型の蜥蜴と番って「竜」となった、らしい。現在はワイバーンや飛竜と呼ばれている種だ。もちろん、これも良い素材になる。

 けれど、エイフが話している竜とはドラゴン系統種の飛竜の中でも血の濃いものを指している。竜馬にたとえるとプロケッラがそうだ。ペルよりも竜馬の血が濃い。彼は竜馬同士の間に生まれた子の、そのまた子供になる。純粋な竜馬なぞ、滅多に見付けられない希少種だ。つまり、通常「竜の鱗」と言えば純血種を指す。


「純血種の竜なんて、きっと怖くて強いんだろうね」

「そのへんのワイバーンよりは凶暴だろうな。俺も野生の竜は見たことがない」

「特殊配達便のワイバーンは家畜化されてるんだっけ?」

「そう簡単に繁殖はできないらしいがな。調教スキルのレベルも高くないと育てるのが難しい。しかも奴等ときたら大食らいだ」

「あー。そりゃ、特殊配達便が高いわけだ」


 野生の竜馬も捕まえるのが大変だというから、純血種の竜など到底無理だというのは想像に難くない。


「エイフが制覇した迷宮の発生源って倉庫だったんだよね? そこに住んでいたのは大昔の『偉大なる魔法使い』かな。貴重な素材をよく集められたよねえ」


 ふと、クリスは「まさか魔女様じゃないよね」と不安になった。すぐに頭を振る。彼女は危険な物を放置するような人ではないからだ。



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