217 戦士と奴隷の部屋
次は俯瞰で見た時、左上に当たる場所に手を付ける。ここには裏口があり、通路も合わせて補強するだけで終わった。お客さんが通るかもしれないので板張りだけはしておく。観覧席下はこれまで通り、荷物置き場として使う。
最後が、右上だ。戦士や奴隷の部屋である。ここには元々、簡易の水場と戦士用の個室が三部屋、奴隷たちの大部屋があった。大部屋と言っても雑魚寝になる。ソファも何もない、ただの板張りだ。
バリバラとグレンダがショックを受けたというのも頷ける。クリスもびっくりした。けれど、他の闘技場や奴隷商の扱いよりずっとマシらしい。
それを教えてくれたのはカロリンやカッシー、エイフだ。カロリンたちは奴隷商を回って、そのひどい様を見てきた。エイフも以前、奴隷の扱いを何度も見たという。
だからこそ、どうしたらいいのかを一緒に考えてくれた。
クリスは皆の意見を自分なりに咀嚼し、考えた上で作った。奴隷たちには聞けない。彼等は希望を口にすることを禁じられている。希望を口にして、叶っても叶わなくても辛くなるからだ。叶えば次を期待するし、叶わないと諦めが襲う。
自由を奪われるというのはクリスが思う以上に過酷だった。
自分の意思で生きたいように生きられない。それがどれほどの苦痛か。
クリスは前世で少しだけ、ほんの少しだけれど、その気持ちが理解できるような経験をしている。
生き方を他人に強いられ続けると、抜け出すのは難しい。
クリスには彼等をどうすることもできない。
だからせめて、寝る時ぐらいは楽であってほしい。
「もう少しだ、頑張れ、わたし!」
頬を叩いて気合いを入れ、続きに取りかかる。
戦士部屋は今まで通り個室を三室用意した。ただし、場所は変える。
また、寝る時は横になるのだから天井は高くなくてもいい。ベッドの上部が死角となるため、観覧席側にベッドを置いてもいいはずだ。元々三室には窓がなかったので、位置が変わろうとも問題はない。むしろ換気口を取り付けた分、匂いが籠もらずに済む。クローゼットや鏡、机も作り付けにした。
奴隷部屋は壁側に移動する。その前に、通路から入ってすぐのところに手洗い場やシャワー室といった水場を作った。建物の角に沿って端に寄せたのだ。ついでに簡易キッチンも用意した。
食事はいつも屋台で買った惣菜が配られていたそうだが、それでは体に悪い。なにしろ屋台にあるのは肉類ばかりで、野菜を使った惣菜をクリスは見たことがなかった。
幸い、近くには宿屋も多く、オーナーが懇意にしている店も幾つかあるという。交渉すれば野菜やパンを一緒に仕入れてもらえるそうだから、簡易キッチンを導入した。
大勢いるのだから交代で頑張ればいい。その方が安上がりにもなる。
火を扱うということで役所に申請が必要かと思ったが、この建物についてはすでに提出されていた。火を使う試合もあるからだ。水スキル持ちを常駐させるか、紋様紙の【水】を常備していれば問題ないそうだ。抜き打ち検査があるため、オーナーは両方用意していると話していた。
とはいえ、慣れない自炊で火事を出すのは怖い。だから水場の横に設置した。もちろん防火防水対策はしている。これらはヴィヴリオテカで作った亀の上の家が役に立った。
さて、いよいよ奴隷部屋だ。右の壁に沿って作っていく。
本来であれば観覧席の最上段、五段目の上部は、壁側に向かってフラットにした状態で塞がれている。板で覆った状態だ。これは建物内部の天井や明かりを保守点検するための足場として使われていた。
天井には明かり取りの窓があって開閉もできる。試合のほとんどが夕方から夜にかけて行われるので必要ないと思われがちだが、保守点検の際には投光器よりも日の光の方が助かるし、空気の入れ換えだってできる。
ちなみに窓の開け閉めは備え付けの梯子を登って、天井付近に梁として渡された鉄骨があるため、その上を歩いて行く。天井は緩やかなドーム状になっており、支えるための梁があちこちに張り巡らされていた。
この天井に行くための足場の一部を取っ払う。鉄骨のない部分だ。というより、だからこそ選んだ場所である。
もちろん、この足場が使えなくても別の場所からだって上がれる。そもそも保守点検の際は客が入らないのだから、観覧席側から上ったっていいのだ。使える空間は使った方がいい。
というわけで、観覧席五段目の背もたれから上の部分に板材を取り付けた。横に倒して塞ぐのではなく真上に向かって壁を作る。こうすることで外壁との間に空間ができた。
この隙間とも言える空間を、部屋として活用する。
クリスが作ろうとしているのは、交互型カプセルホテルだ。
一つの四角い箱を二人で共有するが、内部を互い違いに区切ってプライバシーを守る。互い違いにする場所はベッドだ。上の段と下の段で分け、それぞれの反対側を板で塞いで壁にする。これだけで個室の出来上がりだ。片方は梯子階段を使ってベッドに上がる。
個室には小さな机、服を掛けるためのハンガーラック、小物入れぐらいしか置けない。それでも仕切られた空間は、雑魚寝でプライバシーも何もない状態よりずっとマシだ。
寝るだけの部屋なのに個室は勿体ないだろうか。あるいは狭い部屋に一人でいると気分が落ち込むかもしれない。
けれど、クリスはずっと「自分の家」が欲しかった。好きなように家具を配置し、過ごしやすく手を入れられる、自分だけの家。
奴隷にそこまでの自由は不要なのかもしれない。それでも「自分だけの部屋」があればいいと思った。寂しくなれば部屋を出ればいい。狭くとも、簡易キッチンがあってテーブルと椅子の並ぶ場所がある。そこに皆も集まるだろう。逆に、一人になりたい時に「自分の部屋」があれば、どれだけ心が安まるか。
それでもスペースは限られている。だから、カプセルホテルみたいな部屋を作った。
外壁の側には窓があるけれど、元からあった嵌め殺しで開けられない。そのため、空気の入れ換え用として空気孔を作り、もう片方の部屋にも明かりと共に取り付けた。暗い部屋と淀んだ空気では病気にもなる。心と体の健康のためにも多少の手間は惜しまない。
この四角い箱を、二段に積む。更にもう一人分の部屋を上部に取り付けた。三階という言い方になるだろうか。この一番上は、幅がないため交互ではない。ちょうど、観覧席の五段目より上になる部分だ。狭いため、部屋の内部が他とは違うが、ちゃんとベッドと机もある。これで五人分の部屋ができた。
更に、もっとも細い隙間にもカプセル部屋を作った。俯瞰で見て、建物の右側中央の部分だ。観覧席が迫っているので通路分の幅しかない。ここも死角になって、元は使われていなかった。壁やら邪魔な部材を取り払ったおかげで空いた空間だ。ここに、細長いカプセル部屋を二段に重ねて作った。
最初のカプセル部屋も、細長い方の部屋も、どちらも上の階へ行くには部屋の外の梯子階段を使う。最上段の三階部分になると高くなるので怖いかもしれない。その場合は平気な人と交代してもらえばいい。
クリスも心配がなかったわけではない。が、作る前にエイフに相談したら「俺はこの部屋がいい」と真っ先に最上階を選んだ。案外最初に埋まる可能性もある。
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